第22話 挑戦の果て

 王都シュラ国。蝋燭の明かりだけを頼りに進む小さな影が一つ。


 ラナ・ブラージアである。


「全く、こんな時間に登城を命じるとか何なの一体」


 ラナが王都に戻ってきたのはつい先ほど、日付が変わろうかという時刻。着くなり自宅に帰ろうとするラナを引き留めたのは城門の兵士であった。曰く、何時であろうとラナ・ブラージアが着次第謁見の間に来るようにとのことであった。当然、ラナは反発した。こんな時間に王だって起きてはいないだろうと。しかし、兵士は頑なに「王からの指示ですので」の一点張りで埒が明かない。ついにラナは根負けしこうして王の間に向かっているわけなのだった。


速足で薄暗い城内を進んでいくラナ。ラナとしてはさっさと済ませて家に帰って休みたい一心であった。その為、いつもに比べて以上に城内の人気が無いことに気付くことが無かった。


王国魔術師のクレールは「では私はこれで」と簡素な挨拶を残し去っていった。本当にラナを王国まで連れてくることだけが任務だったのだろう。ラナはそんな背中に心の中で唾を吐きかけた。


バンッ!と勢いよくそしてかなり乱暴に王の間の扉を開け放つ。


「……ちっ、なによ、誰もいないじゃない」


謁見の間は闇に包まれ静寂を保っていた。


 恐らくラナでなければ避けることは出来なかったであろう背後からの鋭い斬撃、ラナは振り向かないまま少しかがんで軽くいなして相手を切りつける。短い悲鳴と共に血しぶきが闇に消えた。


(三人、いや四人か)


ラナは盗賊の敵探知スキルを利用して正確に相手の位置を把握していた。右からの敵の腕を掴んで左後方の敵にぶつけ、正面から突撃してくる敵の一撃をかわしつつ足を引っかけうつ伏せに倒れたところを背中から体重をかけたナイフを心臓に打ち込む。間髪入れずに左前方の弓兵が矢を放つより早くナイフを投げる。


一瞬の間に5人を手玉に取って見せた。


「素晴らしい、相変わらず盗人にしておくには勿体ない腕前だな」


 単調な拍手と共に辺りに明かりが灯る。数人の兵士を盾にしながら現れたのはシュラ国国王ヴィクトリア・シュラ・ブリングスである。とても、苦労を労うために現れたとは思えない。


「……どういうことかしら、秘宝を貰えるような雰囲気ではないわね」


「申し訳ないが、そなたへの褒美は秘宝などではない。そうだな、ちょうどゴミ掃除が終わったのでな。ゴミでもくれてやろう」


 ゆったりとした動作で玉座に付くシュラ国王。


「ゴミ掃除……?……はっ!」


 暗闇に少しずつ慣れてきたラナの目に入ったのは屈強な男たち。そう、かつてのラナの手下たちである。


「あんたたち!」


 思わず元の姿のまま駆け寄るラナ。ラナの手下たちは血だらけで床に這いつくばっている。


「……オオオオ」


「……これは、屍?」


 すでにラナの元手下たちは生ける屍と化していた。


 流石にラナも動揺が隠せない。にやにやと下卑た笑みを浮かべるヴィクトリア王。

 

 その瞬間鋭い氷の棘がラナの手下を貫く。一瞬で絶命する。鮮血がラナの顔を赤く染めた。


 死体を操ることに長けた氷の魔術士。その人物にラナは心当たりがあった。


「クレール!!」


「やだなあ、私は王の指示に従っただけですよ」


 先ほど分かれた筈の王国お抱えの魔導士クレールが玉座の後ろから現れる。


「予想はしていましたがやはり屍ごときでは倒せませんね。まあ、問題はありませんが」


 ラナは一際鋭く玉座を睨みつける。怒りが頭のてっぺんを突き抜けてどうにかなってしまいそうな感覚を覚える。


「まずは感謝を伝えよう。月影頭領ラナ・ブラージア。そなたがせっせと生贄を魔王軍に献上してくれたおかげで、もう生贄は必要なくなった。ご苦労であった」


「な……にをぬけぬけと……!」


 ヴィクトリア王は余裕の表情である。


「しかしな、此度のことは誰にも知られてはならぬ。魔王軍とシュラ王国が通じていたなどと国民に知られる事態は絶対に避けねばならんのだ」


「……だから口封じの為に皆殺しってわけ?」


 これ以上ないくらいヴィクトリアの口元が吊り上がる。


「言ったであろう?ゴミ掃除が必要だと」


 正気の沙汰ではないとラナは思ったが、ヴィクトリア王にとって盗賊団の存在などそんなものだと理解していた。所詮は使い捨ての駒に過ぎないのだ。


「ああ、そうだ。一つ教えておこう」


「いい話じゃないのよね?」


 言葉を交わしながらラナは逃げ道を探っていた。ハラワタは煮えくり返りそうだったがクレール相手では分が悪すぎる。出口までは距離がありすぎてたどり着く前にクレールの氷の棘の餌食になる。窓も同様に距離がありすぎる。玉座も同様だ。


 王は静かに手を上に上げると入り口から兵士が三人武装して入ってきた。これでさらに逃げられる可能性が減った。


「最後の生贄だがな、そなたの妹の……なんと言ったか、ああそうそうレナにお願いした」


 一瞬でラナの目の前が真っ白になる。


「……は?」


「貴様が生贄を町から調達してこなかったのだから仕方あるまい。姉が呼んでいると伝えたら何の疑いもなく来たからな。手間がかからず助かった」


 あまりの衝撃にラナは混乱していた。よく理解できない。


「まあ、もう化け物の腹の中かもしれんが本望であろう。お陰でこれ以上町から無駄な犠牲を出さずに済むのだからな」


「ヴィクトリアあああああ!!!きさまあああああ!!!!」


 最早、ラナの理性は吹っ飛んでいた。ただけたたましく吠えて玉座に突っ込もうとする。


「おお、まるで獣ですね」


 それをクレールは氷の棘をラナの足に打ち込み動きを止める。


「ヴィクトリア!!お前だけは!お前だけは絶対に殺す!」


 腕にも氷の棘を撃ち込まれ最早完全に動きを封じられたラナ。それでもまだ、首だけになってでも相手を殺すという気迫のラナ。怒りでどうにかなってしまいそうである。


「ははは、これはこれで滑稽だな」


 ヴィクトリア王はそんなラナを見て笑う。


 ラナは目を剥き、歯が割れる程噛みしめ激昂しながら、逆にもう一人の冷静に自分を見ている自分の存在に気付いた。いつも自覚はしていたのだ。自分はきっとロクな死に方はしないと。他人から奪い、だまし取り、生きてきた報いを受ける時が来たのだ。盗賊に身を落とし、生きるために汚いことも山ほどやった、そんな畜生にはお似合いの最後ではないか。


「滑稽だが、いささか飽きたな。クレールよ、もう殺せ」


「畏まりました」


 最後の時である。後は無数の氷の刃で貫かれるだけだ。

 ラナは最後の最後で目を閉じた。


 しかし、いつまで待っても氷の刃が降り注ぐことは無かった。


「?どうしたクレール。早くやつを……なっ」


 不思議に思って振り返った王の目が驚愕に見開かれる。なんと、三人の兵士の内の一人がクレールの首筋に剣を当てていたのだ。最初に王と一緒に現れた数人の兵士はいつの間にか気絶して床に伏していた。


「何をしている貴様!!」

「……お久しぶりです。我が王」


 クレールに剣を当てたまま兵士はゆっくりと兜を脱ぎ捨てた。


「お、お前は!アシュレイ!」


 アシュリーは不敵に笑って見せた。


「おっと、動くなよ王様。俺の手元が狂ったらあんたの首が飛ぶぞ」


 気が付くとヴィクトリア王の首筋にも剣が付きたてられている。そこには同じく兜を脱ぎ捨てた兵士の姿が。


「き、貴様は勇者!どういうことだアシュレイ!お前には勇者暗殺を命じた筈だ!」


「ああ、その件は失敗しました」


「し、失敗だと」


「はい、そして残念ながら私が仕えるべき王は貴方では無かったようです。これからは勇者様と共に魔王討伐を進めてまいりますね」


 淡々と事務作業のように話すアシュリー。


「アシュレイ!貴様!」


「今の私はアシュリーです。その名前はお忘れ下さい」


 三人の兵士の内最後の一人が兜を脱いだ。言わずもがな千冬である。


「いやはや、やっとこれが正解っぽいな」


 魔王城への最後の砦が突破できずに千春達は様々なルートを模索してセーブ&ロードを繰り返していた。そしてこのイベントがどうやら必須イベントであることが分かってきたのだ。


「ふはは、何やら勝った気でいるようだがな。貴様ら三人で何が出来る。もうすぐ私が後片付け用に手配した大量の兵士が乗り込んでくる。貴様たちに一体何が出来る?ん?」


 千春に剣を付きたてられたままのヴィクトリア王はまくしたてる。


「万が一この場から逃れたとしても誰がお前たちのような指名手配者の言うことなど信じると思う?誰も信じんよ。全て無駄なのだよ」


「確かに俺の言葉に信ぴょう性なんて無いかもな」


「ふん、やっと理解したか。であればさっさと剣を引いて首を垂れよ。今なら苦しまずに殺してやろう」


「でも、王様自身の言葉ならどうかな?」


「?……なんだと?」


 その時入り口から大量の兵士が拘束された状態で入ってきた。そしてそれ以上の民が後からなだれ込んできた。


「ちなみに王の息のかかった兵士は全て拘束済みだ。残念だったな」


 後から後から民が流れ込んでくる。途端に玉座の間は民たちで一杯になった。


「な、なんだこれは……」


 ヴィクトリア王は開いた口がふさがらない。


「みんなの不信感の募った目を見れば分かるだろ。最初から全部聞いてたんだよ。生贄を王の命令で城下から神隠しに乗じて攫っていたこと。魔王と通じていたこと。そう、全てな」


 ビクトリア王は民で一杯になった謁見の間を見渡した。皆、怒り、悲しみ、強い敵意を放っていた。


「こちとら何回もセーブ&ロード繰り返して万全の体制で臨んでるんだ」


 千春は力強く言い放つ。


「ヴィクトリア王、あんたもう終わってんだよ」


 ヴィクトリア王はついに観念したように首を垂れた。

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