第11話 マーケット

「次の目的地はユウの国最南端。今日はしっかりここで準備を整えるとしましょう!」


 勇者クライスたちと別れた悟たちはユウの国の首都の大通りに来ていた。やたら張り切っているジュリア姫が元気よく言う。


「なんでお姫さんが仕切ってるんだよ。このパーティのリーダーはアオイなんだが?」


「まあ、細かいことを仰るお犬さんね」


「い、犬……」


 いまだに犬扱いに慣れていないタカオミは地味にショックを受けていた。いい加減に怒るか慣れるかすればいいのにと悟は不思議に思っていた。まあ、それを見てアオイがクスクスと笑っているのは可愛いので悟としては傍観者に徹したいところであった。


「クスクス。まあいいじゃない。私は気にしないわ」


「ほれ見なさい。アオイさんもこう仰ってるではないの」


 ばつが悪くなったタカオミはぞんざいに自分の頭を掻くと降参のポーズをとる。


「ああ、分かったよ。それで買い出しだろ?早く行こうぜ」


「お待ちになって。4人いるのですから買い出しも分かれていった方が宜しいのではなくて?」


 さすがはユウの国の首都で一番大きなマーケットがあるメインストリートである。少し見回すだけで様々な店や行商が目に入る。確かにジュリア姫が言うように四人で動き回るより手分けしていった方が効率よく終わるだろう。


「なるほどな。それでどうするんだ?」


「二組に分かれましょう。私とアオイさんで一組、お犬さんとおチビちゃんの組で如何?」


 ちなみにおチビちゃんとは悟のことである。すでに悟はこう呼ばれることに慣れていた。何かと自分の呼びやすいようにあだ名をつけるジュリア姫だが、アオイだけはちゃんと名前で呼んでいた。一応パーティのリーダーなので気を使っているのかと悟は思っていた。


「……別に構わねえけどよ。役割はどうすんだよ」


「お犬さんとおチビちゃんは食料と装備品、回復薬とシヨトヒ村への地図の入手とルート確認をお願いしますわ。あ、あと今夜の宿の手配もですわね」


「ちょ、……それって全部……」


 さすがに悟も黙っていられず口をはさむ、悟たちがそれをしてしまったらジュリア姫たちは一体何をするというのか。


「女性には何かと入用ですのよ。文句を言わずにさっさと動く!ガレスなら何も言わなくてもこれくらいのことはやってのけた上で聞き込みまでやっていましたわ」


 ジュリア姫は悟たちが物申す前にびしりと人差し指を突きつけて言い放つ。ガレスの苦労を不憫に想った悟は心の中で手を合わせた。


「ささ、アオイさん私たちはこちらですわよ!」


「わ!ど、どこに行くの?」


 さらに張り切ったジュリア姫はアオイの肩を掴んだまま人込みの中に消えていった。タカオミのこめかみには怒りの青筋が立っていた。


「はあ、仕方ねえ。ここで突っ立てても終わらねえしな。とっとと済ますぞ」


「そ、そうだな」


 それから悟とタカオミは黙々と買い出しを済ませていった。まあ、買った食材などはアイテムポケットに入れれば荷物にならないのがこのゲームのいいところである。

 そして二人はある装備屋の前に来た。


「なあ、これここに傷あるじゃねえか。この価格ってことはねえよなあ?」


「か、勘弁してくださいよ~お客さん」


 意外にもきっちりしているタカオミは値切れるときはきっちり値切る。悟は半ば感心しながらふと視界の隅にあるものが目に入った。


「……」


 それは小さな丸い宝石が施された指輪であった。全く同じものがもう一つセットで売られておりセットで買うとお得みたいである。一応装備効果はあるがそこまで強いものでもない。ただ、悟が気になったのはその小さな宝石の奇麗な朱色が眼帯を取った時のアオイの瞳の色にとてもよく似ていたのだ。


「いいんじゃねえか?」


「うわああ!」


 いきなりタカオミに話しかけられて悟は慌てた。一瞬心の中を読まれたのかと悟は錯覚した。


「なに驚いてるんだよ。そこの指輪だろ?欲しいんなら買えばいいじゃねえか」


「い、いや欲しいとかじゃ……」


 それに装備品とはいえ見た目はペアリングである。


「おや、お目が高い。それは装備者同士の防御力を平均化する装備でしてな。チーム内での生存率を上げるのに効果的なアクセサリーなのです」


「なおさらちょうどいいじゃねえか。ガーディアンのお前とアオイが装備すればアオイの防御力を底上げできるし」


「な、なんでアオイなんだよ!」


 悟の顔は真っ赤だった。


「なんでって。うちのパーティで一番防御力が高いのがお前で一番低いのがアオイだからだろ。おやじこの指輪も買うからまけてくれ」


「ひえ~、これ以上は無理ですよ!お客さん!」


 タカオミは半ば強引に値切ると買い物を終わらせる。


「ほれ、付けるかはお前に任せるぜ。ま、どうしても嫌ってんなら好きにすりゃいいが」


 タカオミは指輪を二つ悟に渡す。その顔はにやにやといやらしく笑っていた。


「べ、別に嫌ってわけじゃ……」


そのあとはスムーズに宿の手配を済ませて、別れた広場に向かったのだった。


「遅いですわ!」


 広場には既にジュリア姫とアオイが待っていた。待ちくたびれたのかジュリア姫は少し機嫌が悪そうであった。


「遅いってなあ、お姫さん。こっちは大量の買い物を済ませてきたばっかりなんだが……」


「言い訳は聞きたくありませんわ!……それより何か気付きませんこと?」


 そう言うとジュリア姫は誇らしげに胸を張る。


「……?なにか変わったか?」


「私ではありませんわ!アオイさんをよくご覧になって!」


 そこで初めて気づいたのだがアオイがジュリア姫の後ろに隠れている。ジュリア姫はそれに気づくとアオイを悟たちの前に出す。


「ほら!そんなに隠れていたらせっかく可愛くなったのに見えれませんことよ!」


「ううぅ……」


 眼帯で隠れているがアオイはとても恥ずかしそうであった。


「へえ、いいじゃねえか。そういえば俺もアオイとあってからずっとあの格好だったもんな」


 タカオミは素直に褒める。アオイの服装は長い黒いローブだったのだが、今は白と青を基調とした俗にいうロリータファッションのような服装に着替えていたのだ。どうやらジュリア姫がしたかったのはアオイの服を買うことだったようである。


「ど、どうかな?」


「(め、めちゃくちゃ可愛い!)」


 悟はあまりに可愛いアオイを前に心の中で叫んでしまった。


「す、すごく似合ってるよ」


「本当!」


 無難に答える悟だが、それを聞いたアオイはとても嬉しそうだった。


「おい坊主、アオイに渡すものがあるんじゃねえか?」


「私に渡すもの……?」


 タカオミがにやにやとしている。好きにしたらいいとか言っておいていきなりたきつけタカオミを悟は内心恨んだ。しかし、ここで渡さないのは不自然すぎる。悟はポケットからさっき買った指輪を取り出した。


「あら♡まあまあまあ!」


 ジュリア姫もそれを見てとても嬉しそうである。初々しい二人を見守るお姉さんといったところか。


「これ……装備者同士の防御力を平均化する装備らしくて……」


「私にくれるの?」


 悟は顔を真っ赤にしながら指輪の一つをアオイに渡した。


「とても嬉しいわ!ありがとう悟!」


「う、うん」


 アオイはとびきりの笑顔だった。


「(いやいや!冷静になれ原田悟!相手はただのゲームのNPCだぞ!)」


 悟は必死に自分に言い聞かせるのだが、本心ではアオイの可愛さにメロメロであった。

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