第40話  月の下で

 雲一つない空に見事な満月が浮かんでいる。その満月の下から正方形の木製の蓋の開いた箱が上がってくる。それは少女の手のひらに乗ってゆっくりと上がっていき、月の大分下で止まる。


「……うーん」


 少女は小さく呟きながら片目をつぶったり、少しだけ顔の角度を変えたりしながらその箱と月を眺めていた。


「アオイ」


 少女から少し離れたところで焚火の番をしていた狼の頭をした獣人が少女を呼ぶ。


「何をしているんだ?」

「こうしたら箱から月が出たように見えないかなと思って」


 少女はその獣人タカオミにニッコリと笑いかけた。


「……何言ってるんだ。どうせ目が見えないのに」


 そう、その少女は盲目であった。いつもはごつい眼帯をしているが今は外していた。彼女たちはそのあまりの強さに「白鱗」と呼ばれ恐れられていた。


「そうよ、見えないからこうして想像して楽しんでいるの」


 その笑顔はとても伝説級の強さを誇る「白鱗」にはとても似合わないほど無邪気で微笑ましいものであった。


「ねえ、こっちに来て見てくれない?」


 タカオミは軽くため息をつくとゆっくりと立ち上がりアオイの傍に座った。アオイの視線に合わせて箱と月を眺めた。


「……もう少し上だな」

「このぐらい?」


 アオイは言われた通りに腕を持ち上げる。


「ストップ、そこだ」

「ここ?」


 アオイの手のひらに乗った小さな箱の先に月が見える。確かにここから見ればまるで箱から月が出てきたように見える。目の見えないこの少女が何故このようなことを考え付いたのかはきっと誰にも分からないだろう。アオイは生まれた時からある能力のせいで完全に視力を失っている。それは大変な苦労をしただろう。現に本人から昔は兄に縋りつくようにしてしか移動できず大変迷惑をかけたと話していたのをタカオミは聞いた。今は自身の魔力を上手く感覚強化に使って目は見えずとも日常生活に支障がない程度にはなっているが、いくら感覚を強化しても月の位置は分からないはずだ。


「どう?箱から月が出ているように見えるかしら」

「……いいや、月は月に見えるし、箱は箱だ」


 タカオミは何故自分でも嘘をついたのか分からなかった。


「そうなの?それは残念」

「いいからもう休め。明日にはダイブン国に入りたい。また長距離移動になる。その箱も大事なものだろう?無くさない様にしておけよ」

「うん!」


 アオイは素直に返事をして焚火の方に移動した。


「そういえばコロスって口癖はもういいの?」

「は?なんだそりゃ?」

「ほら、シュラ国の冒険者ギルドで会った勇者がいたでしょ?確か千春っていう。あの時使ってたじゃない」


 タカオミは少し考えて「ああ……」と気のない返事をした。そんなこともあったなとタカオミは思う。あの千春とかいう勇者と初めて遭遇したのが懐かしく思うほど。


「ありゃ、殺意を隠し切れずに咄嗟に出た言葉を誤魔化しただけだろ。常時コロスなんて言ってる奴がいたらこえーよ」


 アオイはそれを聞いてくすくすと笑う。


「なんでまたアイツの話をするんだよ?」

「そろそろまた会いそうな気がするの」


 アオイの感は当たることが多い。タカオミはシュラ国で会ったあの千春という勇者を再度思い出す。レベルも低い駆け出しの勇者。確かアオイが勝手に次に会ったら仲間になると約束をしてしまったはずだ。


「どうするんだ?次に会ったらあの勇者の仲間になるのか?」

「もちろん!約束したもの!」


 アオイは元気よく答える。いかにも楽しみだと言わんばかりである。


「……もし、アオイの予想通りだった場合はどうするんだ?」


 あえてタカオミは核心に触れる質問をする。アオイはほほ笑んだまま表情を変えることは無かったが、声音は少し低くなった。


「その時は私も自分を抑えることが出来ないと思う。……仕方ないわ。私たちを弄ぶ悪い神様はみんな殺さないといけないから」

「……そうだな」


 二人はその会話を最後に眠りについた。

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