第39話 戦い終えて

「そうですか、では無事に魔王討伐を遂げられたのですね」


 地下闘技場から抜け出して魔王の城に戻ってくると誘拐された娘たちとその手伝いをしているジュリア姫とダレス隊長に魔王サトル討伐に成功したことを告げた。


「先ほど、城の中にいた魔物たちが途端に姿を消したのでなんとなく察しはついていましたが」

「……俺たちを恨んでいますか?」


 娘たちのまとめ役のシルヴィアは力なく首を横に振るがその表情は複雑だった。


「いいえ、と言えば噓になりますが、少なくともサトル様は私たちに自分はいつか勇者に倒される存在だと言っておられましたので。私たちは私たちでこれからの自分たちの身の振り方を考えるだけです」


 魔王サトルに仕えることを選んだ娘たちは皆複雑な顔をしていた。あれだけ魔王サトルを慕っていたのだ。そう簡単に割り切れるものでもないだろう。千春は罪悪感に胸が痛んだ。


「ジュリア姫とダレス隊長はどうされるんです?」

「私は私の気が済むまで彼女たちの手伝いをすると決めていますので。彼女たちがここでどうするか考えるというのであれば私も一緒に考え、その後の行動を手伝うだけですわ」

「私はジュリア姫に付いていく所存です」


 二人の意思は固いようだ。


「勇者様は早速別の地方の魔王討伐に向かうのですか?」

「ええ、そのつもりです」


 魔王を倒したと言ってもゆっくりはしていられない。なんたって魔王はあと6人もいるのだ。出来るだけ早く進めておくことに越したことは無いだろう。


「……そうですか。ではここで一旦お別れですね。それと、アシュレイ様」


 千春の後ろにずっと隠れていたアシュリーは名前を呼ばれてびくっと体を震わせた。まるでいたずらをした子供のようである。


「あ、失礼しました。今はアシュリー様でしたわね」

「はい、ジュリア姫」


 返事をしつつも目を合わそうとしないアシュリー。やはり、ジュリア姫を騙していたことが後ろめたいのだろう。


「私、ショックでしたわ。お慕いしていたアシュレイ様がまさか女だったなんて。私、どうにかなってしまうかと思いましたわ」


 実際気絶していたしな、と千春は思った。


「ジュリア姫、私はどの様な罰も覚悟しております。しかし、ここにいる千春に共に歩み、魔王を討伐すると約束しました。誠に勝手ながら魔王を倒すまで処分は待って頂けないでしょうか?」

「良いのです。私は既に引きずり降ろされた王の娘。姫と呼ばれる資格もない身。処分など……」

「……ジュリア姫」

「ただ、一つ聞かせて頂けませんか?アシュリー様が私のことを本当はどう思っていたのか。私の想いがただの勘違いだったのか?それが知りたいのです」


 ジュリア姫の真剣な瞳が真っ直ぐにアシュリーを見つめていた。


「……正直に申し上げますと、私はジュリア姫のことを本当に思っておりました。信じてもらえないかもしれませんが、一時期は我が身が女であることを本気で呪ったこともありました。しかし、今はこうして男として偽ることを止め、自分を偽った生き方はやめようと思いました。それに今は……」


 そこまで言うとアシュリーはちらりと横目で千春を見た。千春はその意味をいまいち理解していなかった。


「ありがとうございます。そう言って頂けて安心しました。アシュリー様も苦しんでいたのですね。私もいろいろと考えました。苦しみぬいた先に私は答えを見つけました」


 いい感じに話が終わりそうだなと千春が思った瞬間、ジュリア姫の瞳がギラリと光った。


「そう!性別など大した問題ではないと!」


 自らの拳を握りしめ、力説するジュリア姫。その場にいる誰もがぽかんとしていた。いや、誰よりもダレス隊長が魂が抜けたような顔をしていた。


「じゅ、ジュリア姫?」

「性別など些細な事!大した問題ではないのです!私がアシュリー様をお慕いしているという事実は誰にも変えることが出来ませんわ!むしろ女性同士の方が良いまでありますわ!」


 そう言うとジュリア姫はアシュリーに抱きついて頬ずりする。


「ちょ、ジュリア姫。やめ、は、離れてください!」

「ああ、アシュリー様。やっとお会い出来ました。今だけ!今だけですから!」

「な、なぜですか。城にいた時はこんなこと一度も……あん、ちょ、変な所触らないでください!」


 乳繰り合う二人を眺めながら一筋の涙を流すダレス隊長の肩に千春は優しく手を置いたのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「さて、そろそろ話して貰うわよチハル」


 旧魔王の城を後にしてすぐにラナが千春に食って掛かる。何のことかと千春は首を傾げる。


「惚けないで。例の魔王を倒した後にあの変な映像が話してたことよ。なんやかんやあって後回しになっちゃったけど、この世界がゲームの世界ってやつ。あれ何?」

「あ、それです!私もそれを聞きたかったのです」


 顔や首筋にキスマークを付けたアシュリーが加わる。余談だが、ジュリア姫たちと別れる際に千春はジュリア姫から私のことは姫と呼ばなくて良いと言われた為「その娘さんたちを救いたいと行動し続ける限り、あなたはシュラ国の立派な姫様だと思いますよ。ジュリア姫」と返したところ、「勇者千春様あなたいい男ですわね、アシュリー様の次に」というお褒めの言葉を頂いた。


「そうだな。二人には話しておいた方がいいかもな」


 千春はアシュリーとラナに道すがら自分が今知りえている情報を話した。この世界が実はインフィニットオーサーというソフトで作られた世界であること。千春と千冬はゲームプレイヤーとしてここにいること、千春は話しながらも現実感のないことだなと自分自身呆れていた。千春がアシュリーやラナの立場であれば到底信じることなど出来ないだろう。そして、このことをNPCに伝えることでシステム的に問題が生じるのではないかという懸念点については現状未知数である。しかし、魔王サトルのメッセージをしっかり聞いてしまった二人には隠し通せる自信も千春には無かった。


「……ちょっと、待って。じゃあ、私たちはチハル達のような現実の世界の人間に作られたキャラクターってこと?」


 ラナが疑問を口にする。千春は「その通りだ」と答えるとラナは「うーん」と考え込んでしまった。


「はっきり言って信じられません。ただ、千春だけでなく千冬にもそうだと言われるとあながち嘘だとも言い切れないですね」

「俺だけだったら嘘っぽいのかよ」

「ほら、私たまにいなくなっていただろ?あれは現実世界に戻って学校に行ってたんだよな」

「なるほど、そうだったのですか」

「つっても、証拠見せられないのが一番きついよなー」

「あれ……?無視?」


 千春をよそに話は進んでいく。


「あ、証拠と言えば、あれを見せたらいいんじゃないか?」

「ん?あれって何さ兄ちゃん」

「ログアウトだよ」


 千冬はそれを聞いてなるほどと手のひらに拳を落とした。今まで、千冬はNPCにあまり見られない様にログアウトをしてきた。特に何か不具合が起こる訳では無かったが、今回のように説明を求められると面倒だなという意識が千冬にはあったのだ。


「ログアウト?」


 もちろん、NPCであるアシュリーとラナは知らないはずだ。ステータス画面を開いてもログアウトの項目はないはずである。というか、千春にも無いのだが。


「いい?ちゃんと見ててくれよ?」


 千冬はステータス画面を開いてログアウトボタンを押す。するとみるみる千冬の姿が薄くなっていき、最終的に消えてしまった。


「……消えた」


 これにはアシュリーもラナも仰天したようで目を見開いていた。


「……なんだか半透明になるときの千春に似てますね」


 意外と鋭いアシュリーである。


 そしてしばらくすると千冬が消えた場所からまたポンっと千冬が現れた。ノリの良い千冬はマジックで登場した美女のようなポーズをとっていた。


「今のがログアウトと言って、俺たちプレイヤーがゲームの世界から出るときに使うものだ。今、千冬はログアウトして一度元の世界に戻り、そしてまたこのゲームにログインして戻ってきた。……ということなんだけど分かる?」


 千春がアシュリーに問うがむむむと考え込んでいた。


「正直に言って今のを見せられても半信半疑のままです。千冬の姿が消えたのは驚きましたが、それが別の世界があるという決定的な証拠にはなりませんよね?」

「まあ、そりゃそうだよな。アシュリーさん達には消えてまた現れた私を見ただけで現実世界を見たわけじゃないからなー」

「確かに魔王サトルが言ったこと、千春達の説明が本当であれば大変な事実です。しかし、今は確かめようがないことみたいですし、私が今この世界で生きているということは例え誰かに作られたものだったとしても変わらない事実です。それに私は千春と共にこの命尽きるまで志を共にし、共に歩むと誓ったのです。問題はありません」


 アシュリーは迷いなき瞳でそう言い切った。千冬が「え?なにそれ?えー、兄ちゃんも隅におけませんなー」と茶化して来たが千春はそれを無視した。


「この脳筋騎士と同じなのは気に食わないけど、私も別にって感じね。確かにびっくりはしたけど、それで今までの私が無くなるわけでも、今すぐ死ぬわけでもないみたいだし。チハルとこのまま旅が出来ればそれでいいわ。あ、転職の約束は忘れないでよね」


 ラナはいつも通り軽い感じで言い放つ。千春は考える。もし自分が作られた人間で、誰かを楽しませるためのゲームの駒として作られた存在だとしたら、こんなに冷静でいられるだろうか、と。きっと、少なからず絶望し、こんなに前向きにはなれないだろうと千春は思った。


「……アシュリーとラナは強いな」


 千春がそう言うとアシュリーとラナは呆れ顔で千春を見た。二人とも同時に同じ反応をするので驚く千春。


「何言ってのチハル。あんたの方がよっぽど強いわよ」

「そうですね、千春は気付いていないようですが」


 珍しく意見の合う二人はくすくすと笑った。


「な、なんだよ~?」


 意味が分からない千春は二人にどこが強いのか聞くが二人は「教えなーい」「教えません」とからかうように言うのであった。


「仲がいいねー」


 その光景を傍から見てほほ笑む千冬。


「……私はそろそろこの世界とはお別れだな」


 千冬は誰にも聞こえない様に言うと、一生懸命餌を頬張るタピオカの頭を撫でるのであった。

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