第3話 疫病の主

「そうですか、あの宝玉を探していると」


 ソア山脈にある村、ニグオ村を悟たちは訪れていた。村に着いて悟が近くの村人に事情を説明するとこの村長の家に通された。ニグオ村の村長は自身の白く長い髭を撫でながら悟たちを見る。


「ご存じなのですか?」


「ええ、それについては私たちもほとほと困り果てているのです」


「どういうことなんだ?」


「……それが」


 悟が先を促すと村長はいきさつを話し始めた。どうやら悟たちが探す疫病の原因、宝玉は強大な魔物の核らしく、その魔物を倒さなければ手に入らないらしい。そんなこと勇者クライスからは一言も聞いていない。もともと信用もしていないが、さらに不信感を強める悟たち。


「じゃあ、その魔物を倒せばいいのね?」


 至極当然の結論に至るアオイ。しかし、村長は血色を変えてアオイを止めようとする。


「お、お待ちくだされ!ことはそう単純ではございません」


「何か問題でもあるのか?」


 別に面白くも無いといった感じで見た目マン〇ィズのタカオミは言う。


「それが、その魔物はこの疫病の元である猛毒を常に自分の周囲に巻き散らしておりまして、近づくだけで疫病に感染してしまいます。現に奴が村の風上に立つだけでこの村にも疫病の毒が流れ込んでしまい、既に村の半数の者が疫病にかかってしまっています」


 どうやら疫病の原因はその魔物が放つ毒が原因らしい。確か疫病の解除には4つの宝玉を集める必要があると勇者クライスは言っていた。万が一悟たちがその疫病に感染すればこの魔物を倒したとしても残り2つの宝玉をゲットするまで大丈夫な保証もなければ戦力外になってしまう可能性だってある。


「なるほど、それは確かに厄介ね」


「何か方法はないのか?」


 村長は力なく首を横に振る。まあ、確かに方法が分っていれば苦労はしないはずである。


「分かりません。ただ、最近この村に来た一組の旅人がその魔物に挑んだとか。その者たちに話を聞けば何か分かるかもしれません」


 どうやら魔物に尻尾を巻いている腰抜けだけというだけではないらしい。確かに一度戦った経験があるものの意見を聞けば何か参考になるかもしれないと悟は思った。


「その方々はどこに?」


「ええ、今は村の療養所で疫病に苦しむ村人のお世話をしてくれています。療養所に行けば会えるかと」


「なるほど、じゃあ行ってみましょう」


 疫病に苦しむ人々のお世話をするとはその人はかなりの人徳者のようである。悟たちは村長に別れを告げて村の東のはずれにある療養所を目指した。


 療養所に着くと悟たちは顔を顰めた。思ったよりも酷い状況だったからである。療養所と呼ばれた粗末な小屋には疫病患者と思われる人たちで埋め尽くされていた。それどころか小屋には収まりきらず小屋の外で横たわる人たちも多数いた。そしてその患者の手や足がところどころ紫色に変色していた。恐らく壊死しているのだろう。手足を切り落している人も見受けられる。


「これは……」


「酷いわね……」


 そんな酷い惨状の中せっせと病人たちのお世話をする女性が目に入る。悟はその人に近付いて声を掛けた。


「すみません、ここに疫病の魔物と戦ったことがある人がここにいると聞いたのですがご存じないですか?……あれ?」


 話しかけて悟は一種の既視感を覚えた。その女性は立ち姿麗しいかなり美人であった。服装こそそこら辺の冒険者と変わらないが肝心のその中身はかなりの高貴な空気感を隠しきれていなかった。例えるなら超高級なアクセサリーをぼろ布で包んでいるような違和感といった所だろうか。


「それは多分私たちのことですが……私の顔に何か付いていて?そんなに見つめられると困ってしまいますわ。私には心に決めた方がいらっしゃいますのに」


「え?あ、ちがくて……」


「悟……」


 見るとアオイが悟の方をジト目で睨んでいた。いや、正確には両目眼帯をしているので分かるはずもないのだが、少なくとも悟はそういう風に感じたのだ。


「(……ジュリア姫だよな……?何でここに?)」


 しかし、悟は思い出していた。そう、それはシュラ国第十四代国王ヴィクトリア・シュラ・ブリングスの娘のジュリア姫であった。なんでこんなところにいるのか悟はさっぱり分からなかった。それもそのはず、福岡県がモデルのシュラ国は悟が制作したものである。もちろんジュリア姫を設定したのも悟である。


「(……おかしいな。ジュリア姫は基本城から出ることはないはずだけど。AGIシステムがNPCの過剰成長を促しているのか……?)」


 悟にとってここにジュリア姫がいるイレギュラーがとても気になりはしたが、あまりじろじろ見るとさっきみたいなことになりかねない。そして何故かアオイの機嫌が悪くなる気がするのである。


「……ジュリア姫様、どうかされましたか?」


 その時奥から一人の兵士っぽい男が出てきた。頭に包帯を巻いており、体のあちこちに傷と疫病特有の紫色に変色しかかった肌が痛々しかった。


「ダレス!どうして出てきたのです!今は安静にしていませんと!」


「しかし……うっ!」


 ダレスは負傷した傷が痛むようである。悟はもちろんダレスも知っている。シュラ国の騎士団長の一人である。まあ、なぜジュリア姫と行動を共にしているのかはさすがの悟も分からなかったが。


「取り込み中申し訳ないのだけれど、あなた達の話を聞かせてくれないかしら?」


「私たちの話?」


「ええ、私たちは疫病の魔物を倒して宝玉を手に入れたいの。その為にあなた達の情報を私たちに教えて欲しいの」


 ジュリア姫はアオイ達の方を見ると悲しそうに首を横に振った。


「悪いことは言いません。止めた方が宜しいですわ」


「私達では力不足だと?」


「いいえ、決してそういうわけではありませんわ。あれはレベルとか攻撃力、耐性とかそういう次元の魔物ではないということですわ」


「どういうことだ?」


 タカオミが問うと今度はダレスが答える。


「……私達も実際に魔物を見たわけではありません。そこまで近づくことすらできませんでした。奴は常に自分の周りに疫病の毒を展開していてその毒に近付きすぎると疫病の毒に侵されてしまいます。私達も一度山に入り慎重に距離を詰めようと試みましたが……」


 そこまで言うとダレスは一回息継ぎを入れる負傷した体では話すのもきついだろう。悟たちも別に急かしたりはしない。


「……失礼。私たちが魔物を探索していると突然目の前に紫の靄が漂い始めました。その靄は途端に増殖し始めたため、私たちは一旦距離を取ろうとしたその時あの攻撃が来たのです」


「あの攻撃?」


「正直言いますと私たちも何をされたのか分かりませんでした。しかし、ダレスは私を庇って攻撃を受けてしまったのです。その傷はまるで刃物か何かで切り刻まれたような傷で。私たちは命からがら逃げかえったというわけですわ」


 なるほど厄介だなと悟は思った。今の話が本当であれば疫病の魔物は少なくとも自身の周囲数十メートルで毒を展開しており近づけない。それなのに疫病の魔物は離れたところからの遠距離攻撃も出来る。普通ならお手上げレベルである。


「アオイ。君のあのスキルは使えないかな?」


「……悔しいけど難しいと思うわ。私のワールドイズマインはせいぜい私を中心とする半径十メートル~十五メートルしか展開できないの。明らかにその疫病の魔物の毒の効果範囲の方が広いわ」


「……そうだよな。さて、どうしたものか」


 思いがけず苦戦しそうな様相を呈していた。


「ほかに何か気付いたこととか無かった?」


 ダメもとで悟がジュリア姫とダレスに聞くと二人はう~んと考え込む。


「あ、そういえば」


「何かあるんですか?」


 突然考え付いたとばかりにジュリア姫が声を上げる。


「あ、いえ。関係ないかもしれませんが、その毒の靄の中でも他の魔物や動物たちはぴんぴんしていましたわ」


 そういうとダレスも思い出したとばかりに同意する。


「確かにそう言われてみればそうでしたな。魔物や動物にはあの疫病の毒は効かないのかもしれませぬ」


「……動物ねえ」


 悟はあまり有益な情報にはならなそうだと頭を抱えるのだった。

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