第46話 エクストラミッション2

「に、逃げろ!逃げろ逃げろ!壺の化け物だ!」


「いや、王を守れ!命を懸けてでもゼクスマキナ王を逃がすんだ!」


 突如現れた巨大な壺の化け物に謁見の間は大混乱していた。


「ケッケケーー!逃げろ逃げろ!こうなったら派手にぶっ壊してやるぜ!」


 口だけの底のない白い壺の化け物、カースオブフォルトナは笑い声をあげる。


「ほらほら、早く逃げないと……フレイムウォール!!」


 するとカースオブフォルトナはいきなり炎の壁を出現させて謁見の間にいた全員を閉じ込めた。


「くそ!この化け物が!」


 近くにいたリアムスが抜刀しながらカースオブフォルトナに切りかかる。


 キンッ!


 しかし、リアムスの攻撃は簡単にはじき返されてしまった。


「なんっだと……!」


 リアムスが驚愕の声をあげる。カースオブフォルトナには傷一つ付いていない。


「いきなり切りかかるなんて酷いじゃないかリアムス。今までパートナーとして仲良くしてきたのに。これは裏切りだね」


「どの口が!裏切ったのはお前の方です!私の魔力と寿命を吸い取って嘘の未来を見せていたんでしょう!?」


「ぶー!騙される方が悪いんですー!ケケケ!」


 カースオブフォルトナは楽しそうに笑う。リアムスは心底悔しそうに顔を歪めていた。


「ゼクスマキナ王、私たちがカースオブフォルトナを何とかしましょう」


 千春がダイブン国王に進言する。


「なんだと?」


「その代わり、あれを何とか出来た暁にはカースオブフォルトナを貰い受けたいのですが」


 千春はダイブン国王に交換条件を持ちかける。悪い条件ではないはずだ。既に退路も断たれ、頼みのリアムスも有効打を与えることが難しいとなれば藁にもすがるのが人間というものである。


「……いいだろう。既にあれは王国の繁栄に関与しえないものだ。この場を収めてくれるなら好きにするがよい」


「ありがとうございます。それではついでに手枷も外して頂けますかね?」


 ダイブン国王はゆっくりと頷くと兵士の一人に千春たちの手枷を外すように命じた。


「……さてと」


 自由になった右手をぐるんぐるん回しながら千春はカースオブフォルトナのステータスを確認する。



  カース・オブ・フォルトナ Lv 100 HP:1 MP:8556 STR:1 VIT:9999 INT:477 RES:9999 DEX:10 SPD:26 LUK:-9999



「……え?なんだよこのステータスは?」


 千春はそのステータスを見て絶句した。今まで見たこともないような奇妙なステータスをしていた。


「この魔道具はHPが極端に低い代わりにDEFとRESが極端に高く設定されているです。通常の攻撃ではまずダメージを与えられないでしょうね」


 優が解説してくれる。しかしなんともまあ本当に一筋縄では行かせてくれないゲームである。しかし、千春はそれほど焦ってはいなかった。


「で?製作者であるあんたならこのカースオブフォルトナの攻略法を知っているんだろ?」


 何故ならこのゲームの製作者の一人が仲間にいるからである。しかし、優は若干恥ずかしそうに頬を赤らめて俯く。


「……?どうした優?」


「いや、あんまりその魔道具の名前を連呼しないで欲しいんですが……」


「魔道具?……ああ、『カースオブフォルトナ』のことか?」


「それですよ!それ!ああ、恥ずかしい……なんでこんな名前付けてしまったんだ俺……」


 優は頭を抱えて悶絶している。相当恥ずかしいらしい。


「なんでだよ?カッコイイじゃないか『カースオブフォルトナ』」


「あー!あー!止めてください!若気の至りだったんです……。もう許してください……」


 優は本格的に頭を抱えて蹲ってしまった。どうやら中二病の黒歴史というやつらしい。千春はそんなに気にしないどころかカッコイイとさえ本気で思っていた。不思議に思って千夏に意見を求める。


「……いえ、私も別に悪くないと思いますよ。ちょっと呼びづらいなあとは思っていましたが」


「も、もうやめてくださいよーー!!」


 優は本気で嫌がっている。これ以上話が進まないと困るので千春は優に代替案を出す。


「分かった分かった。それじゃあいつのことはこれから『カス』と呼ぶから。それでいいだろ?」


「……自分が作った魔道具AIをカス呼ばわりされるのもそれはそれで複雑なんですが……」


「注文が多いやつだな。とにかく『カス』の攻略法を早く教えてくれ」



 『カースオブフォルトナ』の呼び方が『カス』になった。



「分かりましたよ。とにかく奴は先ほども言った通り正攻法ではとてもダメージは与えられません。一応道具扱いなので千春さんの『ゲットダゼ』で捕獲することも出来ません。しかし、よく思い出してください。エクストラミッションの内容は『カス』の撃破ではなく無力化でしたよね?つまり向こうが行動不能状態になればこちらの勝ちなのです」


「ほうほう、それで?」


「『カス』は魔法特化型の魔道具AIです。ストレングスも1ですし、魔法攻撃以外は怖くありません。つまり、MPを涸らせてしまえばこちらの勝利というわけです」


 なるほどと千春たちは頷く。


「ちょっと待ってください。カースオブ……、『カス』のステータス表示ではMPが8500以上ありました。魔法を乱発させて枯渇させようにもその間にこちら全滅しかねませんし、なによりこのダイブン国城が崩れ落ちる可能性さえあると思うのですが……?」


 疑問を口にしたのはアシュリーである。確かにアシュリーの言うようにこの膨大なMP分の魔法を受けきれる自信は千春にも無かった。


「そこで、重要になってくるのがマリン・アオンコさんってわけですね」


「……へ?ぼ、ぼくが?」


 いきなり名前を呼ばれて狼狽えるマリン。


「気づいてるか分からないですけど、このゲーム内にいる魔王はどれもチート級の能力を持っていて普通に挑んでもまず勝てないようになっています。そしてその魔王に対抗するためのキーアイテムやキーNPCが必ずどこの国にも配置されているんです。例えば既に千春さんが攻略しているシュラ国のキーアイテムは秘境メヤ村の水晶でしたよね?それと同じようにこのダイブン国攻略のカギを握るのが彼女マリン・アオンコさんです。彼女には他のNPCにはないパッシブスキル『MP吸収』を持っています。それをうまく使えばこのエキストラミッションはクリアできると思います」


 千春にとっては初めて知る事実であった。


「でも、『カス』のMPは8500以上でしょ?本当に全部吸い取れるの?」


 今度はラナが疑問を投げかける。


「ふつうは自分の上限MP量を超えて吸収することは出来ませんが、マリンさんは賢者マリンから『魔力結晶』を受け継いでいる筈です。そのおかげでマリンさんのMP上限はかなり上がっている筈」


「……ドラゴン師匠が……」


 マリンは自分の胸にある『魔力結晶』をゆっくりと握った。


 千春は言われてマリンのステータスを確認する。すると確かにマリンのMP上限が9999に格段に上がっていた。これなら『カス』のMPを吸い尽くすことが出来る計算である。


「問題は全く戦闘が出来ないマリンさんをどうやって『カス』に近づけさせるかと近づいてからMPを吸い尽くすまでの時間をどう稼ぐか。流石にMPを吸われ始めたら『カス』も気づいて妨害してくるはず」


「MPを枯渇させるまでにかかる時間は分かるか?」


「そうですね、確かMP100吸うのに1秒って設定した筈だからおよそ85秒ってところですかね」


 85秒はなかなか長い時間だ。しかも相手は強力な魔法を遠慮なくぶっ放してくる。


「……仕方ないのう、妾も少し協力してやろうではないか」


 するといつの間にかカリンが外に出てきていた。


「妾の転移魔法を使えばきゃつの死角に潜り込むなど容易い。あとはお主たちの頑張り次第じゃ」


 確かにカリンであれば魔法が使える。しかし、優はカリンを見てかなり驚いていた。


「……まさか、リトウの国の『滅国の女狐』?なんでダイブン国にいるんだ?しかもマリンと同化している……?……いや、今はそれは置いておこう。そういうことならむしろ好都合だ」


 優は何やら考え事をしているようだったがすぐにその考えを断ち切ったようだ。


「ケケケ、無駄な話し合いは終わったのか?そろそろぶち殺しちゃうよ?」


 律儀に待ってくれていた『カス』。しかしそろそろ痺れを切らしそうな雰囲気であった。


「とにかくまずは全力で攻撃して『カス』の気を引くんだ。みんな頼んだよ」


 優の言葉に皆頷く。


 そして、千春たちの総攻撃が始まる。まずマリン(カリン)は気づかれないように後方にそっと下がり空間転移の準備をする。そこにアシュリーとラナとリアムスが三方向から一気に切りかかる。


「ケケケーーー!!無駄無駄ムダーー!」


 『カス』は得意げに高笑いを決める。当然1のダメージすら与えることは出来ない。


「行け!お前たち!」


 続いて千春も水晶から捕獲したモンスターたちを放ってかく乱する。目くらまし程度にはなるはずである。


 そのすきを突いてマリン(カリン)は空間転移を発動する。『カス』は案の定アシュリーたちに気を取られて気づいていない。


(よし!いいぞ!)


 マリン(カリン)は『カス』の後方上部に空間転移してそのまま落下しながら抱きつくような姿勢で『カス』張り付いた。


「ん?なんだ?背中に何か……?」


「あとは任せたぞ……相棒」


 カリンがマリンに変わった瞬間MP吸収のスキルが発動する。みるみる内に『カス』のMPが減っていく。


「げえぇーーーーー!!俺様のMPが!!!この小娘何しやがる!」


「きゃああ!!」


 MP吸収に気付いた『カス』は激しく体を動かしてマリンを引き離す。たまらず引きはがされるマリン。


「させるかよ!!」


 同じく『カス』の後方に回り込んでいた千春が弾き飛ばされたマリンの手を取り、『カス』の胴体下部をもう片方の手で掴む。


「くそっ!離せ似非勇者!」


「死んでも離すかよ!今だぽんぽこ!俺ごと奴のMPを吸収しろ!」


「え!?でもそんなことしたら千春が……」


「MPが枯渇しても俺は死なない!いいからやるんだ!」


「う、うん!!」


 千春の機転のおかげでなんとかMP吸収が続行される。


「くっそが!しぶといゴミムシどもがわらわらと鬱陶しい!」


「ちぃ、魔法が……」


 『カス』はアシュリーたちに向けて連続で上級魔法を連打している。幸い三人とも致命傷にはなってないようだが、『カス』の妨害という仕事は果たせていない。このままだと千春も引きはがされるのは時間の問題だった。『カス』のMP枯渇までまだ30秒以上かかる。


「スロウ!」


「フレアバースト!」


 突然謁見の間の入り口から魔法が放たれる。なんとそこにいたのはSクラスのシュリカ・エザインとポット・フットだった。


「シュリカ!ポット!」


「千春とマリンが捕まったって聞いてこっそり城に来てみて正解だったわね。よくわかんないけどピンチってことよね!」


「か、加勢するよ!」


「なんだよ!うざいハエが増えやがったか!?」


 『カス』は全体攻撃魔法を唱えようとしていた。


「まずい!あの全体攻撃魔法を放たれたら……」


「いい加減くたばれよ!」


「マジックシールド!」


 誰もが目を覆いたくなるほどの上級魔法は千春達には届かなかった。間一髪、魔法障壁が全員に張られたからである。


「あ、アストン、おまえ……」


 それはBクラスのアストンであった。しっかり後ろには腰巾着のコンラルもいる。


「ふん、借りを返しただけだ」 


「おめーら、アストン様の寛大なお心に感謝しろよー!」


「ちくしょーちくしょーちくしょーーーー!!なんなんだよ!どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって!!」


 『カス』は悔しそうに雄たけびを上げるがもう遅い。アストンの張った魔法障壁の効果が切れると同時に『カス』のMPがちょうどゼロになる。



【おめでとうございます。エクストラミッション:カースオブフォルトナを無効化せよ を達成しました】



『やったー!!』



 安っぽいファンファーレと共にメッセージウインドウが表示された。千春は安堵あまりその場に倒れこんでしまうのであった。

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