第47話 昔話6
「……ついに、出来たんだ……」
雪村笑子は秋晴れの空にゲームソフトを掲げていた。パッケージには「インフィニットオーサーSE」と書かれている。ここ3カ月ほど笑子はMMORPGを通じて出会った8人の仲間たちと一緒にゲームを作っていたのだ。たった一人の為に。それがついに完成した。
「……喜んでくれるかな……」
一緒にこのゲームを作った(正確にはインフィニットオーサーSEで制作したゲームだが)仲間たちは口をそろえて大丈夫だと言ってくれていた。しかし、笑子はそれでも不安ではあった。
笑子は悪い予感を振り切るようにかぶりを振ると前を向いて歩きだす。これから千春の家に行ってこのゲームを渡すのだ。正直少し緊張していた。
笑子はバスに乗り最近はあまり行かなくなったバス停を目指した。福岡市はバスの利便性がかなり高いので助かると笑子はいつも思っていた。自分の田舎とは大違いだと。
千春の家の近くのバス停に降り立つ。10月末の空気は心なしか寂しく、笑子は肌寒さを感じて上着の裾を少し強く握った。
「……」
バス停を降りてすぐ目に入るのはスーパーだ。笑子は千春の家に行くときはここでよく食材を買っていって料理をしていた。笑子は料理が好きだった。それを思い出し笑子は吸い込まれるようにスーパーに入る。そこで笑子は日持ちがしやすそうな冷凍食品などを買い物かごに入れていった。
笑子はレジで会計を済ませると片手に買い物袋をぶら下げたまま千春のマンションへと向かった。
「……」
笑子の重い足取りでもついに千春のマンションに着いてしまった。見上げるほどに立派なマンションが難攻不落の城塞を彷彿とさせる。笑子はエントランスに入ると千春の部屋の番号のをコンソールに入力して呼出しを押す。
「……出ない」
なんとなく笑子も予想はしていたがインターホンからの返事はない。千春は引きこもっている筈なので部屋にいないということはほぼあり得ない。笑子はひたすら呼び出しを押しまくった。さながら借金の取り立てのようである。
「……はい」
しぶとく何回か呼び出しを押した後、やっと声が出てきた。
「あの、久しぶり……私分かる?」
笑子としてもここに来るのはかなり久しぶりである恐らく3カ月前に喧嘩別れみたいになったあの夜以来かもしれない。
「……もしかして、笑子ちゃん?」
笑子は忘れられていなかったことに少しほっとする。
「久しぶり、その、ちゃんと食べてる?そこのスーパーで冷凍食品とかお野菜とか買ってきたから……」
「今更何しに来たの?」
千春の冷たい一言に笑子の胸は押しつぶされそうな圧迫感を感じた。
「言ったよね?俺みたいなやつは誰も守れない。笑子ちゃんにはきっと俺よりいい人がいるからもう俺に関わったらダメだって。今の俺は警察も辞めたただのニート。……もう、ほっといてくれよ」
明確な拒絶だった。3カ月という月日が経ってもなお千春の心は病んだままのようであった。笑子は痛む心を必死に抑えて食い下がる。
「ちょっと待って!今日はとても大事なものを持ってきたの。それを千春に貰ってほしくて!」
「……大事なもの?」
「ええ、これよ」
笑子はインターホンのカメラに向かって「インフィニットオーサーSE」のパッケージを突きつける。
「……げーむ?」
「そう、これはプレイヤーがゲームを作れるゲームなの。私の話を聞いてくれた仲間たちが千春の為だけにRPGを作ってくれた。千春にまた元気になってほしくてみんなで一生懸命作ったの。私とはもう会ってくれなくてもいい。ただ、このゲームで私たちが作ったworld:ATYOSだけはプレイしてみてくれないかな?」
「……」
しばらくインターホンは沈黙していた。自分の声が千春に届いたのか笑子が心配しているとやっと声が出てくる。
「迷惑なんだ」
「……っ!!」
それは予想していたよりも辛辣な言葉であった。
「もう、俺に優しくしないでくれ!俺はそんな価値のある人間じゃない!笑子ちゃんも俺なんかじゃなくもっといい人と……」
「もういい!!!」
笑子は気が付くと感情的に千春の言葉を遮っていた。
「もういい!!分かった!私は超絶イケメンと結婚して幸せになればいいってことでしょ!ああ!分かったわよ!もう二度と来ない!千春のことなんてもう知らない!でも買った食材は勿体ないからポストに突っ込んどくから必ず食べなさい!いいわね!」
笑子は怒っているのか泣いているのか自分でもよく分からないまま一方的に通話を切ると千春のポストに買ったものを全て詰め込んだ。
「……」
笑子は少し迷ったが、勢いで食材と一緒に「インフィニットオーサーSE」も詰め込んだ。小さなポストはそれだけでぱんぱんになってしまっていた。
どうしてこんなことになってしまったのか。本当なら今頃仲直りして一緒にゲームをしている筈だったのに。どうしてこんなことに……。
笑子の心の中にはどろどろとした自分ではどうにもできない虚しさと悲しさが溢れており何も考えられなくなっていた。あんなに楽しかったのに、あの日々は一体どこに行ってしまったのか、笑子には分かるはずもなかった。
チャラララーラーラ、チャララララー
笑子はびくりと体を震わせた。自分のポケットの中が激しく振動していた。ケータイ電話の着信である。画面には実家の文字が出ていた。
「……?」
笑子は気が進まなかったが、通話ボタンを押すことにした。
『笑子か?』
電話先の相手は父親のようであった。普段気軽に電話するような感じでもない。
「そうだけど。珍しいね父さん。どうしたの?」
『実はな、母さんが……』
その知らせは笑子にとって突然で衝撃的な内容だった。
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