第27話 魔王登場
「僕はね、戦争とか殺し合いとか嫌いなんだよ」
と、目の前の小学生くらいの少年がかなり不釣り合いな大きな椅子に堂々と腰掛けたまま千春達にいい放つ。
「大体僕弱いしね。Lv1だし。これMAXだからね」
花がいっぱいの庭園を抜けて、途中掃除や料理をしている元生贄と思しき娘さんたちに笑顔で挨拶されながら、千春達は一瞬で魔王の間に到着していた。確かに途中、廊下とかに魔物がいたが特に攻撃してくる様子もなかった。
「……あのさ、一つ聞いていいかい?」
「なんだい、勇者のお兄ちゃん」
「君は本当に魔王なのか……?」
どう見てもただの小学生である。多分ラナより年下ではないかと思われる。魔王どころかただのちびっこだ。弁は立つようで、そこだけはやけにアンバランスな迫力があるが、取り方によってはただの背伸びとも見える。
「なんだ、そんなこと。敵のステータスくらい確認できるんだろ?見てみればいいじゃないか」
そう言われて千春は見た目小学生のステータスを確認した。
名前、魔王サトル、Lv1、職業:魔王。
「ち、千春、間違いないです。この少年は魔王です!信じられませんが」
アシュリーがすっとんきょーな声を上げる。気持ちは分からなくもない。
しかも、Lv1で能力もひたすら低い。下手したら町の子供の方が強いんじゃないかと思えるほどであった。
「ラナ、お前魔王見たことなかったのかよ」
「私は直接魔王なんて見たことないわよ。いつもフクロウ頭の魔王の従者としか話してなかったから」
「ああ、アモンとは面識があるんだ」
すると玉座の後ろから頭はフクロウ、首から下は人間の体の魔物が現れた。
「あ、てめえ!」
千冬が咄嗟に槍を構える。どうやら千冬も面識があるらしい。
「……フン、アノトキノリュウキシノムスメカ。ココデヤツザキニシテクレル」
アモンと呼ばれた魔物はかなり好戦的なようである。千春達は一斉に戦闘態勢に入る。
「アモン!ステイ!」
魔王サトルがそう叫ぶとアモンと呼ばれた魔物は戦闘態勢を解いて大人しく後ろに下がった。どうやら主の言うことはちゃんと聞くようである。まあ、止め方は犬みたいだったが。
「ああ、ごめんごめん。見ての通りアモンは好戦的な性格でさ。ただ唯一僕の言葉を理解できる魔物なんだよ。まあ、全て意思疎通出来るではないんだけど」
「……一つ聞きたいんだが、魔王であるお前の目的は一体何なんだ?世界を滅ぼすことか?王国に攻め入って支配するとか」
ここまでの会話で「お前に世界の半分をやろう」等とは絶対に言われないだろうなと千春は思ってはいたが一応聞いてみた。
「世界?あはは、勇者のお兄ちゃん面白いことを言うね。僕はそんなものに興味は無いよ。僕はここで暮らしていければそれでいいんだよ」
どうやらこの魔王は世界を滅ぼす気もないらしい。ではなぜ魔王などと呼ばれているのか。
「じゃあ、なぜ王国に生贄なんて要求したんだ?」
「ああ、それは確かに申し訳ないと思っているよ。僕は魔王な上にある制約を受けていてね。この城から出ることが出来ないんだ。とても退屈だったから話し相手が欲しくてさ。それをアモンに伝えたら何を間違ったのか、月に一度シュラ国の娘を差し出すように言ってたらしくてさ。びっくりしたよ。毎月お姉さんが城に連れてこられんだからさ」
またもや衝撃の事実が発覚した。何と生贄を要求したのは魔王ではなかったらしい。
「慌ててやめてくれって言ったんだけど通じなくて困ったよ。シュラ国に返してあげたいんだけど、この城の周りはモンスターが多いし、かといって言葉の通じないモンスターに護衛させるのも難しくね。アモンに任せるとまた誤解される可能性があるし」
「……じゃあ、生贄を要求しなくなったのって生贄の数に満足したわけじゃなくて……」
ラナが事実を受け止めきれなくてわなわなと体を震わせていた。
「ああ、やっとアモンが『ステイ』を覚えてくれたからね。それでだよ」
それを聞いてラナは膝から崩れ落ちる。気持ちは分からないでもない。小さい声で「わたしがやってきたことって……」とつぶやいている。
「あ、そうだシルヴィアさん」
「はい、サトル様」
魔王サトルが呼ぶと玉座の後ろから一人のメイド姿の女性が現れた。
「この人はシルヴィアさん。生贄として連れてこられたお姉さんの中で一番しっかりしていたからお姉さんたちのまとめ役をしてくれている。シルヴィアさん、あとで勇者を皆さんの元へ連れて行ってくれない?」
「畏まりました」
「それで?まだ、何か聞きたいことがある?」
「い、いや」
「そ、じゃあ、シルヴィアさんお願いね」
「はい、では勇者様こちらへ」
千春達は促されるまま、シルヴィアに続いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魔王の城のキッチンでラナが頭を下げている。
「……なるほど、大方事情は把握しました」
キッチンには今まで生贄として連れてこられたシルヴィアを含めた6人が集まっていた。シュラ国に帰る算段をする前にどうしても話しておくことがあった。シュラ国の王政崩壊そして、ラナのことである。
生贄として連れてこられた6人には全てラナから話をしてもらった。シュラ国王が魔王軍(正確には魔王からの指示を誤解していたアモン)と通じていたこと。ヴィクトリア王の指示で月影という盗賊団が城下の娘を攫って生贄としていたこと。その月影の頭領がこのラナだということ。
「……言い訳はしないわ。あなた達には私を好きにする権利がある」
さて、どういう反応をするのかと千春は見守っていたが、予想に反して6人の女性たちは困っている様だった。怒ったり、悲しんだりする子がいると思っていたのだが。
「……あの、正直なところを申し上げても宜しいでしょうか?」
6人の女性の内オレンジっぽい髪色の女性が遠慮がちに手をあげた。
「確かに、盗賊団に攫われた時はすごく怖かったですし、ここに来た最初は恨みもしていました。しかし、サトル様は私たちに衣食住を提供してくれて、ここでの仕事も楽しいので、この気持ちをどうしていいか分からないというのが正直なところでして……」
次に緑の髪の女性が前に出る。
「私も同じ気持ちです。確かに家族に会えないのは寂しくもありますが、王都での暮らしよりこちらの方が充実しています。これからもサトル様の為に働きたいんです」
皆それぞれ「わたしもです」と口々に話す。
「それに、どれだけ酷い行いをしたとしても自分より一回り年下の女の子を一方的に責めるというのは気が引けます。反省もしているようですしね」
驚いたことに、生贄とされた女性たちはラナに報復をしようという気はないらしい。
「……勇者様、私から一つ提案があるのですが」
シルヴィアははきはきとした声で千春に進言する。さすがは魔王サトルが代表にしただけのことはある、メイド長、若しくは秘書みたいな雰囲気を感じる。
「このように私たちにはそこのラナさんに対してどうこうするつもりはありません。しかし、それでは気が済まない、納まりが悪いということであればあれで手を打ちましょう」
「あれ……とは何でしょう?」
「悪いことをした子供にはおしりぺんぺんと決まっています。ラナさんには今から一人10回ずつ、60回のおしりぺんぺんを受けて頂きます。それで如何でしょう?」
もちろん千春に拒否権はない。
「え、ちょ、おしりぺんぺんって……まじ?」
ラナは思わず後ずさるが後ろからアシュリーががっしりと羽交い絞めにする。
「良かったではないですかラナ。おしりぺんぺんなんかで許してもらえるなんて聖女のような方々ですね。感謝しなさい」
「よーし、じゃあ私からいきますね~」
オレンジの髪の女性が可愛く舌なめずりをして自分の手のひらに息を吹きかけていた。
「ぎにゃーーーー!!」
しばらく、ラナの悲鳴とおしりをたたく音が響いた。タピオカはそれを見て楽しそうにけらけら笑っていた。
「シルヴィアさん」
「何でしょう?勇者様」
「先ほどの話を聞いて思ったのですが、もしかしてここにいる全員王都に帰る気はないということでしょうか?」
恐らく魔王サトルは生贄と連れてこられた女性たちを王都に返す算段をさせる為に千春達をシルヴィアに案内させたはずである。しかし、どうも話を聞くと女性の皆さんはここでの生活を楽しんでいて、別に王都に帰る気は無いようである。
「その通りです。ジュリア姫様から王政が崩壊し諸悪の根源であるヴィクトリア王が幽閉されたことは聞き及んでおりますが、それでも私たちはサトル様の元で働くことを希望します」
シルヴィアから並々ならぬ覚悟感じる。
「もしかして、ジュリア姫とダレス隊長が外で水桶を運んでいたのって……」
「はい、私たちが王都に帰る気が無いと分かると、『それではこちらの気が済みませんわ!』と仰るので、水くみを手伝ってもらっていたのです」
これで水桶を抱えていた謎は解けた。だが、恐らくジュリア姫はまだ気絶したままだろう。
千冬が千春の服のすそを掴んでちょいちょいと引っ張る。
「で、どうするんだにいちゃん」
「どうするって言われても……」
「魔王は別に王都に攻める気も世界を滅ぼす気もない」
「……」
「それでも魔王と戦うのか?」
はっきり言ってこの状況で魔王と戦う理由などない。これほどまでに予想外の出来事が連続して起こったのだ。千春は軽く眩暈を覚えた。
千春が頭を抱える横で60回のおしりぺんぺんを終えたラナが床に突っ伏していた。
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