第20話 クレールという男

「まったく、手こずらせてくれましたね」


 やれやれと言った感じでため息をつくクレールそのそばには彼の氷魔法によって地面に串刺しになった元疫病の魔物が息絶えていた。


「しかし、協力してくださって助かりましたミオさん。もう、戻ってこないものかと思いましたよ」


 そうクレールは軽口を飛ばす。その先にはダガーナイフを片手に宝玉を携えた美桜の姿があった。


「実は勇者クライスに内緒で来ているものですから。手土産の一つでもないと怒られてしまうところでした」


「……」


 美桜は特に何も返さない。クレールが何を言った所で特段興味はないと言った感じだ。感情のない瞳でただ宝玉を見つめるのみである。


「……本当にこんなものを悟たちは集めているの?」


「宝玉のことですか?そうですね、私は勇者パーティに加入したのが最近の新参者なので詳しくは分かりませんが、なんでもこの国にいる魔王を倒すためにはその宝玉が必要らしいですよ」


「……へえ」


 本当に興味がない時の返事である。


「しかし、良かったんですか?」


「良かったって何が?」


「ミオさんも聞いていたでしょう?疫病の魔物を倒すとそこから感染した村の住民が魔物になってしまうと。村長もそれは困ると言っていたじゃないですか」


「……ああ」


 クレールはもとより目的の為なら手段は選ばないたちだ。しかし、普通の人であれば、良心が残っていればわざわざ村人を苦しめるようなことを良しとしないだろうとクレールは分かっていた。クレールは美桜がどう感じているのか知りたかった。


「……別に。私には関係ないことでしょ」


 美桜はつまらなそうにそう言った。美桜にとってはその世界の住民はただのNPCでありゲームのデータに過ぎない。実際に人が死ぬわけじゃない。それよりも何よりも美桜にとっては悟のことが最優先である。


 しかし、そのそっけない態度はクレールを興奮させた。クレールにとっては現実の世界である。その住民を犠牲にしておいて何も感じていないという美桜の表情をみてクレールはゾクゾクしたのだ。


「……ミオさん。やはりあなたとは上手くやって行けそうですよ」


「そう?別に私はゲームの世界の人がどうなろうがどうでもいいってだけ」


「ゲームの世界?」


 美桜は言ってしまってから、ゲームの中の住人に何を言ってるだと自己嫌悪した。しかし、クレールは逃がしてくれないようである。仕方なく美桜は自分がプレイヤーキャラクターであることを明かした。


「……そ、私は実はこの世界の人じゃないの。私たちの世界ではここは作られたゲームの世界であなた達はゲームの中のキャラクターってわけ。あー、私ゲームのキャラクターに何言ってるんだろ」


「ふむ、それはとても興味深い話ですね」


 自己嫌悪中の美桜には目もくれずクレールは一人俯き何やら考え始めた。美桜は兄が言っていたことを思い出す。このゲームはAGIシステムというものが適用されており、ゲームの中のキャラクターは皆AIによって自我を持ち成長していくのだと言っていた。そんなゲームの中とはいえ自我を持つAIがこの世界をゲームの世界で自分たちが作られた存在だと気づいたとき、一体何が起こるのか。この時の美桜は考えもしていなかったのである。


「つまり、美桜さんがこの世界を作った創造主だと?」


「違うって。確かにこの世界を作ったのは私たちの世界の住民だけど、私はただのプレイヤー。このゲームを遊んでいるだけ。この世界を作ったのは多分、悟とその仲間たちでしょうね。私はゲームの世界にうつつを抜かす悟を社会復帰させるためにここに来たの……て、信じるのこんな話?」


「俄かには信じられませんがね、ただ、ミオさんが嘘をついてないことは分かります。私これでも人間観察が得意ですので」


 そういうクレールの目はいつもと同じく冷ややかであった。


「……あんた変わってるね」


「ええ、よく言われます」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 朝の森を一人の少女が歩いている。


「よいしょっと」


 少女は薬草や山菜を探していた。これは少女の日課で、ここで採れた薬草や山菜は道具屋に引き取ってもらったり、家族で使用したりする。地味だが家庭を支える重要な仕事であった。


「さてと今日はこれぐらいで……なんだろうあれ?」


 ある程度集め終わった少女は目前の草むらの中に何か光るものを発見した。この辺りは少女が毎日のように来る森で言わば庭のようなものである。自分の庭に入ってきた異物を見逃すはずがなかった。


「……?黒い玉?」


 近寄った少女が見つけた光るものの正体は美しい紫色に輝く宝玉であった。中心には赤い紋章のようなものが浮かび上がっている。


 思わず少女は手を伸ばしその宝玉に手を伸ばす。持ち上げて日にかざして見るとこの世のものとは思えないほど美しかった。


「……綺麗」


 少女はすごいものを拾ってしまったかもしれないと思いながらもしばらくその宝玉の美しさに心奪われていた。


その瞬間突如宝玉の色が美しい紫から深淵を思わせるような黒に変色した。


「え?……」


 突如光を失った宝玉から触手のようなものが何本も一斉に生え、少女の体に絡みついていく。


「え、いや!なにこれ!いやあぁぁぁ!」


 必死に触手から逃れようと暴れるも時すでに遅し、何重にも絡まった触手は少女の姿がほぼ見えないほどの量にまで達していた。


「た、……たすけ……」


 その声は誰の耳にも届くことはない。触手と少女が宝玉に取り込まれていく瞬間少女の絶望の瞳が一瞬触手の間から垣間見えた。その隙間から見えた景色が恐らく最後に見た少女の風景だったろう。


 やがて、少女を飲み込んだ宝玉は何事も無かったかのように沈黙を保った。


 ぎゅる


 しばらくして、宝玉に変化が起きる。今度は触手ではなく何やらどろどろとしたスライムのようなものが宝玉からあふれ出した。そのスライムのような黒くどろどろとした物体は次第に量を増していき、段々と大きくなっていく。


 やがてそれは人のような形を成していき、終いには先ほどの少女の姿に変貌を遂げた。


「……」


 少女の瞳には光がない。見た目少女の姿をした何かはそのまま森の奥へと消えていった。


 しかし、その少女を見送った一人の男がいた。


「……。やはり人でも試しておかないとな」


 やがてその男も煙のように消えると森はいつも通りの静けさを取り戻していた。

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