第21話 溝深まる

 悟たち一行は一旦ユウの国の首都に向かっていた。悟たちがいたシトヨヒ村は謎の魔物化現象により、疫病に感染した全ての村人が魔物となり他の住人を襲い終には森の中へと消えていった。村長はほぼ壊滅した村でしばらく放心状態だった。さすがに悟も気の毒だと思わずにはいられなかった。


「おい、悟聞いてるのか?」


 悟は突然呼ばれてハッと我に返る。


「俺たちは食料の買い出しに行くけど、お前はどうするよ」


「あ、ああ」


 心ここに非ずな悟を見てタカオミは首を傾げる。今悟たちがいるのはユウの国の首都への帰り道に立ち寄ったロシツヤの町にいた。どうやらタカオミとジュリア姫は買い出しに行くらしい。


「あれ?そういえばアオイは?」


 悟は今この場にいないアオイの姿を探す。それを聞いたタカオミは呆れたようにため息をつく。


「お前、聞いてなかったのかよ。アオイは聞き込みと軽く森の様子を見るってさっき別れたばかりだろうが」


「あ、ああ。そうなんだ……」


 実はこのロシツヤの町に入ってすぐ数日前に少女が森に入ったきり戻ってこないという話をその両親から相談されていたのだ。悟たちが冒険者でこの町に来る前に森を通ってきたからだろう。しかし、生憎悟たちは道中少女らしき人物には出会っていなかった。アオイが動いているということは少女捜索を手伝う気かもしれない。それならアオイに付いて行った方が良かったと思う悟だった。


「僕も買い出しに付いて行こうか?」


「三人で買い出しですの?荷物はこのお犬さんが持ちますから悟は町の中でもご覧になっていたら?」


「誰が犬なんだよ。……そうだな、悟お前シトヨヒ村を出てからなんかおかしいぞ少し休め。買い出しは俺たちで行ってくるからよ」


 タカオミとジュリア姫はそう言うと悟を置いて市場の方へと言ってしまった。広場に一人残された悟はとりあえず噴水の近くに腰を下ろした。


「……休めって言われてもな」


 悟のことを気遣ってくれたのだろうが、悟としては一人の時間をどうすればいいのか分からないでいた。冒険の途中で出来た手持ち無沙汰な時間。悟は思い返す。このゲームを始めてから常にアオイとタカオミと一緒に行動してきた。こうして一人きりになるのは初めてかもしれないと悟は思った。


 悟はあらためて広場を見回す。ロシツヤの町はユウの国の首都に次いで人口が多い町だけあってなかなか活気にあふれていた。この町にはまだ疫病は届いていないようである。


「あ、あの。そこの旅の御方」


 最初悟は自分に話しかけられていると気づかなかった。


「あの、あなたのことなんですが」


「……え?俺?」


 面と向かって言われて初めて悟は自分のことだと理解する。悟に話しかけてきたのはいかにも町娘といった感じの素朴な女性だった。もちろん悟に面識はない。


「不躾にすみません。旅の御方とお見受けします。今晩の宿はお決まりですか?」


「宿?」


 そこで悟は得心がいった。恐らくこの町娘は宿屋の娘で悟を旅人だと思い営業をかけてきたのだろう。


「実はおすすめの宿屋があるんです。良かったらご案内しますよ」


 悟の想像通りの答えが返ってきた。さてどうしたものかと悟は一考する。実はまだこの町に来たばかりで一泊するかどうかはまだ決めていない。しかし、ユウの国の首都まではまだしばらくかかるし、アオイが例の少女が森から帰ってこない事件を調べているならこの町に滞在する可能性が高い。どうせ買い物にも置いて行かれたのだから宿くらい見つけておいてもいいかもしれないと悟は思った。


「へえ、そう。ちょうど宿を探さないとなと思っていたんだ。案内してもらえるかな」


「え、あ、は、はい」


 悟があまりにもチョロイ客だと思ったのかどうかは不明だが、町娘の反応は悟の予想と違っていた。普通呼び込みに成功したら多少なりとも嬉しそうな顔なり仕草なりが見られると悟は思ったのだが、町娘が見せたのは何故か不安そうな顔だった。


「?どうかしたの?」


「い、いえ!それではご案内しますね」


 こちらです。と町娘は悟を促す。広場から路地に入り、段々と道が狭くなっていった。


「……?」


 町娘はどんどん奥へと進んでいく。道はどんどん狭くなり人気も無くなっていった。宿屋に抜ける近道だろうか。悟はあまりの人気のなさに居心地の悪さを感じて町娘にたわいもない話を持ち掛ける。


「そういえば君の名前は何ていうの?」


「わ、私ですか?私は……」


「別にNPCの名前何て知る必要もないでしょ。知ってどうするわけ?」


「!?」


 突如悟の背後から声がしたかと思うといきなりフードを被った人物が悟の首筋に刃を当てた。


「分かってると思うけど動かないでね。ああ、そうだNPCさんはもう帰っていいよ。ご苦労様」


「あ、ああ。ご、ごめんなさい!」


 町娘は悟を置いて走り去ってしまう。ここまでくればさすがの悟でも何が起こったのかは理解できた。つまり町娘は最初から悟をこの人気のない路地裏に連れてくるために買収されていたということであろう。誰にと問われれば十中八九今この瞬間悟の首筋にナイフを当てているアサシンに違いなかった。


「……お前は何者だ?」


「何者だは笑える冗談だね。幼馴染の声を忘れた?」


「……は?」


 驚きで硬直する悟からアサシンはあっさりと刃を引いて悟の目の前にゆっくりと歩を進める。


「お前はあの時のアサシン……いや、それよりも」


 悟が見たのは見覚えのあるフード姿で派手な仮面をつけたアサシンである。間違いなくシトヨヒ村に向かう前に悟たちを襲ってきた奴である。


 おもむろにアサシンはフードを取り、派手な仮面を外した。


「み、美桜!?嘘だろ?なんでこのゲームの中にいるんだ?」


「最初は様子を見ながら悟を正気に戻すつもりだったけど、なんかもうめんどくさくなっちゃった」


 そういうと美桜は呆れたようにため息をつく。


「いやいや、訳わかんないって!僕を正気に戻す?なんだそりゃ」


「だって悟ずっと家にこもってゲームばっかりやってて全然私たちと遊ばなくなったじゃない。そういうのふけんぜんっていうんだよ。悟のお母さんも心配してるって言ってたし」


「べ、別に母さんは関係ないだろ!僕には俺の理由があってこのゲームをしているんだよ。ほっといてくれ」


 次第に口論の激しさが増していく二人。これではゲームの外とあまり変わらない。しかし美桜は分かっていたとしても言い返さずにはいられなかった。


「理由ってなによ!あ、分かったあのジュリア姫とかいうNPCのことが好きなんでしょ!いい加減目を覚ましてよ悟!ゲームの中のキャラクターなんか好きになったって何にもならないでしょ?」


「はあ?なんで僕がジュリア姫を?僕が好きなのはアオイ……あ、……」


 売り言葉に買い言葉でついポロリをしてしまう悟。慌てて口を覆うが時は既に遅しである。途端に表情が険しくなる美桜。


「アオイ?冗談でしょ、アオイって眼帯をした気味の悪いちびっこでしょ?悟ってロリコンなの?正気?あ、正気じゃないのか」


 悟がポロリした答えは少なからず美桜を動揺させた。美桜には悟が何故アオイを好きになったのか意味が分からなかった。と同時に美桜の頭の中にあの日シヨトヒ村での出来事がよぎり、どんな手を使ってでも悟にこのゲームを止めさせないといけないという強い使命感が美桜を支配する。NPCとは思えないほどの強力な憎悪と殺意。ゲームの中だというのに美桜を恐怖させたあの不気味な存在をこれ以上悟に近付けるべきではないと美桜は思う。


「う、うるさいな!いいだろ別に、美桜には関係ないことだし」


 関係ないと言われてさらに美桜はヒートアップしてしまう。


「関係ないってなに!私は悟のお母さんから言われてるの!少しはお母さんの気持ちも考えてみなよ!自分の息子がゲームのキャラクターと結婚するなんて言いだしたらどんな気持ちになると思うのよ!?お母さん悲しませて楽しい?」


「余計なお世話だって言ってるんだよ!それにこのゲームのNPCはただのNPCじゃない!AGIシステムによって成長していくAIだ。人間の自我のようなものをもってこの世界で生きてる。普通のゲームのプログラムされた行動しかしないNPCとは違うんだよ」


「何が違うっていうのよ!NPCはNPCでしょ!そんなものどこまで行ってもただのプログラムよ!人間ではないのよ!それとも悟はNPCが死んだりいなくなったりしたら現実の人間みたいに悲しいとでも言うの?」


 売り言葉に買い言葉を続ける二人だがそこで悟はふと言葉を止めた。


「……おい、美桜まさかお前NPCを殺したりしてないよな?」


「な、なによ急に凄んじゃって。。ここはゲームの世界なんだからNPCがいくら死んだところで私に何の関係もない、例え村人の半分がモンスターになったところでね」


 それを聞いたとき一瞬悟は信じることが出来なかった。シトヨヒ村の疫病の魔物をやったのは美桜だった。悟の頭の中にあのシトヨヒ村での出来事が思い出される。逃げ惑う村人とモンスターになってしまった村人、そしてもう終わりだと絶望の表情で崩れ落ちる村長。


「……ふざけんなよ」


 悟は既に怒りを通り越して悲しかった。こんなにも分かり合えないものなのかと悟は思う。美桜にとってこの世界はあくまでゲームの世界でそこで誰が死のうが関係ないのだ。


「お前にとってはただ単にお遊びのゲームの世界でもこの世界を生きるNPCにとってはここが現実なんだよ。NPCにはこの世界しかないんだ。それをお前はゲームの世界だと悪戯に奪ったんだ。それは絶対に許されることじゃない」


 美桜は何も言うことが出来なかった。それは悟の怒りが理解できなかったからだ。


「僕はアオイ・ゴッドイーターが好きだ。いや大好きだ。愛していると言ってもいい。こんなにも誰かを想って心が痛くなったことはない。だから、僕は彼女の為になんだってやると決めた。僕の命を懸けたっていい。もともと僕はある人を助けるためにこのゲームを始めたけどそれと同じくらい僕にとって重要なことだ」


「な、な、な!」


 悟の思いを聞いた美桜は顔を真っ赤にして激昂する。


「なによそれ!ばっかじゃないの!たかがゲームのキャラに!じゃあ、あの気味の悪い眼帯ちびっこに死ねって言われたら死ぬの?」


「死ぬよ。でも、死んだらもうアオイに会えないからなんとか二人で生きようと死ぬまで伝えると思う」


「……!!!もう知らない!悟なんかゲームの中で野垂れ死ねばいいんだ!うわーん!」


「ちょ、美桜!」


 美桜はガチ泣きをしながら悟の元から逃げ去った。取り残された悟は一人でしばらく動けなかった。誰もいない路地裏には遠くからマーケットのにぎやかな声が微かに聞こえていた。


 そしてその路地裏の柱の陰にが蹲っていたことは終ぞ誰も知ることは無かった。

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