第22話 少女の形をしたもの
「あー、もう山道疲れた!町はまだなの?」
ユウの国の首都へと向かう道の途中、二人の旅人姿があった。
「ええと、地図を見る限りユウの国の首都はもう少し先だね。この先にロシツヤの町があるからそこで一休みした方がいいかも。物資も少なくなってきたし」
「さんせーい。久々にベッドで寝たいわー」
マリンはだるそうに片手を上げてひらひらと振るラナを見てくすりと笑った。マリンににとって自由奔放なふるまいをするラナは年の離れた妹のようにも感じられていた。
ラナとマリンは千春たちと別れ一路ユウの国に向かっていた。その理由は千春が復活した際にスムーズに魔王討伐が進められるようにするための情報収集が目的であった。ここまでの旅路での聞き込みでユウの国の首都には「虚無」という勇者パーティが滞在しており、魔王討伐の準備を進めているとの情報を得ていた。
「でも、『虚無』って言ったけ。勇者クライス率いる凄腕パーティらしいけど。確か一度魔王と一戦交えて引き分けてるって言ってたよね。どんな人たちかな?」
「どーでもいいわよ。確かにきょむとかいう勇者は評判いいらしいけどこちとら既に2回の魔王討伐に成功してるっての。向こうがケンカ腰なら魔王討伐の先輩としての矜持(力づく)ってもんを教えてやるわよ」
「ラナちゃん、『虚無』は勇者じゃなくてパーティの名前。勇者の名前はクライスだよ」
「それこそどーでもいいわよ、いいマリン?目的が情報収取とはいえ、第一印象は大事よ。最初にどちらが上で下かは……ぐえ!」
人差し指を上に向けてくるくる回しながら得意げに語るラナは突如フードを引っ張られて蛙が潰されたような声を出した。
「げほげほ!なにすんのよ!」
「妾も上下関係は大事だと思うが、今は止まるがよい小娘。死にたくなければな」
いつの間にかマリンの耳がタヌキの丸っこいのからとがった狐耳に変わっている。つまりカリンに入れ替わっていた。基本カリンは出てくることはない。戦闘中であったとしてもラナ一人で何とかなる場合なども出てこない。つまり、カリンが出てきたということはそれだけ異常事態が起こっているということになる。
その意味を理解した時ラナは黙って息を飲んだ。
「ほれ、見えるか人間。前方斜め左30度くらい先にちと厄介な奴がおるじゃろ」
普通の人間であれば気付けないし見えもしない距離である。しかし、ラナの職業は盗賊である。
「馬鹿にしないでよ。それくらい『望遠』のスキルを使えば見えるわ」
ラナはスキル発動をして、カリンが示した方向を見る。かなり遠くにうっすらと人影が見えた。『望遠』のスキルを使ってやっと見える距離と難なく見えてしまうカリンの能力の凄まじさをラナは感じた。
「……なにあれ?こども?」
それは5歳くらいの少女に見えた。少し前屈みになっている以外は特におかしいところは見当たらなかった。
「お主の目は節穴か?あれがただの子供に見えるのか?」
そう言われてラナはさらに注意深く少女を観察する。
「……ん?」
しばらく観察していると少女の周りが時折歪んでいるのが分かった。そして少女の周りには渦を巻くように黒い何かが蠢いている。
「うわ、なにあれキモ……」
「呪いか怨念に近いものじゃろう。顕現しているところを見るとかなり濃度が濃いようじゃな。普通の人間ならあの残滓に触れただけでなんらかの体調不良を起こすじゃろう。ああいうのは妾の専門ではあるがあれほどのものはなかなかお目にかかれるものではないぞ」
「感心してる場合?どうすんの、やるの?逃げるの?」
ここはもうユウの国の中である。あれほどの存在感を放つものなら魔王と何らかの関係がある可能性が高い。可能なら倒してしまった方がいい。
「やる?何を言っとるんじゃお主は?」
しかしカリンは呆れたような顔でラナを見る。
「あれは妾より数倍強いぞ」
「……へ?」
カリンは『滅国』と呼ばれる昔リトウの国を滅ぼしたとされる妖狐である。凄まじい魔力量と化け物じみた強さを誇っており、常に自信満々で他人を見下す癖がある。いままでカリンが弱気になったことなど一度も無かった。
そのカリンが自分より強いと言ったのだ。
その時『望遠』のスキルで見ていた少女が忽然と姿を消した。
「まずい!気づきおったか!!」
「え……?」
一瞬であった。さっきまでラナ達がいた場所にさっきの少女が地面から生えるように現れ、黒い触手のようなものが無数に伸びる。
間一髪のところで大きな化け狐の姿になったカリンはラナを咥えてその触手を躱した。
「……?」
少女は光のない瞳を向けながら首を傾げた。とても感情があるようには感じない。
「ちっ!化け物め……。いや、それは妾も同じか」
「ちょっと!なにあれ!どうなってんのよ!?」
恐らく距離にして5キロメートル以上は離れていたはずである。その距離を一瞬で移動するなど出来るはずがない。
「逃げるぞ!もっとも、そやつが逃がしてくれたらの話じゃが」
そう言いながらもカリンは高く跳躍してさらに襲い来る黒い触手を躱す。
「う、うわわわ!」
「口を閉じておけ小娘。舌をかみちぎるぞ」
ものすごいスピードで森の木々の間を走り抜けるカリン。しかしそのカリンの疾風のごとき速さと同じかさらに早いスピードで黒い触手が追いかけてくる。ものすごい勢いで山を駆け巡る化け狐と黒い触手。しばらく同じ速さで拮抗していた両者だったが徐々に本当に徐々に黒い触手がカリンに近付いていった。
そしてついに黒い触手の一本がカリンの後ろ脚に絡みついた。
ジュウゥゥ!
黒い触手はカリンの体毛と肌を焼いた。巻き付いた触手から黒い煙が上がる。
「カリン!」
「グウウウウゥ!舐めるなよ!黒ミミズごときが!」
「くそっ!離れなさいよ!来い、神獣:フェニックス!!」
咄嗟に召喚獣をぶつけるラナ。しかし破れかぶれであったとしても効果はあった。フェニックスは炎を纏ったまま黒い触手に突撃しカリンの後ろ脚に絡みついたものも焼き切った。
「でかした小娘!次は飛ぶから口を閉じよ」
「え?飛ぶ?」
カリンはさらに速度を上げたかとおもったら、目の前の崖を躊躇なく飛んだ。
「うわわああ!おちるーーーー!」
カリンとラナは深い谷に落ちていった。
カリンを追っていた黒い触手はしばらく崖の上でうにょうにょと蠢いていたが、諦めたかのようにすうと引き、主の元へと帰っていった。
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