第23話 少女の形をしたもの2
アオイ・ゴッドイーターは迷っていた。
つい数日前、アオイは悟と美桜が一緒にいる場面を見てしまっていた。最初は聞き込みの途中で見知らぬ女に連れられて路地裏を進む悟を見かけて後をつけたのだが、まさかこんな重要な場面に出くわすとはアオイ自身思っていなかった。
あの日のことを思い出すアオイ。
アオイは近くの柱の陰に隠れて様子を伺った。場合によっては二人とも殺す気でいた。以前アサシンの襲撃を逆手にとった時もミオはやたらとサトルのことを気にしていたことをアオイはずっと不審に思っていたのだ。ミオというアサシンがプレイヤーキャラクターであることは間違いがない。であればサトルももしかしたらという思いがずっとあったのだ。ここでサトルがプレイヤーキャラクターであることが確定されればここで復讐を果たす。アオイはそう覚悟を決めていた。
――み、美桜!?嘘だろ?なんでこのゲームの中にいるんだ?――
しばらく話を聞いていたアオイだったが、サトルはやたらとゲームという言葉を連呼し始め、ミオというアサシンと口論しだした。アオイにはよく分からない単語も混じっていたが概ね内容からこの世界の話ではないことがアオイにも分かった。
つまり、サトルはこの世界の人間ではない神側の人間だということだ。
アオイの中で疑いが確信に変わった。自分の心の中に言い知れぬ憎悪の感情が沸き上がる中で何故か悲しみの感情が同じくらいせりあがってくるのをアオイは感じていた。
――はあ?なんで僕がジュリア姫を?僕が好きなのはアオイ……あ、……――
もういい、二人とも殺そうとアオイが立ち上がろうとした瞬間、悟の言葉にピタリと体が動かなくなった。
(……悟が私のことが好き……?)
もう取り返しがつかないくらい心の中で燃え上がった憎悪の業火は何故か、たったその一言だけで静かになってしまった。
アオイは自分でも驚愕した。そんな筈はないと。自分の最愛の両親や兄、そして村のみんなの運命を弄んだ決して許すことが出来ない相手。この世界を作った神、プレイヤーキャラクター。そのプレイヤーキャラクターを見つけ出し復讐すること、死よりも恐ろしい目に合わせ永遠に後悔させるためだけにアオイはここまで生きてきたはずだった。
――僕はアオイ・ゴッドイーターが好きだ。いや大好きだ。愛していると言ってもいい。こんなにも誰かを想って心が痛くなったことはない。だから、僕は彼女の為になんだってやると決めた。僕の命を懸けたっていい――
もっとも忌むべき相手のはずなのに、その相手から好きと言われただけで嬉しいと思ってしまう自分の心が意味不明だった。アオイは自分が二重人格になったのかと思った。殺したいほど憎い相手を好きなはずがないだろうと。
――死ぬよ。でも、死んだらもうアオイに会えないからなんとか二人で生きようと死ぬまで伝えると思う――
ここでこいつらを殺さなかったら自分の為に死んだ両親や兄や村のみんなになんて言ったらいいか分からない。
アオイの心はぐちゃぐちゃだった。
結局アオイは悟たちがいなくなってもその場からしばらく動くことすら出来なかったのだ。
アオイはそんなことを思い出し、どうしようもなくなって自分の顔を両手で覆った。
「……アオイ?どうしたの、気分悪い?」
悟はアオイが両手で顔を覆っているのを見て思わずのぞき込む。アオイはいきなり悟の顔が自分の顔の近くに来たのでびっくりして後ずさり、あろうことかコケてしまった。
「ちょ!え?」
慌ててアオイの手を掴む悟。間一髪のところで悟はアオイを助け起こす。
「……おいおい。どういうことだよこれは。悟の様子がおかしいと思ってたら今度はアオイの方がおかしいじゃねえか」
一部始終を見ていたタカオミは腕組みをして呆れたようにため息を吐く。周知の事実だがアオイは視力が完全に失われている代わりに耳が異常に発達しており、魔力も影響してわずかな音を拾ってほぼ正確に周囲の地形が把握できるので何かにぶつかったり転んだりするようなことはない。例外として耳を塞ぐような大きな音にあふれかえっている場所などでは機能しないのが弱点と言えばそうである。
「全く腑抜けていますわよ二人とも。しっかりしてくださいませ。行方不明の少女を見つける前にはぐれでもしたら笑いものでしてよ」
さすがのジュリア姫も呆れ顔である。
悟たちは数日前に森に入ったきり戻ってこない少女の捜索に来ていた。その少女の両親の話では、少女は日課としてその森で食料を採りに行っておりそんなに危険なはずはないと言っていた。だとすれば何らかのトラブルに巻き込まれた可能性が高い。いつ何か予想外のことが起こってもおかしくないので警戒を怠るべきではないのだが。
「……ん?ちょっと待てよ。なんだこの匂い?」
その時タカオミが足を止めてクンクンと周囲を嗅ぎ始めた。
「お犬さん。少女を見つけましたの?」
「犬じゃねえ。いや、これは……ちとヤバいな。少女の匂いもするが、同じところにやべえ奴の匂いがありやがる」
「やべえやつ?そいつが今回の元凶ですの?」
「……分からねえが、普段なら絶対に近付きたくねえ匂いだ。最悪の事態を想定した方がいいかもな」
悟はごくりと唾を飲んだ。最悪の事態とはすなわち少女が既にそのやべえ奴に殺されているということだろう。
「しかし妙だな。この少女の匂いには何故か覚えがある。嗅いだことがある匂いだ。どこのだれかまでは思い出せねえが」
「嗅いだことがある匂い?タカオミはその少女とは初対面でしょ?」
「だから妙だって言ってんだろ。まあともかく行ってみねえことには何も分からねえ。気を付けていくぞ。ここからはおふざけはなしだ」
いつも険しいタカオミの表情が一層険しくなる。タカオミは先頭にたってパーティを導く、さすが人狼族のタカオミは迷うことなく匂いの元を辿っていく。
やがて悟たちは森の中を抜けて川岸にたどり着いた。
「川?」
タカオミは水辺で匂いが辿りづらくなったのか河原に立ち止まると首を巡らせて匂いの元を探していた。
「……こっちだ。間違いない。少女とやべえ化け物は一緒の場所にいやがる」
タカオミは川上を指さすと慎重に歩を進める。ということは目的の場所はそんなに遠くないようだ。タカオミを先頭に悟たちはなおも川に沿って上流へと登って行った。
「待て!」
突然タカオミがみんなを制止する。口元に指をあてて進行先を顎で示す。
「……あれは」
悟がタカオミが合図した先を見るとそこは滝つぼのようであった。そしてその滝つぼの傍らに何かがいた。それは巨大な狐の化け物であった。こちらに気付いているのかいないのか化け物狐は静かに目を閉じて滝つぼの方を向いていた。
「もしかしてあれが今回行方不明になった少女でなくて?」
その時ジュリア姫が気付く。化け物狐の白い腹部に一人の少女が横たわっていた。意識がないのかこちらもピクリとも動かない。
しかし、悟は少し安心していた。あの様子であれば化け物狐に少女が殺されるという最悪の事態は避けられているとみていいだろう。むしろ化け物狐が少女を守っているようにも見受けられる。
「……4人、いや3人と1匹か」
突然どこからか声がした。決して大きくはないが腹の底に響くような圧力のある声だった。それは明らかに目の前の化け物狐の方から聞こえていたが肝心の化け物狐は相変わらずピクリとも動いていなかった。
「ここにいればいずれ何者かに見つかるかと思っておったが、さてお主たちはなんじゃ?敵か味方か?」
どうやら化け物狐は口を開かずともしゃべれるらしかった。タカオミが意を決したように前に出る。
「俺たちは『白鱗』というパーティだ。この森の麓にあるロシツヤの町でこの森に入ったきり戻らない少女の捜索にきた。お前の足元にいる少女がその行方不明の少女ではないのか?」
化け物だとしても言葉が通じるのであれば話し合いが望ましい。
「なるほどのう、それはご苦労なことじゃ。しかし、それは当てが外れたの。こいつはラナといって妾の仲間、その村の娘とは無関係じゃ」
「ラナ……?」
何か聞き覚えがある名前だったのか今度はアオイが反応する。
「……思い出した。あなた達もしかして千春の仲間なんじゃない?」
「あ、そうか!あの時ダイブン国で再会した千春とかいうアオイが気にかけていた人間の仲間が確かあのがきんちょだ。どうりで嗅いだことある匂いだと思ったぜ」
「……千春?」
その名前には悟も聞き覚えがあった。悟を助けてくれた千冬はこのゲームの中に閉じ込められたという兄を助け出すために動いていた。その千冬の兄の名前が確か千春だったはずである。
「なんじゃお主たち、千春を知っておるのか?」
その時化け物狐は初めて興味を持ったようで悟たちの方を見るのだった。
インフィニットオーサー~勇者なのに半透明になるクソ能力のせいで殺されそうなんだが何とかやり直して生き残りたい~ 大森吉平 @kyohei-mori
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