第19話 異変

「本当に申し訳ない!」


 シトヨヒ村の村長はアオイ達に頭を下げていた。


「まさか勇者パーティの魔法使い様がそんなことを企んでいたとは露ほども思わず……」


 夜中に美桜の襲撃があった次の日、アオイ達が村長に聞いてみたところあっけないほど簡単にげろった。アオイ達が到着する前に勇者クライスのパーティメンバーだとなる魔法使いとアサシンが現れ指示を受けたというのはアオイの想像通りだった。


「しかし、アオイも良く気が付いたな。俺たちにも言っておいてくれれば良かったのによ」


「あくまで私の直感だったから。根拠も無かったし。……ただ、そうね。あと少しだったのだけれど」


 アオイは若干悔しそうにしていた。


「ところで襲撃者の正体は分からなかったの?」


 悟が尋ねるとアオイは一瞬口ごもる。


「……そうね。暗かったし、……ね」


「……?」


 悟はアオイの歯切れの悪さに少し違和感を覚えた。しかし、それ以上追及はしなかった。アオイとしてはミオがプレイヤーキャラクターであり、襲撃の原因が悟にあるかもしれないという事実は驚くべきものだった。やっと掴んだ尻尾をつかんだと思ったら尻尾切りにあった挙句、その尻尾に毒があったような気味悪さをアオイは感じていた。何か自分が知らない重要な事実があってそれが自分の首に徐々に巻き付いてきているような、そんな気持ち悪ささえ感じていた。


「……」


 改めてアオイは悟のステータスを見る。何度見ても悟のステータスにはNPCと表示されていた。普通であればプレイヤーキャラクターが特別視するということはその相手もプレイヤーキャラクターである可能性が高いことはアオイでも想像できる。しかし、現在NPCかプレイヤーキャラクターかを見分ける唯一にして絶対の方法、ステータス画面では悟はNPCと出ている。このステータス画面だけはどんなスキルであっても偽装できないはずなのである。


「(……だとしたらなぜミオはサトルに対してだけ異常な反応をしたの?)」


 ミオというプレイヤーキャラクターの目的はほぼ悟で間違いない。しかし、アオイにはその理由が分からなかった。


「……なに?」


 悟は目が見えないはずなのに見られている気がしてアオイに尋ねる。アオイは神妙な面持ちのまま、


「……悟はなにか女の子の恨み買うようなことしてないよね?」


 とんでもないことを言いだした。


「……は、は?」


 案の定悟も最初何を聞かれたのか理解できずに聞き返すことしか出来なかった。少ししてアオイも自分が何を言ったのかを理解して赤面する。


「あら?あらあらあら?」


「あん?なんだアオイ。サトルの昔の女でも気になるのか?過去を詮索する女はモテねえぞ?」


 すかさず面白そうだと食いつくジュリア姫とタカオミ。小学生のような年相手に何を言っているのやらと思いつつもタカオミは茶化すのを止められなかった。ジュリア姫はとにかくなにやら嬉しそうである。


「あらあらアオイさんもそういうのが気になる年頃なのですわね。いいですわよ。王宮にいたころはそんな話はいたるところにありましたわ。他人のほれたはれたは淑女であれば嗜んでおくべきもの。もちろん私も大好物でしてよ!」


「ち、違うの!これはそういうことじゃなくて……」


 タカオミは必死に弁解しようとするアオイを差し置いてタカオミはサトルの肩を肘でつつく。


「で、サトルの方はどうなんだよ?いるのか?」


「い、いるわけないだろ!なんで俺が女の子の恨みを買うようなこと……あるわけ……」


 最初は勢いづく悟だったが徐々に元気がなくなっていく。悟の脳裏に浮かんだのは美桜のことであった。全くこの世界では関係ないが、悟としては世話を焼いてくれる幼馴染に若干の後ろめたさがあった。このところこのゲームにかかりっきりでせっかくの誘いも無下にしてしまっていたことも悟としては気がかりであった。


 しかし、そんな事情を知らないジュリア姫とタカオミは口ごもった悟にまさかと迫る。


「まあ!まさか心当たりがあるんですの!?それはどこのどなたですの!?」


「おいおい、まさか本当にあるのかよ。がきんちょには100年はえーよ」


「ち、ちがう!ちがうったら!!ない!ないから!あるわけないだろ!!勝手に勘違いするなって!」


 わーわーと騒がしい一団である。そんな彼らに遠慮がちに話しかける老人が一人。


「あ、あのー。お取込み中のところ大変申し訳ないのですが……」


 シトヨヒ村の村長であった。村長は本当に申し訳なさそうに割って入る。


「虫のいい話なのは承知でお願いなのですが、疫病の魔物を討伐するのは待ってもらえないでしょうか?」


 そこで悟はここに来た本来の目的を思い出した。そうである、もともと悟たちは疫病の魔物を倒して宝玉を集めるために来たのだ。


「疫病の魔物を倒すとその魔物の毒で感染した村人は何故か獣になると聞いております。この村では働き手の若い男の多くが疫病に罹り、ただでさえ苦しいのにそれが魔物になんてなってしまったらこの村はおしまいです。なんとか!なんとかお願いできないでしょうか!?」


 村長は必死で頼み込む。その必死さは誰が見ても演技でないと分かるほどだった。それだけこの村の置かれた状況が良くないということだろう。


 しかし、悟はどうしたものかと首を捻る。


 村長の懇願は聞いてあげたいが、魔王を倒し疫病患者を救うためにも宝玉が必要なのも事実である。どうにか疫病の魔物を倒さずに宝玉を手に入れるか、魔物を倒しても患者が魔物化しない方法を見つけるかだが、現状のそのどちらも情報がない状態である。


 グオォォォオォォォ!!!


 その時村の中心から腹の底まで響くような唸り声が悟たちの耳に届いた。


「な、なんですかこの唸り声は!?」


 その時村人の一人がこちらに走ってきた。


「そ、村長!大変です!みんなが!」


「どうした!何があった!?」


「と、とにかくこちらへ!」


 そう言って村長と村人は走って行ってしまった。悟たちも村長たちの後に続いた。

 

 悟たちが村の中心にたどり着くとそこは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


 魔物となった村人は別の村人を襲っていたのだ。


「おい!しっかりしろ俺が分からないのか!?」


「ああ、どうかお助けください……」


「うああん!うああん!」


 中には既に襲われて事切れた村人も横たわっている。村長は茫然自失と言った感じで立ち尽くしている。


「ち、何がどうなっているのか分からねえがとにかく今は魔物化してない村人を助けるのが先決だ。悟行くぞ!」


「あ、ああ。よし!行こう」


「わ、わたくしも行きますわ!」


 悟たちは急ぎ襲われている村人の救助に向かう。アオイはこの光景を感じながら以前のソア山の麓の山での出来事を思い出していた。つまり、


「……一体誰が……?」


「ああ……、おしまいだ。この村はもうおしまいだ……」


 蹲った村長は力なくそう呟きながら涙を流していた。

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