第33話 Sクラス
それから、千春が千夏の体で剣道部の藤堂教師と勝負したことは生徒たちの間でちょっとした事件になっていた。やれ竹田先生が剣道部に殴り込みをかけたとか、やれあの藤堂教師をけちょんけちょんにしたとか概ね間違ってない噂で持ちきりだったようである。勿論千春はことの一部始終を千夏に告げていたが、烈火のごとく怒っていた。それも無理もないことで、そもそも無理な勝負を仕掛けたことや、そのせいで千夏が筋肉痛で2日ほど仕事を休む結果になってしまったことなどが起因する。それでも千夏が千春を最終的に許したのは何だかんだ藤堂教師が剣道部の練習をガラッと変えたという話を千夏が聞いたからである。今回の相談相手である坂梨聡美から涙ながらに感謝されたらしい。結果大島優も徐々に元気になってきているようだ。結果誰も剣道部を辞めなかったという話を聞いた時、千春は本当に嬉しかった。
「……あー、ダメですね。マリン・アオンコさん?あなた出場権ないですよ」
それはそれとして千春たちは約一か月後に行われるグランマスターズの出場登録に来ていた。ちょっと吊り目の胸のでかい受付嬢はあっさりと答える。
「な、なんじゃと?」
「グランマスターズはその年の一番の魔法使いを決める神聖な儀式です。どこの誰とも分からない人が出場できるわけないじゃないですか。出場できる魔法使いは、何らかの実績を残した高名な方だけですね」
ドラゴン師匠開いた口がふさがらないようであった。マリンは隠れてほっと胸を撫でおろしていた。
「じゃあ、マリンはグランマスターズに出場できないということなのか?」
「いえ、絶対に出場できないと言うわけではありません」
「なんじゃと!何か方法があるのかボインちゃん!?」
突然生き返ったように元気なるドラゴン師匠。勢いあまって受付嬢のおっぱいに手を伸ばし、なかなかのビンタを貰うドラゴン師匠。見るだけで良かったのでは?と千春はあきれ顔でドラゴン師匠を見る。なんでかちょっと嬉しそうなドラゴン師匠。
「マリンさん、その制服を着ているということはあなたウェノガ魔法学園の生徒ですよね?ウェノガ学園では特別に各学年から1名だけ出場できる枠があります。マリンさん、あなたがその1人に選抜されればグランマスターズに出場できるでしょう」
それはすなわち学年で一番にならないといけないと言うことである。千春とマリンの顔が引きつる。
「ちなみにその一人はどうやって選抜されるんだ?」
「……私も詳しくは知りませんが、確かこの時期ウェノガ魔法学園では各学年でクラス対抗戦が開催されるとか。グランマスターズ出場選手はそのクラス対抗戦の優勝クラスから選抜されることが多いようですね」
と言うことはまずはクラス対抗戦でSクラスが優勝しなければならないと言うことである。無理ゲーにもほどがある。なんたってSクラスの面々は誰一人として魔法を使うことすら出来ないのである。
「……まじかよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今からお主たちにはクラス対抗戦で一番になって貰う」
久しぶりのSクラスの教室は異様な空気で包まれていた。教室の登壇の上で胡坐をかき、酒瓶抱えた酔っ払いジジイ、つまりドラゴン師匠はSクラスに乗り込むと面々に向かって緊急事態だと騒ぎだしたのだ。絵面見ると相当やばい感じである。今すぐに教師につまみ出されても仕方ないと思う千春。
「……なに言ってんの、あの飲んだくれジジイ」
ちょっとギャルっぽい生徒、シュリカ・エザインは頬杖をついたまま呆れ顔で言う。このギャルの言うことは尤もである。しかし、この飲んだくれエロジジイこそ世界一の魔法使い「時の賢者マリン」なのである。
「まさか、グランマスターズに出場するにはクラス対抗戦に勝たねばならないとは。まったく余計な仕事が増えたわい」
「ねえ、あのジジイ、マリン知り合い?」
「ええと……」
「こりゃ!わしの話を聞かんか!」
ドラゴン師匠は自分の話を全く聞かないSクラスの面々に憤慨していた。
「というか先程クラス対抗戦と言っていたような気がするのですが、どういうことでしょうか?」
気の弱そうな青年ポット・フットが手を上げて質問する。
「じゃからさっき言ったじゃろう。お前たちにはクラス対抗戦で一番になって貰うと。このわし自ら指導してやると言っておるのじゃ。有難く思うがよい」
どやあ、と胸を張るドラゴン師匠だが、教室の空気は冷え切っていた。もともと弱小クラスとして他のクラスから見下されているのに加えて自己肯定感も低い生徒が多い。クラス対抗戦も出場はするが最下位で終わることは既に決まっているようなものである。テンションが低いのも当然である。
「あのお、魔法も発動出来ない僕らがクラス対抗戦で勝つなんてそもそも不可能なのですが、そもそもなんで一番にならないといけないでしょうか?」
「なんじゃ、そんなことか。お前たちがクラス対抗戦で一番にならんと弟子一号がグランマスターズに出場できんからに決まっとろう」
「弟子一号?」
「そこのタヌキ娘に決まっとろう」
クラス全員が一斉にマリンを見る。
「あっははは!まじ!マリン、グラマスに出るの?ちょーうけるんですけど!」
「あ、あはは……」
シュリカがマリンの肩をバンバン叩いて目に涙を浮かべながらくそ笑っていた。
「そこのもやし男よ。クラス対抗戦に出場するのは何人じゃ?」
「もやし……もしかして僕のこと?僕はポットって名前なんだけど。クラス対抗戦は団体戦3人の勝ち抜き方式で行われます。先方と中堅と大将が全員負けてしまった時点でそのチームの負けというルールですね」
「ふむ、要は向こう全員倒せばよいのじゃな。誰か志願するものはおるかの?」
ドラゴン師匠が問いかけるが手を上げる者は一人もいない。それも当然、わざわざ恥をかくために出場したいものなどいるはずもないからである。
「なんじゃ、誰もおらんのか?なら仕方ないの、どれわしが見てやろう」
そう言うとドラゴン師匠の眉がピクリと動いた。恐らく今ドラゴン師匠のスキルパラメータで生徒たちの魔法熟練度などを確認しているのだろう。というか、ドラゴン師匠の目はいつも眉毛と髭に隠れて見えないのであくまで想像でしかない。千春も時々ドラゴン師匠のことをモン〇ャラだと思っている。Sクラスの生徒たちは何の時間か分からず困惑しているようだ。
「ふむふむ、なるほどのう。確かに優秀とは言えないじゃろうが、そこのギャルともやし男は少し才能があるの。先方ギャルで中堅もやし男の大将弟子一号で良いじゃろう。これから一週間でこの三人を徹底的に鍛えてやるから覚悟するのじゃ」
「あれ?俺は?」
「弟子二号は才能ないからのう。三人のサポートをしてやるのじゃ」
あっさりと戦力外通告されてしまった千春。ちょっとだけ寂しい気分になる千春。
「ちょっと、勝手に決めないでよ!それに一体あんた何者なのよ!」
「そ、そうですよ!納得いきません!」
シュリカが怒るのも無理はない。どこの誰とも知れない飲んだくれエロジジイがいきなり乱入してきて場を仕切った挙句、クラス対抗戦に出るメンバーまで勝手に決めてしまったのだ。
「『時の賢者マリン』」
このままだとクラスで反乱が起きそうだと感じた千春はドラゴン師匠の正体を明かしてやった。
「「は?」」
「『時の賢者マリン』、それがドラゴン師匠の本名だよ」
Sクラスの面々は目をまん丸にして驚いていた。続けて無理もない話である。伝説の魔法使いと名高い『時の賢者マリン』を知らないものの方が少ないようである。
シュリカは驚きを隠せないといった感じでマリンを見る。
「本当だよ。ダイブン国王も認めてたし」
驚きのあまり声が出ない面々。それを見てドラゴン師匠はふぉふぉふぉといつものように笑っていた。
「「ええええー――――!!!」」
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