第9話 謁見

「それはいくら勇者の申し出でも承服しかねる案件だな」


 ダイブン国の王は見るからに大柄であごに豊かな髭を蓄えた筋肉隆々の御仁であった。シュラ国の王、ヴィクトリア王がトランプのキングのようないかにもな王様だったのに変わり、ダイブン国の王はどちらかというと武人といった風体であった。魔法大国の王のイメージにはそぐわない感じだ。その王が今千春たちの「ミカサノ盆地に行くためにあの転送システムをどうにかしてほしい」という申し出についてかなり渋い顔で首を横に振る。


「それは何故なのでしょうか?」

「王よ、それは私から説明しても宜しいでしょうか?」


 王の隣に控えていたいかにも魔法使い風の小柄な初老の男性が口を挟んできた。ダイブン国王は特に感情を見せる様子もなく「許す」と一言だけ発した。


「私は王国専属魔法士のアズミノと言います。以後お見知りおきを。さて、勇者様。あのミカサノ盆地へ続く山脈にはもともと、あらゆるものの魔力を無尽蔵に吸い取る呪いのようなものがありまして、以前は魔王討伐を志した者たちがあの山脈に魔力を吸われ、魔王の城にたどり着く前に全滅するという事例が後を絶たなかったのです」

「クジウ山脈のことですね?」


 アシュリーが言うとアズミノは大きく頷く。


「左様でございます。そこで王国側で魔力が尽きたものを自動的に入口へと転送する魔方陣を約1年ほどかけて完成させたのです。これは魔力が尽きてMPが使えず全滅するパーティを救うと同時に反対側から進軍してくる魔王軍への抑止力としても作用する画期的なものでした。あれを解除すると再構築にまた1年という多大な時間がかかるという点、それとその間魔王軍が侵攻しやすくなるといった観点から、勇者様のご希望には添いかねるという判断をせざるを得ないということです」


 つまりあの転送システムは冒険者を救済するためのものだったらしい。聞けばもっともな内容であるし、いくら魔王を倒すためとはいえ約1年という間住民を悪戯に危険にさらすこともできないだろう。千春はこれは困ったと腕組みして唸る。


「どうすんのよ?洞窟抜けないと魔王の城には行けないんでしょ?」

「うーん、何かあの洞窟を抜ける方法はないものか」

「ございますよ」


 あっさりと言い放つアズミノに「あるのかよ!」と突っ込みを入れたいの我慢する千春。


「ダイブン国に伝わる魔法の一つに『グルグル』というものがございます。これは自身の足元に魔方陣を展開させて魔力が放出されるのを防ぐものなのですが、これがあれば洞窟内でもMPが減らずに転送することなく通れるということです」

「なるほど、ではそれを私たちに教えていただけないでしょうか?」


 アシュリーが問いかけると何故かダイブン国王は口の端を上げ嘲笑に似た表情をするのであった。


「もちろん良いぞ。勇者殿が習得できるのであればな」


 アズミノは「王も人が悪い」と言わんばかりの顔をしている。


「何か問題があるのですか?」

「実は『グルグル』はかなりの上級魔法でして、習得には様々な条件がございます。先に習得しなければならない魔法もあります。その難しさ故にダイブン国で一番の魔法学院であるウェノガ魔法学園の卒業テストにもなっているほどです。優秀な魔法士が3年かけて習得する内容ですので……」


 なんと恐ろしいことに『グルグル』とかいう魔法を習得するには3年ほどかかるらしい。そんなことをしていたら先にアオイ達がこの世界の魔王を全滅させてしまうだろう。


「良いではないか、勇者よ。ウェノガ魔法学園に編入する気はないか?」


 いきなりダイブン国王がそんなことを言い出した。


「俺が魔法学園に?」

「手続きは王国側で責任をもって行おう。学費も王国特待生ということで免除としようじゃないか。もちろん二人の仲間の分もだ。悪い条件ではないだろう?」


 確かに悪い条件ではなかった。現状、『グルグル』という魔法を習得する以外にあの洞窟を抜ける手段はない。千春たちは3年も在学してる時間はないが、現状ほかに手がない以上、どうしようもない。


「なぜダイブン国側でそこまでして頂けるのでしょうか?」


 一方アシュリーはこの特別な待遇に少し疑問を持っているようである。


「何、魔王を討伐しようという勇者は我が国にとっても有益な存在足りうるということだ。協力するのは至極当然のことだと思うが?」


 ダイブン国王は一切の惑いもなく言い切った。


「いいじゃない!他に当てもないんだし貰えるものは貰っておきましょ!」


 ラナはウキウキとしている。恐らく学園に興味があるのだろう。普段は頭が切れるしっかり者も学校には行ってみたいらしい。ここら辺は年相応といったところか。


「アシュリーは反対か?」

「いえ、反対というわけでは。ラナの言う通り他に手はありませんし、ここはダイブン国王のご厚意に甘えてもいいのではないでしょうか?」


 アシュリーも別に反対というわけではないらしい。千春は少し考える素振りをしてからおもむろに頷く。


「確かに、これまで魔法に関しては全く気にしてなかったし、ここで学ぶのも悪くないかもな。陛下のご厚意に甘えても宜しいでしょうか?」

「もちろんだとも勇者よ。よくぞ決心してくれた。存分に知見を深めると良い。我が国の魔法学園での学びが勇者の旅の一助とならんことを祈っているぞ」


 千春たちはダイブン国王に礼を述べると謁見の間から去っていった。


「……良いのですか王よ。あのようなこと言ってしまって」


 魔法士アズミノは千春たちが完全に退室したのを確認してから心配そうに尋ねる。


「なに、嘘は言ってはおるまい。別に真実を話したわけでもないがな。勇者にはしばらく我が国に滞在してもらうとしよう。これだけ特別な待遇を与えたのだ。出来るだけ長くいてもらわねば困る。そう、より長くな」


 不敵に笑うダイブン国王を見て心配性な側近魔法士は小さくため息を吐くのだった。

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