第二章 ダイブン国編

第1話 新しい国

 千春達一行はシュラ国の領地を抜けダイブン国に入っていた。そしてダイブン国最初の町、ナシ町で魔王の聞き込み調査をそれぞれ分かれて行っていた。

 ナシ町、現在日本の位置と照らし合わせると日田市になるだろう。


「ナシ町ねぇ……」


 一通り聞き込みを行った千春は待ち合わせ場所の噴水の前のベンチに腰掛け休んでいた。アシュリーとラナはまだ聞き込みを行っているようである。ちなみに千冬はもういない。ダイブン国に入る前に離脱してしまったのだ。


『じゃ、私はこれから受験勉強に専念するんで』


 受験勉強なら仕方がない。一生を左右する試験だ。そっちに専念するしかないだろう。むしろ、今まで良く手伝ってくれたと千春は感謝した。しかし、千冬が抜けるということは、インフィニットドラゴンのタピオカも一緒に抜けることになる。かなりの戦力ダウンになることは避けられない。


『大丈夫だって兄ちゃん。私は手伝えねーが、代わりに信頼できる協力者にお願いしといたから』


 そう言って千冬はあっけなくログアウトしていった。代わりの協力者というのが気になるところではあるが、今は考えても仕方がない。そのうち合流するだろうと千春はのんびり構えることにした。自分でもこのゲームの世界での生活にかなり馴染んでいることに多少の驚きがあった。


 その時向こうから歩いてくるアシュリーの姿が目に入った。千春は片手をあげるとそれに気付いたアシュリーが駆け寄ってくる。


「千春。魔王の城はミカサノ盆地にあるようです」

「ああ、それは俺も聞いた。アシュリーも聞いているならこの情報は間違いないようだな」


 ミカサノ盆地はユウの国との国境にあるらしい。教えてもらった宿屋のおじさんに地図を見せてもらったところ、どうやらユウの国というのは位置関係的に熊本県になりそうである。


「どうやら、今回はそのミカサノ盆地に入るだけでも大変みたいよ」

「ラナ」


 噴水の反対側からラナが姿を見せる。


「ミカサノ盆地は高い山脈に囲まれた中にあって魔王の城がある中心に行くには洞窟を通っていく必要があるらしいんだけど、その洞窟を通るにはある一定の魔力制御が必要らしいの」

「魔力制御?」

「詳しくは分からないけど、誰でも彼でも入れるってわけでもなさそうね。まあ、行ってみれば分かるんじゃない?」


 魔力を奪う仕掛けを魔王が設置しているということだろうか。


「それより、もう一つ重要な情報を手に入れたわ」


 いつにも増して真剣な表情を作るラナ。


「このナシ町では『ヤキソバ』という有名な料理があるらしいわ。これは一度食べてみないとこの町を離れることは出来ないわ!」

「ああ、日田焼きそばね」

「千春、知っているのですか?」


 確か原田悟の話では九州を元にしたこの世界ではそれぞれ県ごとに担当が違うらしい話をしていた。このダイブン国を担当した人物は大層大分県に思い入れがあるようだ。


「このナシ町は現実では日田市でほぼ間違いないと思う。俺のいた世界ではそこそこ有名なソウルフードだったよ」

「そうるふーど?ですか。なんだか強そうな食べ物ですね」

「とにかく食べに行ってみるわよ!すぐそこにナシ町で一番おいしい『ヤキソバ』のお店があるらしいわ」


 ラナは目を輝かせて走り出してしまった。


「ちょっと、ラナ勝手に……」

「まあ、いいじゃないか。こういうのも旅の醍醐味だろ?」


 先に走り出したラナを追って千春とアシュリーはその後に続いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「何これ」


 運ばれてきた日田焼きそばを嬉しそうに口に放り込んだ瞬間ラナは顔を曇らせた。


「なんか麺が固いわ。これちゃんと煮えてないんじゃないの?ちょっと店員に文句いってくるわ!」


 期待を裏切られたのが悔しいのか席を立とうとするラナを千春が制止する。


「まあ、待てラナ。これはこういう食べ物なんだよ。わざと麺を鉄板に押し付けて焦げるくらい固くするのが日田焼きそばなの。そうすることでパリパリの触感が味わえるってわけ。パリパリの触感を楽しむように食べてみな」

「……えー、まあチハルが言うなら」


 しぶしぶ席に座りなおし食べ始めるラナ。


「……確かにそういう食べ物だと分かったうえで食べると案外いいかも。……うん、悪くないわ」

「そうだろ?この触感に慣れるとクセになるんだよな。俺も最初は苦手だったし」

「チハルは食べたことあるの?」

「まあね。現実の世界でだけど」


 そう言いながら千春が思い出していたのは彼女だった雪村笑子のことだった。笑子は大分県の出身だったこともあって度々デートで大分県に行きたがった。思えば日田焼きそばを食べたのは確か笑子と行った店が初めてではなかっただろうか、と千春は思った。


「アシュリーはどうだ?うまいか?」


 と話しかけると既にアシュリーは食べ終わっていた。


「問題なく食べれます。騎士団時代に遠征で食べた携帯食に比べるとはるかに美味しいです」

「いや、携帯食と比べられてもな……」


 そう言いつつもアシュリーは満足気な顔をしていたのでそれ以上千春は何も言わなかった。シュラ国ではあまり余裕も無かったので基本味気ない食事しかとっていなかったが、たまにはこういった食事もいいものだと千春は感じていた。


「では、行きましょうか。ここからミカサノ盆地は結構距離があるみたいですから気合を入れていかないといけませんね」


 ラナが食べ終わったのを見計らってアシュリーが立ち上がる。この店では料金は先払いだったので後は店を出るだけである。


「……ん?」


 ふと、厨房のカウンターに目を向けるとその奥に何やら雑貨屋らしきものが目に入った。雰囲気はお土産物コーナーに近い。その中で千春は見覚えのあるものを見つけた。


「これ、水晶じゃねーか!?」


 なんとそれはメヤ村で見たモンスターを仲間に出来るあの丸い水晶だった。しかも山積みになって売られている。


「お、お兄さんお目が高いね。それは秘境メヤ村でしか取れない水晶だよ。なんでも恋愛成就に役立つとか。お兄さんも御一ついかが?」


 可愛らしい店員がウインクして宣伝してくれる。どうやらメヤ村の特産品なのは間違いないらしい。


「なあ、店員さん。この水晶売っているのってこの店だけか?」

「え?そんなことないよ。最近はさっきも言ったように恋愛成就のお守りとして若い男女に人気だし。お土産とか扱ってるお店なら置いているんじゃないかな」


 これは有益な情報である。わざわざ秘境メヤ村に行かずともモ〇スターボールが手に入るとなればこれからの戦闘が楽になるかもしれない。


「店員さん」

「お、買われます?」

「ここにあるだけ全部下さい」

「え……(どれだけ恋愛成就したいのこの人!)」


 千春が店員にドン引きされたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る