インフィニットオーサー~勇者なのに半透明になるクソ能力のせいで殺されそうなんだが何とかやり直して生き残りたい~

モリへい

第一章 シュラ国編

第1話 勇者召喚

「召喚に成功しました。魔法陣の起動を終了します」


 まず目立つのは地面を這う淡い紫の光る線。それは徐々に輝きを失っていき、消えていった。薄暗いが周りは確認出来る。石畳の床の感触は冷たく、不揃いな四角い石の壁が青年を中心に円形にそり立っている。つまり地下室、そこそこ広い。小学校の体育館ぐらいの広さはありそうだ。


「気分はどうですか勇者様」


 白い綺麗な手袋を付けた手が差し伸べられた。思わずその手を取り立ち上がる青年。いかにも騎士という感じのイケメンがそこにいた。ニコニコと笑みを浮かべたままである。


「勇者って俺のこと?」


「はい、もちろんあなたのことです」


 そこで唐突に青年の記憶が蘇ってくる。自分がどこの誰で、何者なのか。


「もしかして俺異世界に来ちゃったの?」


 竹田千春。ここに来る前は家に引きこもりゲームばかりしていた。世間にとても顔向け出来ない生活をしていたのだ。しかし、自分が何故この世界に来てしまったのかは思い出せなかった。


「記憶はあるようですね。安心しました。私の名前はアシュレイ・スノースマイル。シュラ王国第三騎士団団長を務めています。名前を教えて頂いても宜しいですか勇者様?」


「俺は……竹田千春だ。それよりも教えてくれないか、俺は死んでしまったのか?」


 千春の記憶では異世界に行く漫画やゲームの主人公は大体トラックにはねられるか電車にミンチにされるというのが通説であった。もしや自分も死んでしまったのではないかと不安になる千春。


「……残念ながら、私たちは勇者様を召喚しただけですので以前の世界でどうであったのは分からないのです」


 アシュレイは申し訳なさそうにうつむく、千春はそこで初めてアシュレイの後ろに立つ緑の長いローブを着た魔術師が4人いることに気づいた。恐らく召喚した魔術師たちであろう。


「アシュレイ様、我々はそろそろ……」


 魔術師の一人がアシュレイに話しかける。


「ああ、そうですね。勇者様は私が王の元へお連れします。ご苦労様でした」


 アシュレイがそう告げると魔術師たちは途端に息を吐きローブを脱ぎ始めた。


「はー、終わった終わった。暑すぎるんだよこのローブ」「今時爺でもこんなローブ着てねーよな」「仕方ないでしょ決まりなんだから」「あ、アシュレイ様お疲れース」


 若い魔術師たちは颯爽と去っていった。大分軽いノリの魔術師たちにファンタジー感が台無しなので見えない所でやって欲しかったと思う千春であった。


「それでは参りましょうか勇者様」


「え、どこに?」


「このシュラ国国王への謁見ですよ。すでに謁見の間でお待ちのはずです」


 どうやらこの後、王様に会わなくてはならないようだ。千春は先だって歩き出したアシュレイの後に続いた。これも石で出来た螺旋階段をゆっくり上っていく結構短い間隔で松明が燃えているので足元が見づらいということは無かった。


「あのさ、さっき俺を召喚したって言っていたけど何のために召喚したの?」


 なんとなしに聞いてみる。しかし、千春も何となく感づいてはいた。さっきからアシュレイは千春のことを勇者と呼んでいる。勇者の仕事と言えばあれしかないだろう。


「詳しくは王から説明がありますが、勇者様にはこれから魔王討伐の旅に出て頂きます。この国から南にいった位置に魔王の城がありそこに魔王がいます」


 まあそうだよな、と千春は思う。勇者の仕事と言えば魔王と戦うことだ。


「この世界には7つの国があり、7人の魔王がそれぞれの領土におります。領民はその魔王によって苦しめられているのです」


「え!!7人もいるの?」


「ええ、長く険しい旅になると思います。ですが、安心してください。不肖このシュラ国第三騎士団長アシュレイ・スノースマイルが勇者様の剣となります。一緒に頑張って魔王討伐し、この世界に永久の平和をもたらしましょう」


 どうやら、魔王討伐にはこのイケメン騎士もついて来るようであった。しかし、顔がイケメンだけでなく志もイケメンとは、と千春は少々妬みを憶えた。


「ちなみにどんな被害が出ているんだ?」


「そうですね。わが国では魔王の解き放った魔物が周辺の村の作物を盗んだり、畑を荒らしたりしていますね」


 魔王軍の魔物って猪とかアナグマみたいだなと千春は思った。


「それから?」


「後は、特に聞きませんね」


「え?それだけなの?魔王軍の幹部に村が襲われたとか」


「今のところ領民から死人やけが人が出たというのは聞いていませんね」


 千春は途端に脱力した。もっと世界の危機みたいな想像をしていた為、もっと深刻な被害が出ている物かと思っていたのだ。


「別にほっといてよくない?」


「何を仰るのですか!このままでは我が国の食料問題に発展しかねない重大な問題ですよ」


 電気柵でもしとけばいいだろとは千春も言わなかった。明りに松明を使っている文明レベルだ。電気があるとは限らない。

 ここでようやく地下室を抜けた。外の光に一瞬目が眩む。


「ここは教会か?」


「その通りです、わが国民の大半はイチヴァ神を崇拝するイチヴァ教徒です。この教会もイチヴァ神を崇拝する為に作られたものです」


 いつの時代も世界にも宗教というものはあるのだと千春は感心した。作りとしてはキリスト教の教会によく似ている。


「ん?」


 ふと千春が教会最奥のステンドグラスの前にある女神像に目を向ける。


「なあ、アシュレイ。あそこの女神像がイチヴァ神なのか?」


「そうですよ、イチヴァ神は女神ですから」


「……なんか眼鏡かけているように見えるのだけれども」


 千春は今まで眼鏡をかけた女神像など見たことが無かった。しかしそれを聞いたアシュレイは不思議そうに首を傾げた。


「はて?何かおかしいですか?」


「いや、普通女神像に眼鏡掛けないだろ。いたずらかと思ったのだが」


「なるほど勇者様の世界ではそうなのですね。この世界ではほとんどの主神は眼鏡を掛けているものなのです」


「まじかよ……神様目悪いんか」


 ていうか神様ならなんかあれな神様パワーで目ぐらい良くしろよと千春は思った。


「眼鏡に興味がおありであれば後程王族御用達の眼鏡屋『女神イチヴァ』に案内しますから、今は王のもとに急ぎましょう」


「……なんか聞いたことあるフレーズだな」


 千春はなんだか釈然としなかったがアシュレイが急かすので言及は避けることにした。さすが王国と思われるほど立派な庭園を抜けバロック様式だかゴシック様式だかによく似た巨大な柱が並ぶ廊下を抜けこれまた立派な扉の前に立った。


「この先が謁見の間です。既に王はお待ちのはずです」


 千春が心の準備などする暇もなく、アシュレイはその大きな扉を開け放った。

 その瞬間荘厳な音楽が鳴り響いた。目の前には真っ赤な絨毯が玉座まで延び、その両端には槍を構えた兵士が一糸乱れず整列している。


 呆気に取られている千春をよそにアシュレイは絨毯の真ん中を進んでいく。少し遅れて千春も続いた。よく見ると並んでいる兵士の後ろに演奏家がずらりと並んでいる。すごくゴージャスな感じである。


「ん?」


 おっかなビックリアシュレイの後に続きながら歩く千春であったが、並んでいる兵士の中に見覚えのある顔があった。


「(あいつ地下室にいた魔術師じゃないか?)」


 千春と目が合うとその兵士はにっこり笑ってひらひらと手を振った。間違いない熱いと文句を言っていた魔術師の一人だ。なんだここは人手不足なのだろうかと千春は訝しんだ。


「陛下、勇者様をお連れしました」


 アシュレイが王の前まで来ると膝をついたので千春もそれに倣った。

 ここで音楽がピタリと止む。


「大儀であったアシュレイ・スノースマイル。さて、勇者よそなたの名前を教えてくれるか」


 トランプのキングが実写化したような王様、そしてその傍らには美人な姫が控えている。


「俺の名前は竹田千春です」


「なるほど勇者竹田千春か。まずは我が求めに応じてくれたことに礼を言おう」


 荘厳な雰囲気になんだか緊張してしまう千春。アシュレイは隣で顔を伏せたままだ。


「早速だが本題に入らせてもらう。この世界では七つの国と七人の魔王が存在する。そして民は魔王に虐げられている。勇者竹田千春よ、そなたを呼んだのは他でもない。この魔王を討伐してもらうためだ」


 ここら辺は事前にアシュレイから聞いていた。問題はここからである。


「聞けば、異世界から召喚された勇者には唯一無二の魔王と対抗しうる強力な力が備わっているという。勇者よ、今ここで我にその力を見せてくれぬか?」


 ん?と千春は思った。てっきりここで勇者の剣みたいなチートアイテムを貰ってそれで魔王と戦うものだと思っていた千春は狼狽えた。それもそのはず千春は強力な力などに心当たりは無かったのだ。


 冷や汗をかきながらアシュレイの方を見る。アシュレイは千春と目が合うと「期待していますよ!」みたいなイケメンウィンクをしてきた。どうやら助けてはくれない様である。


「わ、分かりました。俺の力お見せしましょう」


 こうなれば一か八かである。心当たりは全くないものの千春は立ち上がり意識を集中した。誰もが息をのみ千春を見守った。

 目を閉じ意識を集中していると力が体の中心に集まってくる気がする。千春は両腕を前に突き出し可能な限り叫んだ。


「はああぁぁぁあぁぁぁ!!」


 その腕からビームが出ることは無かった。千春の声は謁見の間中に響き渡りやがて消えた。


「……ぶっ」


 兵士の一人がこらえきれず吹き出した。それに釣られて他の兵士や演奏家たちも声を押し殺して笑っていた。千春の顔は真っ赤である。


「……勇者よ、今の……ぶっ……能力を説明してくれるか」


 王様も必死に笑いを堪えていた。


「すみません……力とかよく分からなくて」


「陛下!勇者様はまだ召喚されたばかり、少々記憶が混乱しております。しばし、猶予を頂ければと愚行致します」


 アシュレイが慌ててフォローに入る。千春は感動してアシュレイを見ると、口元がぴくぴくと引きつっていた。


「そ、そうだな。能力はいずれ目覚めるであろう。勇者よ、それまで城下で旅の支度を整えると良い」


 既に王さえも主人公を気遣う始末である。


「これをそなたに授けよう。受け取るがよい。ジュリアよ」


 ジュリアと呼ばれた姫は何やら布の袋と丸まった紙のようなものを千春の前に持ってきた。


「シュラ国周辺と魔王城の位置が記された地図と路銀が入っておる。それで旅の支度を整えると良い」


 ジュリア姫は千春に金と地図を渡す。筆舌に尽くしがたい美貌であった。千春がジュリア姫を見るとすっと視線を外された。そのまま口元を抑えて玉座のそばへと戻っていく。明らかに笑いを堪えている様子だった。


「か、感謝します陛下。宜しければ質問をしても宜しいでしょうか?」


「許そう。申してみるがよい」


 千春はいまだに穴があったら入りたい気分であったが、聞かねばならないことは聞いておかねばならない。心を落ち着ける。


「俺の他に勇者はいるのでしょうか?」


「おらぬ、勇者はそなただけだ」


 ということは今のところ魔王と戦うのは自分とアシュレイの二人だけということだ。どこかで仲間を探す必要があるかもしれないと千春は思った。


「魔王に挑んだ経験があるものはいますか?」


「そなたの前に何人かの勇者が召喚され魔王に挑んだが討つことは叶わず立派な最期を迎えたと聞いている」


「魔王は7人いると聞いています。一人も倒せていないのですか?」


「遺憾ではあるがその通りだ」


 どうやら魔王は相当な強さなようだ。それが7人もいるという。千春の不安はさらに増していく。


「……ちなみに辞退とか出来ないのでしょうか?」


 明らかに危険すぎる。まだ自分の能力が何かは分からないが歴代の勇者が尽く敗れ去っているのである。無理に危険な道を進むより商人か何かになって細々と暮らしていく方が良いのではないかと千春は思う。どうせ被害と言えば野菜を魔物に食べられるくらいなのだ命は大事である。


 王様は目を伏せ残念そうにため息をついた。


「うむ、勇者が辞退するというのであればこちらも止めることは出来ない。しかし、新たな勇者を召喚するには今の勇者に消えてもらわねばならないのだ」


「え、消えてって……」


 王の顔は少しも笑っていなかった。すなわち今の勇者のやる気がないのであれば殺して次の勇者を召喚すると言っているのだ。背中を伝う汗の冷たさにぞっとする千春。


「や、やだなあ。冗談ですよ。この勇者竹田千春が必ずや魔王を打倒して見せましょう!」


「おお!やる気になってくれたか勇者よ。大いに期待しておるぞ」


 大変な世界に来てしまったと千春は改めて感じた。


「はっはっはっ、お任せください」


 今の千春には虚勢を張ることしか出来なかった。


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