第16話 実技授業

 かくして、千春にとって初めてのクラス合同魔法実技訓練が始まった。話を聞く限り、どうやら10メートル先くらいの的に向かって属性の魔法を飛ばす訓練のようである。属性の魔法であれば火でも水でも構わないようだ。


「よーし、じゃあBクラスから始めろ」


 中年の男性教員が指示を出すとBクラスが的の前に並び始める。


 Bクラスの面々は手慣れた様子でそれぞれ得意な魔法を使って的を狙い始める。

「ファイア!」「クール!」「グレイブ!」とそれぞれ呪文を叫ぶと火の玉やら氷のつぶてやはたまた地面から槍状の岩片が突き出す魔法がなどが次々と現れた。なかなかBクラスの面々は上手いなと千春は他人事のように感心していた。確かここに来る前に唯一遭遇した魔法使いクレールは呪文などは唱えていなかった。無詠唱で魔法を出すには熟練の技がいるのだろうか。千春は後でマリンに聞いてみようと思った。


 見ると先程絡んできたアストンとかいうお貴族様もしっかり出来ていた。むしろ他のBクラスの生徒よりも一回り大きい炎の玉で的を破壊してしまう。「おお!」と他の生徒が歓声を上げた。アストンは得意げに「まあこれくらい当然だな」とキザっぽく言っていた。


 続いて、アシュリーも難なくこなしていた。アシュリーは炎の玉を飛ばしていた。アシュリーが属性魔法を使うのを始めて見た千春は何だか新鮮な気分になるのだった。


 一通りBクラスの実技が終わると次はSクラスの番となった。


「よーし、じゃあ帰るか」


 突然Bクラスの一人がそう言いだした。驚いたことにそれを口火としてBクラスの連中はぞろぞろと出口に向かって歩き出した。


「お前らな、一応まだ講義の途中だぞ」


 いつものことなのか中年の男性教員はあまり強く注意しない。


「だって先生、Sクラスの実技見てたってしょうがないじゃないですか。いつも通り、時間いっぱいまで誰一人出来ずに終わるんでしょう?それなら教室に戻って自習していた方が100倍有意義ですよ」


 なんとも馬鹿にした態度である。しかし、こちらも驚いたことにSクラス側は下を見るばかりで言い返そうとするものは誰一人としていない。唯一気が強そうなギャルっぽい生徒だけBクラスを睨みつけて舌打ちをしていた。


「ちょっと待ってください私は……」


「いいからいいからアシュリーさんも一緒に教室に戻ろう?」


 一人残ろうとしてしていたアシュリーもBクラスの女子に半ば強制的に背中を押されて連れていかれる。中年の男性教員も頭を抱えてため息をつくがBクラスの生徒を呼び戻そうとはしない。


「ちょっと待ってくれよ」


 呼び止めたのは千春だった。


「あんたたちが帰るのは勝手だが、その理由が俺たちSクラスっていうのは納得いかない」


「ちょっと、千春何言ってるの!?」


 マリンが慌てて千春を止めようとするがもう遅い。


「ほう、ではお前なら出来ると言いたいのか?」


 Bクラスの中でもリーダーっぽいアストンが前に出てくる。


「やったことは無いが、やってみなけりゃ分からないだろ?」


 千春の言葉を聞いたBクラスは全員笑い出す。やったこともない奴がどうしてできるのかと言うかのように。


「そこまで言うなら、見てやろうではないか。ただし、出来なかった時は一体どうしてくれるのだ?」


 アストンは口の端を釣り上げていかにも底意地が悪そうに言う。要するに何か賭けろと言いたいのだろう。


「やめた方がいいよ千春。所詮僕たちSクラスは落ちこぼれ。他クラスに逆らうのは得策じゃないよ~」


 千春の袖を引っ張ってたしなめるマリン。しかし、千春は引くことは無かった。


「そんなこと言われてもな。俺はどうしたらいいんだ?」 


「そうだな、我らエリートであるBクラスの時間を割いてやるのだ。とりあえず我々に向かって土下座してもらおうか。Bクラスの貴重な時間を奪って申し訳ありませんでしたとでも言ってもらおう」


 アストンの言葉にBクラスの面々はクスクスと笑う。


「そんなことでいいのか?ならこっちが成功したらSクラスへの不当な扱いを止めてもらえるか?」


 対して千春は飄々として交換条件を出した。それに対してSクラスの面々はぎょっとする。


「……いいだろう。他のクラスは知らんが、Bクラスに関してはその条件を飲もうじゃないか。まあ、万に一つもないことだがな」


「よーし、言ったな。見てろよ」


 そう意気込むと千春は練習的の前に立った。


「で、どうしたらいいんだぽんぽこ?」


「え、それも知らないのに勝負挑んだの?」


 マリンは少々呆れながらも千春にレクチャーしてくれる。


「いい?基本的に魔法を使うにはスキルポイントを消費して魔法を取得すれはいいの、さっき座学の授業でスキルポイントを使用して火の初級魔法を習得したでしょ?ただ、残念ながらそれだけでは魔法は発動しないの」


「どういうことだ?」


「それは適正の違いだと言われてるかな。適性が高い方がもちろん有利ですぐに使えるケースが多いけど適性が低いと発動すらしない何てこともざらなんだよ。そして僕たちSクラスは全属性に適正がある代わりにそれぞれの属性単体の適正値は著しく低いの。だから僕たちSクラスで魔法を発現出来る生徒はいない」


「つまり?」


「今、千春がやばい状況ってこと」


 それは言わずもがなというやつか。道理でBクラスの連中が帰るわけである。確かに自分たちは問題なく出来ているのに出来ていない人間をひたすら見るのは苦痛だろう。千春もまさかSクラス全員出来ないとは思っていなかった。


 しかし、啖呵を切った以上はやらねばならぬ。


「なるほど、まあとにかくやってみるさ」


 千春は腕を前に突き出して全神経を集中した。ウインドウを開いて魔法を選択する。


「【ファイア】!」


 千春は唱えた途端に構えた腕の先に魔力が集中し、自身のMPが減る感覚があった。なるほどこれが魔法と言うものかと納得する。普通の剣のスキルとは違う。


 ぷしゅ~~


 なんとも気の抜けた音がしたと思ったら千春の右腕から薄い煙のようなものが立ち上って一瞬にして消えた。マリンは「あちゃー……」と額に手を当てている。


「……あれ?」


 千春は額に脂汗を流す。場は一瞬の静寂の後、割れるような爆笑に変わった。


「やばい!なにあれ!?初めて見たんですけど!」「あれじゃあ火の魔法じゃなくでおならの魔法じゃないか!」「止めてくれ!笑い死んじまう!」「もしかしてSクラスのSは【すかしっぺ】のSってことか!?」


 Bクラスの面々は笑い転げながら口々に勝手なことを言う。反対にSクラスの面々は恥ずかしさに顔を下げたままだ。


「黙りなさい!!」


 そこへ雷鳴の一撃のような檄が飛ぶ。アシュリーであった。


「勇者千春を笑うと言うことはこの私を愚弄すると同じ!これ以上千春を貶めるのであればいくら同胞とは言え容赦はしません!」


 アシュリーは自らの剣を抜き、同じクラスの面々を睨みつけていた。そのあまりの剣幕におどしではないと直感的に感じたBクラスの面々は皆押し黙った。


「いいんだアシュリー、俺が悪い」


「しかし、千春……」


 千春は潔く地面に膝を落とし、Bクラスの面々に向き直った。


「Bクラスの皆様の貴重な時間を奪って申し訳ありませんでした」


 千春はやけにあっさりと頭を下げた。あまりにもあっさり過ぎて何人かはそれが土下座だと気づかなかったかもしれない。


「ふ、ふははは」


 アシュリーの剣幕に一瞬たじろいでいたアストンは千春の土下座を見るやいなや嘲笑の声を上げる。


「随分と潔いではないか。その素直さに免じて今回は許してやろう。これに懲りたら二度とBクラスの邪魔をするなよ雑魚虫が」


「ケケケ、いい気味だぜ」


 アストンの腰巾着も調子に乗っている。アストンがBクラスの面々を先導して教室に戻っていく。皆千春を横目に嫌味な顔を残して去っていった。


「……千春」


 一人、アシュリーだけが悲しそうに千春を見つめていた。

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