第15話 アシュリーの誓い(恋)
「え、学食に行ったの?よく無事だったね」
午後の講義中に昼休みの出来事を千春はマリンに話した。むろん講義中なのでかなり声を潜めている。
「無事じゃないよ。おかげで先生にこってり叱られたんだから」
むしろ無事じゃなかったは絡んできた魔法チンピラの方であるが。
「いやいや、普通はそれじゃ済まないから。千春さんたちは強いんだね」
「まあ、仮にもシュラ国の魔王を倒しているからな」
「え、千春たちは魔王を倒したことがあるの!!」
ガタっと机を倒さんばかりに立ち上がるマリン。まあ、驚くのも無理はないかもしれないが、少々オーバーである。しかもタイミングが最悪であった。
「……マリンさん?今は何の時間でしたか?」
講義中の女性講師は額に青筋を浮かべて笑っている。とても恐ろしい笑いであった。
「あ、えーと……すみません」
もともと小柄な体がさらに小さくなってしまうマリン。
「うう、怒られちゃったよ……」
半泣きになるマリン。
「まあ、気にするなよぽんぽこ」
「……半分くらい千春のせいだと思うんだけどな。それよりそのぽんぽこってなに?」
「ぽんぽこはぽんぽこだよ。俺が生まれた国ではマリンみたいな子のことをそう呼ぶんだ。嫌だったか?」
「嫌というか全然元の名前と違うから反応できないよ」
「そうか、じゃあぽんぽこが慣れるまでぽんぽこ言い続けてやるから早く慣れてくれよ」
「ありがとう……?じゃなくて、さっきの話は本当なの?」
「俺が生まれた国ではぽこぽんって呼ぶって話か?」
「違うよ!シュラ国の魔王を倒したって話!それと呼び方がぽこぽんになってる!絶対嘘だよねさっきの話!?」
「……マリンさん?」
気が付くとマリンの机のすぐ近くに先生が立っていた。全く笑ってない笑みでマリンを見下ろしていた。ゆっくりと先生を振り返るマリンの顔がどんどん青ざめていく。先生は無言でゆっくり人差し指を立て、そして中指を立てる。二回目という意味であろうか。はたまた仏の顔も三度まで的な次は無いぞという意味か。とにかくマリンはそれを見て青ざめた顔のまま赤べこのようにコクコクコクと頷くのだった。
「うう、また怒られたよ……。あの先生怖すぎるよ、次やったら殺されちゃうよ」
「さすがに殺されはしないんじゃないか?」
「千春はなぜ他人事なのかな?もともと、話しかけてきたのは千春だよね?」
魔法学園に入学してまだ初日だが、実際千春は少し飽きていた。というのも魔法学園というぐらいだから魔法を使う授業や薬の調合、魔方陣を書くなどを想像していたのに、朝から座学オンリーである。意味の分からない単語や文字が多数出てくるものだからなおのことである。
「まあまあ、俺らがなぜこの魔法学園に来ることになったのか今から話してあげるから」
千春はそこから勝手にこれまでの経緯を簡単にマリンに話した。全部話すと授業中じゃとても終わらないので、かなりかいつまんで話した。
「へーなるほど。じゃあ、千春たちは魔王の城に行くためにこの魔法学園に入ったんだね」
「そうだ、ダイブン国王の勧めでな」
「でもさ、三人とも入学する必要があったのかな?」
「……?どういうことだ?」
マリンは人差し指を口元に充てて考えている。
「いやね、確かに魔法『グルグル』の習得はかなり難しいけど、普通パーティの中の一人が使えれば全員に『グルグル』の魔法をかけて洞窟を通ることが出来ると思うよ。魔法が得意なメンバーだけ習得すれば良かったんじゃないかな?」
「まあ、そう言われてみればそうかもしれないが」
「それに……」
その時、黒板に板書していた先生が神速の速さでこちらを振り返った。即座に下を向くマリンと千春。先生は明らかにマリンを意識していたが今回はばれなかったようで先生は再び板書に戻る。
マリンの話は確かに尤もだ。しかし、仮に三人のうち適性が高い一人が『グルグル』を習得したとして、その間に残りの二人は待つ以外にやることが無い。それならせっかくダイブン国王が好意で三人とも入学させてくれたのだからそれで良いのではないかと千春は勝手に納得した。
「しかし、座学ばっかりで退屈だな。魔法学園というぐらいだから、もっと火の玉を飛ばしたり、水を操ったりするのかと思ったんだけどな」
「それならちょうど良かったね。次の時間は実技の時間だよ」
「へえ、それはちょっと楽しみだな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魔法の実技の訓練を行う場所は教室がある校舎から少し離れた場所にある石造りの巨大な建物だった。木製の大きな扉を開け中に入り、控室を抜けるとまたすぐに青空が現れ、目の前には青い芝生が広がっていた。小学校のグランドぐらいの広さであろうか。周りには案山子みたいな木製の的や何に使うのか分厚い鉄板などが置かれていた。その中央に既に他の生徒たちは集まってきていた。
どうやら、魔法学園の実習授業は基本2クラス合同で行われるらしい。今回千春たちSクラスと合同実習を行うのはなんとアシュリーが在籍するBクラスだった。
「あ、千春」
案の定アシュリーは千春を見つけると駆け寄ってきた。
「ん?そちらの獣人の方は?」
「ああ、ぽんぽこだよ。教室で俺の隣に座っていただろ?」
「……はて、そうですか?とにかくよろしくお願いしますね。ぽんぽこさん」
「マリンだよ!マリン・アオンコ!こちらこそよろしくね、アシュリーさん」
自己紹介も終わったところでふと千春はSクラスとBクラスの生徒たちに目を配る。不思議なことに千春たちと同じように違うクラス同士で話をしているグループは無かった。それどころかSクラスとBクラスは互いを避けるように離れた場所にいたのだ。
「Bクラスの連中はなんだか離れたところにいるんだな」
「逆だよ。SクラスがBクラスを避けてるんだよ。Sクラス以外のクラスはみんな出来の悪いSクラスを見下していて、近づけば嫌味を言ってくるからね」
食堂の件といい、この合同練習といい、Sクラスが不遇の扱いを受けているということはさすがの千春でも理解してきた。
「お前が千春とかいう勇者か?」
いかにもお貴族様といった感じの偉そうな男がいきなり話しかけてきた。そばにはちゃんと腰巾着っぽい小男もいる。
「そうだけど、あんたは?」
「は、下民はやはり口のきき方も知らぬと見える」
「無礼な!このお方はアストン・ヴィレガン様。ダイブン国家に連なる由緒正しきヴィレガン家の嫡男!お前ごときが気軽に話しかけてよい存在ではないのだ!」
何故か小男に怒られる千春。
「ふ、シュラ国の魔王を倒した勇者だと言うからどんなやつかと思ったら、こんな知性のかけらもない貧相な男だとは拍子抜けだな」
「……」
千春はその言葉を無視しているといきなりアストンが怒り出した。
「貴様!無視をするな!」
「ええ……、話したら怒られるし、無視しても怒られるのかよ。どうすりゃいいんだよ」
「我が話しかけた時だけ答えれば良いのだ!」
随分と自分勝手な都合だが、貴族というものはこういうものなのかもしれないと千春は自分の中で納得した。
「全くこれだから下民は。そんなことより千春とやら、貴様に朗報だ。アシュリーという騎士、私が貰ってやろう」
いきなりアストンが訳が分からないことを言ってくる。あまりにも訳が分からなかったので思わず素で「は?」と返してしまう千春。
「勇者のくせに分からん奴だな。心優しいアストン様はそこのアシュリーという騎士を不憫に思ってわざわざ自分の従者に加えてやろうと言っているのだ。それが分からぬのか!?」
腰巾着の小男がまくしたてる。要はアシュリーを仲間にしたいようだ。千春は小男の説明を聞いても理解できないとばかりに首を傾げた。マリンは状況をハラハラしながら見守っている。アシュリーは面倒くさそうにため息をついていた。
「要はアシュリーを仲間にしたいってことか?でも、何故それを俺に聞くんだ?直接本人に言えばいいだろ?」
「それが、直接本人に言ったら勇者千春と誓いを立てているので出来ないと断れたからこうして来てやったのだ。今は貴様の所有ということであろう?」
どうやら既に一回アシュリーに断られているらしい。普通ならそこで諦めても良いところだが、アストンは諦めなかったらしい。何故、そこまでしてアシュリーに拘るのか。そこで千春の中で一つの答えが浮き上がってきた。
「あ、さてはお前アシュリーに惚れてるな?」
途端にアストンの顔が真っ赤になる。
「な!そ、そんなわけあるか!誇り高いヴィレガン家の嫡男である我がそんなことがあろうはずがなかろう!戯言も大概にしておけ!」
「アストン様に対してなんと無礼な!」
アストンの慌てようを見るとどうやら図星のようである。確かにアシュリーは元騎士とは思えないぐらい美人でスタイルもいいし、おっぱいもでかい。
「残念だけど、アシュリーは俺のものじゃない。ていうか誰のものでもない。アシュリーはアシュリー自身のものだ。アシュリーがいなくなったら俺は非常に困るが、それもアシュリーが決めることだ。アシュリーに断られたのならいくらお偉い貴族様だろうが、国王だろうが魔王だろうが、諦めるしかないんじゃないか?」
今度はアストンたちがぽかんとしていた。恐らく千春の言うことが理解できないのだろう。価値観が違いすぎると会話が通じないことがたまにある。今回はそのケースだろう。
「ち、訳の分からぬことを!要はアシュリーを手放したくないのであろう!?」
「いや、だからさ……」
「はーい、合同訓練始めますよー!」
全く理解していないアストンに再度説明しようと口を開きかけた千春だったが、現れた教師によってそれは阻まられた。アストンは舌打ちをして、会話を打ち切るように踵を返した。
「覚えておけ!勇者千春!貴様が我に与えた屈辱、絶対に忘れぬぞ!」
悪役の定型文を残して自分のクラスに戻っていく。面倒くさいことになったなと千春は意気消沈気味になっていた。
「千春は私がいなくなると困るんですか?」
ずっと黙っていたアシュリーが千春に尋ねる。
「そりゃ、めちゃくちゃ困るよ。当たり前だろ?」
「……そうですか、ふふふ」
アシュリーはその答えを聞いてとても嬉しそうに笑うのだった。
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