第3話 ギルド

 翌日、千春とアシュレイは城下町に来ていた。


 目的は大きく二つある。魔王討伐の仲間探しと千春の武器防具調達であった。アシュレイの言では冒険者ギルドで二つの目標が達成出来るそうなので千春たちは向かっている最中である。


「一つ聞くが仲間にするって具体的にはどうするんだよ」


「通常は声を掛けて双方の合意が成れば契約書を交わします。しかし、勇者様のパーティですからね。最初は面接等されてはどうでしょうか」


「面接?」


「ええ、ギルドでカウンターの隅を借りて一人ずつ面接をして誰を仲間にするか決めるのが良いかと。全ての人を連れて行くわけには行きませんからね」


「なるほど、そこで優秀な人材を選ぶわけだな」


 さしずめ千春は面接官だ。アシュレイが騎士なので屈強な戦士かおっぱいのでかい神官とかが欲しいところである。


「勇者のパーティに入りたい冒険者はごまんといますからね。一人一人面接して勇者様が信頼できると思った方を仲間に迎えればよいと思いますよ」


 なんと言うことでしょう。これでは仲間選びたい放題である。この世界に来て初めてともいえる光明に自分が戦力外なことも忘れて喜ぶのだった。


「ま、まじかあ、いやあ責任重大だなあ?」


 ふと千春が左手の通りの先に目をやると大きな店舗が目に入った。遠目からでもわかるあれは眼鏡屋だろう。なぜなら大きい眼鏡のオブジェが入り口に飾ってある。恐らくアシュレイが言っていた女神イチヴァなのかもしれない。店舗の中央に大きく四角形っぽい文字が四つ並んだオブジェが付いている。


「やっぱり、なんか見たことあるんだよなあ」


「ゆーしゃさまー、なにやってるんですかー?」


 気が付くとアシュレイが先に歩いて行ってしまっていた。千春は少し急いでアシュレイの後を追った。


「さあて、着きましたよ」


 城から歩いて15分。ようやくギルドに到着した。


「おお、ここが」


 さすがにお城程ではないがなかなかに立派な建物であった。千春が見上げている間にも幾人もの冒険者らしき人々が出入りしていた。

 ゲームでしか見たことが無い光景に幾ばくかの興奮を憶えながら千春はアシュレイに続いてギルド内に侵入する。


「それでは勇者様、受付はあちらです。勇者と名乗れば大体のことは融通してくれますので」


「ん?アシュレイは行かないのか?」


「私はギルド長に別件で話があるので後で合流しましょう。なに、すぐ済みますから」


 そう言い残してアシュレイは二階に続く階段を上がっていった。まあ、子供じゃあるまいし仲間の面接くらい一人で始めてしまおうと千春は受付と書かれたカウンターに向かった。


「すみません」


「はい、ご用件は何でしょう?」


 髪の長い笑顔が素敵な受付嬢に話しかける。


「私勇者の竹田千春と言います。今日は仲間を探しに来たのですが」


「ああ、新しい勇者様ですね。お話しは聞いております。お仲間をお探しでしたら面接室をご用意致します。ああ、その前に掲示板にも告知しますのでこちらの募集要項の用紙にご記入頂けますか?」


 アシュレイが言った通りとんとん拍子に話が進んでいく。千春は用紙に希望などを記入した後カウンターから少し離れた小部屋に案内された。


「それではこちらでお待ちください」


「ありがとうございます」


 案内された部屋はこじんまりしていたが綺麗に片付いていて面接をするにも申し分無かった。


「さて、最初はどんな人がくるかな」


 受付嬢が退室して千春は一人呟く。そうだ、自分の能力が使えなくても強い仲間がいれば魔王討伐出来るかもしれない。完全な他力本願である。


 中央に長机に椅子が二つ。奥の方の椅子に座り千春は違うことを考えていた。ここは面接室であるが千春には取調室のようにも感じた。生前の千春は引きこもる前は警察官であった。取調室には何度か入ったことがある。とある出来事がきっかけで警察官に絶望し逃げるように辞めて引きこもるまではそこそこ充実した日々だったように今は思えた。

       

 あの頃仲の良かった同僚やあの子は元気にやっているだろうか。


そんなことを考えながら30分が経った。


「誰も来ねーじゃねーかよ……」


 いい加減過去のことに思いをはせるのも飽きてきたころである。ついに面接室にノックの音が響いた。思わず姿勢を正し「どうぞ」と告げる勇者千春。


「あのー、息抜きにお茶をお持ちしたのですが」


 先ほど案内してくれた受付嬢だった。


 息抜きどころか息しかしてない勇者千春である。


「あ、ありがとうございます」


「どうですか?有望な方は来られましたか?」


 何の悪びれもなく笑顔の受付嬢、この子は知らないのだろう。


「……まだ一人も来ていないのですが」


「え!?そんなはずは……」


 受付嬢は目を見開いて驚いていた。


「申し訳ございません。もしかしたら勇者様が書いて下さった仲間募集の依頼書を掲示板に貼るのを忘れているかもしれません」


「な、なーんだ。そんなことですか。困りますねえ、ちゃんと仕事して頂かないと」


「本当に申し訳ございません。すぐに確認致しますので少々お待ちください」


 受付嬢は慌てて部屋から出て行った。


 さらに一時間が経った。


 誰一人として来ることは無く運ばれてきたカップの底も完全に乾いていた。窓の外はとてもいい天気であったが、そろそろ景色をみるのも飽きていた頃である。

 千春はついに我慢できなくなり、部屋を出て受付に向かった。

 受付にはお茶を持ってきてくれた受付嬢が千春の来た時と同じように笑顔で立ち続けていた。


「あら、勇者様。面接は終わったのですか?」


 千春の姿を確認すると受付嬢は何事も無かったように話しかけてきた。


「それが……、あれから一人も来なくてですね。依頼表はちゃんと掲示板に貼られていたのか確認したくて来たのですが」


「え……」


 途端に受付嬢は言葉を失った。信じられないものを見たとでも言いたげな顔で千春を見ている。


「ど、どうかしましたか?」


「あ、いえ、申し訳ございません。その、依頼書はちゃんと掲示板に貼ってあったのですが……」


 口を濁す受付嬢。千春はカウンターの周りを見渡すとちょうど向かいに掲示板らしきものが目に入った。千春が書いた依頼書が掲示板の中央に5枚ほど複写され他の依頼書より大きい紙で目立つように張られてある。


「目立つようにこちらでも工夫してみたのですが」


 見ると冒険者がいないという訳でもない。掲示板の前にも絶えず冒険者達で溢れている。


「あ、勇者様。どうでしたか?強そうな仲間はいましたか?」


 その時ちょうど階段からアシュレイが下りてきた。千春はすかさずアシュレイの胸倉を掴んだ。


「随分と長い話だったみたいだな」


「いやー、ギルド長と趣味の釣りの話で盛り上がって……、ちょ、どうしたんですか?い、痛いですよ」


 鬼気迫る千春の迫力に若干引き気味のアシュレイである。


「お前、仲間になりたい奴がわんさか来るみたいなこと言ってたじゃないか。未だに一人も面接に来ないのはどういうことなんだよ」


「え、嘘ですよね。一人も……?」


 全て真実である。


「実は勇者様のパーティに入ると国から補助金が出るんですよ。贅沢しなければ三年働かなくても食べていけるくらいの額です」


「補助金だと……」


「ですから、勇者様が仲間を募集するとかなりの数の応募が来ます。しかし、金が目当ての良からぬ輩も少なくないので面接をオススメしたのですが」


 その良からぬ輩すら来ていないのは一体全体どういうことなのだろうか。

 千春は掲示板近くで一人佇む赤いローブ姿の女性に話しかけてみることにした。


「すみません。魔導士の方とお見受けします。仲間をお探しですか?」


「あら、こんにちはお兄さん。パーティの誘いならもう少し装備を整えなさいな。駆け出しなのが丸見えよ」


 かなり熟練の魔導士なのか余裕たっぷりである。


「すみません装備はこれから買う予定なのです。実は俺勇者なのですが、ご存じの通り仲間を探しているのです。何とかお力を貸して頂けないでしょうか?」


「え、あんた勇者なのかい?」


 魔導士の女性は勇者と聞いた途端焦りだした。


「……勇者の誘いとあれば受けたいさ、だが残念なことに前の戦いで足を怪我してしまってね。文字通り勇者の足手まといにはなりたくないのさ、すまないね」


 かなりの早口でまくし立てると女性はそそくさとギルドから去っていった。とても、足を怪我しているとは思えない動きだった。


「……おい、明らかな嘘で誘いを断られたんだが」


「お、おかしいですねえ。一体どうなっているのかさっぱり……」


 アシュレイは目を合わそうとしない。

 入り口から入ると右手にある酒場コーナーに目を向けるとやたらガタイの良い屈強な男達が昼間から酒を飲んでいた。


「あの、かなりの名の知れた冒険者とお見受けします。少々お時間宜しいでしょうか?」


「あん?なんだ兄ちゃん。仲間が欲しいならもっと同じランクの奴に話しかけな。でなけりゃ報奨金をはずんでくれれば一度だけクエストについて行ってもいいぜ」


「おいおい、虐めるなよ。お前が付いて行ったらこの兄ちゃんがクエストに行くだけ損じゃねーか」


 ぎゃははと品が無く笑い続ける男冒険者達。


「実は俺勇者でして、仲間になってくれれば国から補助金が出るそうなので報酬はそれでは足りませんかね?」


 酔っぱらって騒いでいた巨漢の男たちがピタリと静かになる。


「……兄ちゃん今なんて言った?勇者だと?」


「え……」


 千春が話しかけた男は顔面蒼白で、いきなりすごい勢いで土下座をしてきた。


「頼む!今のは聞かなかったことにしてくれないか。酔った勢いの軽口だったのはこの通り謝る!俺には先月生まれたばかりの赤ん坊がいるんだ。かわいいかわいい女の子だ。この通りだ!頼む!」


 千春の開いた口が塞がらないまま、その男は「まだ、死にたくねー」と叫びながら走って行ってしまった。


「勇者様ちょっと」


 アシュレイが後ろから手招きしている。


「どうやら、昨日の王との謁見で勇者様の能力がないということが城下町に広がっているようでして」


 とても言いにくそうにアシュレイは耳打ちした。アシュレイが近くの冒険者に事情を聞いたところ今回の勇者には能力が無く仲間になったら間違いなく死ぬだろうという噂が流れているらしい。いや、厳密に言えば半透明になる能力があるにはあるが、何の役に立つのか分からない能力だ。撤回しても結果は大して変わらないだろう。


「おいおい、どうするんだよ。このままじゃ、二人で魔王討伐だぞ?」


「そうは言われましても、弱りましたね」


 アシュレイはほとほと困ったと深いため息を吐いた。


「お兄ちゃんが勇者様?」


 足元から声がした。千春が視線を落とすとどう見ても小学校低学年の少女が上目遣いでこちらを見ていた。手には千春が書いた仲間募集の依頼書を持っている。


「私を仲間にしてください!」


 少女は勢いよく言うが膝が震えていた。


「お嬢ちゃん。これから勇者様は魔王討伐の旅に出るんだ。魔法か剣技か使えるのかい?」


 アシュレイは少女に優しく話しかける。いやいや、魔法や剣技が使えたとしても旅に連れて行くのはかなり抵抗があるぞと千春がドン引きしていると少女はふるふると首を横に振った。


「私は魔法も剣も使えないけど、勇者様の盾になることは出来ます。どうか私を仲間にして下さい!」


 少女は縋るように主人公の裾を握って懇願した。


「……どうしてそこまでして仲間になりたいんだ?」


 鬼気迫る少女の態度を不思議に思った千春が尋ねると俯いてぽつりぽつりと続けた。


「……実は補助金でお母さんの薬と妹に美味しいご飯を食べさせてあげたいの。お母さんの薬は高くて、妹はこの間誕生日だったのに甘いものどころかパンだって食べさせてあげられなかったから」


 少女の声は泣きそうで震えていた。千春とアシュレイは少女の境遇にただただ絶句した。

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