第4話 ゲームオーバー
アシュレイと千春は赤い夕焼けを背に城へと向かっていた。その足取りは重い。
「……結局仲間どころか装備すら買えませんでしたね」
「わざわざ言うなよ悲しくなるだろ」
千春は王から貰った支度金を全て少女にあげてしまったのだ。当然仲間にもしていない。アシュレイがまたわざとらしくため息をつく。
「な、なんだよ。だったらあの少女を見捨てればよかったってのかよ」
「そうは言いませんが全て渡したら勇者様が強くなれないではないですか。いいですか魔王を倒さない限りああいう子は増えていくんですよ。本当の意味で救いたいなら魔王を倒すことを優先すべきなんです」
なんだか説教臭くなるアシュレイだがそれも仕方ないことなのかもしれない。結局今の千春はスライム以下なのだ。何一つとして進んでいない。
「まあともかく、過ぎたことを言っても仕方ありません。装備はモンスターからドロップを狙うか、素材を売ったお金で購入しましょう。仲間も旅の途中で見つかるかもしれませんし」
出会った時からアシュレイは基本プラス思考であった。こうして、絶望的な状況になっても元気づけるセリフを言ってくれるのは素直にありがたいなあと千春は地味に感動した。
「という訳ですので明日は森にモンスター狩りに行きましょう。朝、部屋に迎えに行きますので準備していて下さいね」
城の門の前まで来るとアシュレイは騎士の宿舎の方へ帰っていく。よし、明日から頑張ろうと千春は心に誓った。
「……でも、俺剣持ってないじゃん」
門の前に立っていた騎士の一人に明日剣を貸してくれと頼む千春であったが当然断られるのであった。
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翌日、アシュレイ千春の二人はシュラ国から少し離れた森にモンスター狩りに来ていた。森と言っても冒険者がしょっちゅう来るらしく道はそこそこ整備されていた。アシュレイが言うにはここはレベルの低いモンスターしかいないので勇者様のレベルを上げるにはうってつけなのだそうだ。ついでに素材や武器防具などがドロップすればなお良しである。
「全ての人にはステータス画面というのがあります。これは自分の強さを見るだけでなく状態異常等も確認できるので非常に便利です。実際にやってみましょうか人差し指と中指を立てた状態で自分自身を差しステータスと唱えてみてください」
戦闘の前に基礎をアシュレイに教わることにした千春。早速言われた通りにすると目の前に長方形の画面が現れた。思わず「おお」と声を上げる千春。
「左上に自分の顔がありますね、その下に名前、職業、レベルと続いていると思います。確認してみてみましょう」
名前は竹田千春、職業は勇者、レベルは当然1である。
「ストレングスやスピード等は基本レベルが上がれば確率で上がりますが職業やその人の性質に依存して反映します。まあ、今はとりあえずレベルを上げることに集中すればいいと思います。ちなみに毒等の状態異常は名前の横に表示されます」
「へえ、ゲームみたいに見れるのは便利だな」
千春は色んなゲームをしてきたが一番好きなゲームのジャンルはRPGである。特にいろんなロール(職業)になれるものを好んでプレイしていた。なのでステータス画面はアシュレイに言われずとも大体のことは理解できた。
「さすが飲み込みが早いですね。なれると指を差さなくても心で唱えるだけで見れたりしますよ。では次は他人のステータスの見方についてですね。今度は私を指さしてステータスと唱えてみてください」
アシュレイに言われた通りにすると頭の上にぴょこんとウインドウが出てきた。
「これも慣れれば思うだけで見られるようになります。ですが、他人のステータスは名前とレベルと職業ぐらいしか分かりません。サーチの魔法を使う魔術師等は他人のステータスでも見ることが出来ますが、基本的には出来ません。ああ、パーティに入ればもう少し詳しい情報が見ることが出来ます」
どれどれと千春はアシュレイのステータスを見て愕然とした。
「え、とレベル50って見えるんですが」
ついでに職業は騎士ではなくパラディンである。
「まあ、仮にも騎士団長ですからね」
「まじかよ」
「当然魔王ははるかに強いですよ」
「まじかよ……」
レベル1の千春には天竺より遥かに遠い旅路に感じた。はたして本当に魔王を倒せる日が来るのだろうか。
「千里の道も一歩からですよ。何事も最初の一歩を踏み出さなければ何も始まりません。頑張りましょう」
アシュレイは拳をぐっと握って千春に古めかしい両刃の剣を渡した。
「私が騎士見習いの時に使っていた剣です。しばらくはそれで我慢してくださいね」
こうして千春とアシュレイはモンスター狩りに森に向かうのであった。
「そういや、俺たちパーティ組まなくていいのか?」
千春たちはパーティを組んでいなかった。
「本来であればパーティを組むのですが、今回は勇者様と私のレベル差があるので組まない方が良いでしょう。パーティを組むと強制的に経験値が分散されます。勇者様のレベル上げが目的ですから、私がモンスターを弱らせて勇者様が止め。これで行きましょう」
「へー、なるほどなー」
なめくじやネズミのでかいやつみたいなモンスターを倒しながら森の中を進んでいく二人。モンスターが弱いからか他の冒険者には一人も会わなかった。千春は必死にモンスターを倒しながら進み、もうそろそろ日が暮れるぐらいの時間になってやっとレベル5まで上がった。
「なあ、今日はそろそろ切り上げないか」
森の中にいるので時間の割にはかなり薄暗く感じ、少し心細くなる千春。
「そうですね、では勇者様私に付いてきて頂けますか?」
そういうとアシュレイはさらに森の奥に進んだ。おいおい今日はもしや森の中で過ごす気なのかと千春は不安になりつつだがしかし頼れるのはアシュレイだけなので後ろを追うしか無かった。
しばらくしてアシュレイが急に歩を止めて千春に止まれのジェスチャーをした。
「静かに」
アシュレイが口元に人差し指を当てる。そしてアシュレイの視線の先を見て千春は息を飲んだ。
熊だった。
いや、熊に似たモンスターだった。牙が以上に長いし目は紫色だし体調は3メートル以上有りそうだった。かなり強そうである。レベルを確認すると40だった。これまでの敵とはわけが違う。
「これはまずいですね」
アシュレイが珍しく顔を顰めた。レベル50のパラディンでもあのモンスターを倒すのは至難の業なのか。足手まといもいることだし無理もない。まだ気づかれていないうちに撤退の方が良いかもしれない。
「勇者様、私が後ろから回り込みます。勇者様は反対方向から移動して待機していてください」
アシュレイは倒す気のようだ。まだ初心者同然の千春には意見する気もない。
「わかった」
千春は言われた通りアシュレイが指さした方向にゆっくりと進んでいった。
なるべく音を立てないように忍び足で進む。あまりの緊張に喉が渇いた。
ある程度進んだところで千春はある異変に気付く。
「(あのモンスター何か変だ)」
モンスターは何故か息を荒げており、近くの大木に太い爪を何度も打ち付けていた。まるで敵に攻撃するようである。よくよくモンスターの足元を見たとき千春はその不自然さにやっと気づいた。
モンスターの片足に大きなトラバサミが食い込んでいた。そう、モンスターは罠にかかって動けないでいたのだ。
ガシャン!
その瞬間千春は右足に猛烈な痛みを感じ転倒した。
「……いっってえええ!!」
一瞬何が起こったのか分からなった千春が自分の右足を恐る恐る見るとモンスターと同じトラバサミが付いていた。あまりの痛みに意識が飛びそうになるのを必死にこらえる。
「はー、やれやれ。ちゃんと掛かってくれて安心しましたよ」
アシュレイがいつものイケメンスマイルのまま現れた。
「せっかく勇者様の為に用意したのにこの魔物が勝手に罠に掛かっているんですから焦りましたよ。念の為罠を二つ仕掛けておいて正解でした」
そう言うとアシュレイは一瞬で熊モンスターを切り刻んだ。絶命してピクリとも動かなくなるモンスター。
「な、……んで?」
「申し訳ございません勇者様。王の命によりここで死んで頂きます」
まるで人気のスイーツが売り切れていたという報告でもするように軽く言うアシュレイ。辺りはもう暗く、見上げるその顔はより不気味に映った。
「半透明になるなんて半端な能力で魔王討伐なんて出来るわけないじゃないですか。でも安心してください。勇者様が死んだあと、私は次の勇者様と必ず魔王を倒して世界を平和にして見せますから」
逃げようにもトラバサミががっちり食い込んで動けない。千春にはアシュレイを絶望的な表情で見上げることしか出来なかった。
「そんな顔しないで下さいよ。私も出来ればこんなことしたくないんですよ?せめて苦しまないように一瞬で終わらせてあげますから」
アシュレイは千春にゆっくりと近づくと鈍く光る刀身を振り上げる。
「さようなら」
その表情は氷のように冷たかった。
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