第20話 馬車

 どうすることも出来なかった訳ではない。ただ運が悪かっただけの話だ。例え両親が幼いころに惨殺され妹とホームレスになろうとも、誰からも疎まれ蔑まれ、石を投げられても。誰も助けてくれなかったとしても。


 盗賊に身を落としてでも生き延びることを選択したのは自分自身なのである。


 義賊なんかではない。弱い者から奪えるだけ奪い、強い者には巻かれ、時には賢く逃げる。弱い者は食われる。強い者が生き残る。当然のことである。なので常に強い者の味方だ。善悪などどうでも良いのである。そんなことを繰り返してきた自分はきっとむごたらしく死ぬのだろうとラナは時々ぼんやりと考えることがある。


 ラナ・ブラージア


 シュラ国内でも一大勢力を誇る「月影」の女頭領である。見た目を偽ることと頭のキレでのし上がってきた。自分より頭の出来が悪い奴や世間知らずはラナの格好のカモである。


今まで数えきれない者を騙し、貶め、奪いつくしてきた。その報いはいつ受けるのだろうか。


――じゃあ、盗賊なんてやめればいいだろ――


 千春が放った言葉は何故かラナの心に小さな棘を残していた。

 はっきり言って千春のような何も知らない勇者などラナにとって格好のカモである。それだけの存在であったはずだ。


「……今頃は魔王城に幽閉されている頃かしらね」


 荷馬車に揺られながらぽつりと呟くラナ。そして呟いてから自分が未だに勇者のことを気にしていることに気が付いた。こんな裏切りなど朝飯前、今までどれだけの人間を裏切ってきたとしてもその人間のその後など気にしたこともなかったラナにとっては驚くべきことでもあった。


「……はあ、私らしくもないわね」


 ラナは小さく首を振って気晴らしに日よけを少し上げて外の草原を眺める。憎らしいほどの青空と草原が広がっていた。


「しかし、シュラ国の王が今更私に何の用なのかしらね?」


「それは私に言っているのですか?」


 荷馬車の中、ラナの対面に座る魔術師を睨みつけるラナ。


「他に誰がいるのよ」


「それは失礼しました。独り言かと思いまして」


 魔術師はほほ笑みを崩さずそう言った。ラナは舌打ちをして目線をそらした。この態度を見れば分かる通りラナはこの微笑みを絶やさない魔術師が苦手である。理由は明確で表情が読めずいけ好かないからである。


 この魔術師はクレール。シュラ国お抱えの魔術師である。黒い外套にとんがり帽子といかにもな風貌である。中性的な顔立ちで良く女性に間違われるが男性である。レベルは50を超えているかなりの手練れだと聞いている。シュラ国王のお気に入りとあってしょっちゅう王国の金を使って方々を好き勝手訪問している為、ほとんどシュラ国にいない。その魔術師クレールが直々にラナを迎えに来たという事実がラナには不気味に思えてならなかった。


「それでどうなのよ?」


「どうなのよと言われましても、私はラナ様を城にお連れするように仰せつかっただけですので」


 食えないやつだとラナは心の中で吐き捨てた。ラナはこの後魔王軍幹部に迎えられ、人間を搾取する側に回り、将来安泰を約束されていた。妹と共に向かうため一度シュラ国に向かう予定だったとはいえ、国王には何の用もない。力関係は完全に魔王軍側に傾いているからである。昔は魔王軍に捧げる生贄を攫ったりといった仕事は受けてきたがそれも単にビジネスの関係であった。


 つまり、今更ラナが国王に会う理由はないのである。


 それでもラナが大人しく国王の召喚に応じているのには訳がある。


「この書面に書いてある『王家の秘宝』ってのは?」


 ラナが受け取った書面にはラナにこれまでの功績を称え王家の秘宝を授けたいと書かれていた。大方これまで魔王軍に肩入れした口止め料と魔王軍幹部になる自分への賄賂だとラナは分かっていた。


「さあ?私はその書面をラナ様にお渡しする様申し付かっただけですから」


 クレールは惚けた返事をする。それがラナのイライラをさらに加速させていた。


「あくまで惚ける気ね。私が知る限りそんなもの聞いたこともないのだけれど」


「国王なのですから宝の一つや二つ持っていても不思議ではないと思いますが。まあ、貰えるというのならとりあえず貰っておけばよいではないですか。だからこそラナ様もこうしてシュラ国首都行の馬車に乗られているのでしょう?」


 図星を付かれ余計イライラするラナ。吐きそうになる暴言をぐっと堪えてまた馬車の外を見る。これが終われば悠々自適な魔王城ライフを妹と送ることが出来るのだ。ラナはそう思い我慢と自分に言い聞かす。しかし、そんな中でもふと頭に浮かんだのはあの時の千春の顔であった。


 あの絶望に満ちた顔を心の底から笑い飛ばすことが出来ればそれこそ立派な悪党なのだろうと。


「……わたしもまだまだね」


 情など必要ないのだ。自分が選んだ道はそういう道であるとラナも理解をしていた。どんな手を使っても生き残る。そう、妹と一緒に。

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