第18話 昔話2

 過去の自分を呪い殺したくなるほど後悔する経験は誰にでもあることだろう。しかし、今日この日この時に限って言えば彼女ほど過去の自分を呪った人はいないのではないのではないだろうか。


 雪村笑子。23歳社会人一年生の彼女はもう4件目になるゲームショップの前でため息をついた。


「ここにも無かったらどうしようか」


 事の発端は本日発売のゲームソフトである。そのタイトルは笑子が昔から熱狂的なファンであり、必ず発売日に買って楽しんでいた。今回の最新作も笑子は某ショップで予約していたのだが、その予約が漏れていたことが発覚した。


「あー、いつも通り紙で予約しておけば」


 今回初めて笑子はアプリでのゲーム予約に挑戦した。しかし、不安もあったので一応ショップの店員に聞きながら予約したのだが、運悪くこの店員が新人でしかもテキトーな対応をされ、予約が完了していないのに予約した気になっていたのだ。文句を言おうにもその店員はもう辞めており、予約した証拠もないので笑子は泣き寝入りする他無かった。


 そういうわけで笑子は一縷の望みを掛けてゲームショップを巡っているのであった。しかし、仕事終わりに向かった為時刻は既に23時を回っている。発売日当日であれば一般販売分が残っている可能性は高いはずだが、さすがは人気タイトル。どこも品切れであった。


 重い足取りで階段を登る。階段側面の壁には笑子がお目当てのゲームソフトのポスターが大きく掲示されている。


「ああ、○○ちゃんかわうぃい。早く攻略したい!!」


 メインヒロインの一人の名前を叫ぶ笑子。気を取り直してカウンターに向かった。


「申し訳ございません。本日発売のウインターポケッツは完売しております」


 店員に深々と頭を下げられる。途端に埴輪みたいな顔になる笑子。


 終わったと笑子は虚空を見上げた。時刻は既に23時半。ここから一番近いゲームショップでも車で30分ほどかかってしまう。仮に在庫があったとしても閉店時間である。笑子はすごすごとショップの出口に向かった。ふと、先ほどのゲームのポスターの前で立ち止まる。ポスターの中の可愛らしい少女たちが笑子に笑いかけてくれていた。


「うう、この日の為に実家で法事があるって職場に嘘ついて休みも取ったのに」


 笑子はこのゲームをやり倒す目的で休みを申請していた。じわっと目尻に熱い雫が浮かび上がる。


「うう、……う?」


 視界の端にビニール袋が見えた。まだ新しい、買ったばかりに見える。それが階段の途中に落ちていた。思わず拾ってみる。


「……こ、これはあ」


 思わず手が震える笑子、その中身は今笑子が喉から手が出るほど欲しかったウインターポケッツのソフトが入っていたのだ。誰か落としていったのだろう。


「ゴクリ」


 笑子の頭の中に天使と悪魔が現れる。時刻は既に深夜零時前。人気はない。


「すみません。そこの階段に落ちてました」


 あっさりと天使に軍配が上がった。笑子は確かにこのゲームを愛しているが、同時にメーカーも愛していた。つまり、自分がお金を出して買っていない物を手に入れても彼女には何の意味もなかったのだ。


「まあ、いいか。ゲームはまた買えばいいし」


 笑子は階段の側面のポスターに心の中でサヨナラをしてその場を立ち去ろうとした。


「すみません!!」


 突然階段上部、店舗入り口から声を掛けられる笑子。


「もしかしてゲームソフト拾って頂いた方ではないですか?」


「え、あ、はい。そうですが」


 二十代後半ぐらいの青年であった。青年は勢いよく降りてきて深々と頭を下げた。


「この度は私の不注意で落としたものを届けてくださり、感謝します。本当に助かりました」


 若い割に礼儀正しい若者のようであった。


「あ、いえ。大したことしてませんから」


 とは言いつつも笑子自身こんなに喜んでくれるなら届けて良かったと思っていた。


「あれ……、失礼ですがどこかでお会いしましたか?」


 いきなりそんなことを言ってくる青年。礼儀正しいのは仮の姿で実はただのナンパ野郎かと笑子は警戒した。


「ああ、思い出した。あの時車に飛び込もうとした女の子二人組の内の一人だろ」


 そう言われて笑子は青年の顔を見上げた。


「……あ、ああ!もしかしてあの時の警察官?」


 笑子も覚えていた。もう五年も前のことになるが、笑子はこの警察官に命を救われたのだ。


「竹田千春だ。元気そうで何よりだな。もう一人の子も元気か?」


「翠ですか?元気ですよ。実は今度、結婚するんです」


「へえ!それはめでたいな」


 若干の懐かしさを覚えつつ、笑子はあの時のことを思い出していた。笑子が落としたファミ通を見ていたこと。そしてこのソフトのこと。


「それはそうと、警察官がこんなゲーム買っていいんですかあ?」


 笑子は少し意地悪してみたくなった。


「なっ!、いいだろ、警察官がギャルゲー買ったって。それになあ、このシナリオライターは麻〇准という泣きゲーのパイオニアとも言われる人で有名なんだ。邪な気持ちなど一切ない、ピュアな気持ちで俺はゲームをしているんだよ」


「分かります!麻〇准さんは神ですよね!特にクラ〇ドはアニメと合わせて100回以上泣きましたし、リトル〇スターズもキョウスケがもう尊すぎてもう泣きながらマウス握りしめてたらいつの間にか朝になってました。シャー〇ットも賛否両論でしたが私は肯定派ですね。タイムリープ問題やら色々ありますが、結局のところ最後の能力勇気を手に入れる主人公を受け入れられるかだと思うんですよね。いやー、ぐっと来ますよねぐっと」


 そこまですらすらと話して笑子ははっと我に返る。恐る恐る千春を見ると案の定若干引き気味の顔をしていた。


「ち、違うんです。これは、その」


「別に何も言ってねーだろ……」


 笑子は後悔していた。なかなか普段こんな話が出来る友人のいない笑子はつい熱く語ってしまったのだ。


「ほれ」


 突然、千春がゲームの入った袋を笑子の手に握らせた。


「……え?」


「好きなんだろ?貸してやるよ。自分の分買ったらちゃんと返せよ」


 笑子は一瞬千春が何を言っているのか理解できなかった。


「閉店間際に今日発売のゲームのポスター見上げてるってことは買えなかったんだろ?いいよ、俺はどうせこれから連勤でする暇ないからさ。気にするな」


 そう言うと千春は背を向けてひらひらと手を振った。


「じゃーな。もう遅いんだから、早く帰れよ」


 笑子は少しの間フリーズしていたが、我に返ると急いで千春を追いかけて思いっきり右腕を掴んで引き留める。


「うおっ、なんだよ。びっくりするだろ」


「……くさき」


「は?」


「連絡先!教えてくれないと返せない!」


 笑子の顔は耳まで真っ赤だった。

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