第8話 リアル
放課後の図書室には誰もいなかった。特に田舎の小学校ならなおさらで、大抵の子は友達と遊ぶか塾かといったところであろう。
なので原田悟は一人図書館の机で宿題を片付けていた。福岡の朝倉から母親の実家のある熊本県に引っ越してきてからはっきり言って悟はクラスに馴染めていなかった。そもそもインドア派にあるのに加えて今は自分を救ってくれた恩人に恩を返すためにひたすらゲームの中に潜っているので友達なんて出来るはずがない。まあ、いわゆるぼっちである。クラスのみんなはとっくにどこか遊びに行っていることだろう。
「……」
悟はすごい集中力で宿題を片付けていく。もともと悟は集中すると周りが見えなくなるくらい没頭するたちである。悟はほぼ毎日学校が終わってから放課後の図書室で宿題を片付け、家に帰ってからはATYOSの世界で冒険といった流れを繰り返していた。家で宿題をしないのはおばあちゃんとおじいちゃんが悟に構いたがるので集中できないためである。
「……よし」
じつに30分ほどで宿題を終えた悟は帰り支度を始める。広げた教科書やノートを通学バッグの中に収納していく。
「……あ」
その時手が滑って悟は一冊のノートを床に落としてしまった。悟はそのノートを拾うと感慨深く眺める。
そのノートの表紙には「インフィニットオーサー【ATYOS】設定」と書かれていた。
このノートは悟がオンラインゲームで出会った仲間たちと作ったゲームインフィニットオーサーの【ATYOS】の設定を記したものである。悟にとってはかけがえのない思い出の一つである。
「……」
悟は最近インフィニットオーサーの世界にべったりである。ちゃんと学校も行っているし成績もトップクラスなので母親も特に何も言ってこないが悟自身ちょっとやりすぎかなとは思っていた。特に最近はアオイ達と一緒にいるのが楽しくて仕方がない。小学生の悟でもこれを何というのかは察しがついていた。
「いやいやいや、あり得ないだろ。ゲームのキャラになんて……」
そう、それは悟自身も認めたくない事実であった。まさか自分がゲームの中のキャラクターにガチ恋してるなんて。
「あーー!こんなところにいた!」
「!!」
その時突然図書館ではマナー違反過ぎる大声が響き渡った。悟はびっくりして持っていた設定集を落としてしまった。
「ちょっと悟!今日はみんなで遊ぼうって誘ってたのになんでいなくなるの?」
「……美桜」
それは悟の実家のお隣さんの娘の足立美桜であった。夏休みなどの長期休みで母親の実家に帰ってきたときはよく一緒にされて遊んだ仲である。
「図書館では静かにしろよ。迷惑だろ」
「悟が約束守らないからでしょ!それに誰もいないじゃない」
美桜はかなり活発な性格でいつもグループの中でリーダーシップをとるような女の子だった。年も悟の一つ上で小学六年生。
「わたし、おばさんから頼まれてるんだからね。悟が学校で皆と仲良くできるようにしてあげてって。せっかく誘ってるのにいつも来ないんだから!」
「……べつに母さんは関係ないだろ」
悟は美桜のことを少し疎ましく思っていた。いつもお姉さん風を吹かせておせっかいを焼いてくるからである。昔はよく二人でゲームをして遊んだが、今は全くしなくなっていた。
「ちょっと、聞いてるの悟?」
「なあ、美桜。ゲームの中のキャラクターを本気で好きになったことあるか?」
悟はついでのような感じで聞いてみる。
「ゲームの中のキャラクター?うーん、どうかな。確かにこのキャラ好きとかはたまにあるけど……そもそも悟の本気の好きって何?」
「ほ、本気の好き?」
悟も質問を返されて困惑する。確かに自分で言ったが本気の好きの定義なんか考えているわけも無かった。悟は少し悩んだ後にめっちゃ小さい声で答えた。
「結婚したい……とか?」
「けけけっ!結婚!?」
今度は美桜が飛び上がるほどびっくりしていた。悟も自分でも何を言っているんだろうと思っていた。明らかに失言だった。
「ば、馬鹿!本気にするなよ!お、俺は帰るからな!!」
「あ、悟!ちょっと!」
悟は気恥ずかしさを拭い去るように吐き捨てて逃げるように図書館から飛び出した。後にはあっけにとられた美桜が立ち尽くしていた。
「もう、なんなのよ……ん?」
その時美桜はさっきまで悟がいたところに何かノートが落ちていることに気が付いた。
「なにこれ?いんふぃにっとおーさー?設定集?」
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