第11話 誰の剣
「はてさてどうしたものか」
前回同様、アシュレイが明日ギルドに行く予定を話に来て帰った後である。千春は誰もいない部屋で一人呟く。
初回殺されたのはまあ、仕方ないとしよう。しかし、前回は仲間も得て、半透明という無能スキルを知られていないのに殺されてしまったのだ。一体どうすれば殺されずに済むのか千春はしばらく考えを巡らせた。
「……やはり、アシュレイを説得するしかないかもな」
この王国から逃げ出すという選択肢もあったが千春はその考えを消した。まず、逃げたところで自分がいる限り次の勇者が召喚されないのだから、結局アシュレイと王国軍から追われることになる。説得すればラナは付いて来てくれるかもしれないが、それだけではアシュレイと王国軍から逃げるのは難しい。
となれば、無理やりにでもアシュレイを説得するしかない。
しかし、前回のアシュレイの様子からすれば懐柔は非常に困難である。アシュレイは騎士であれば王の命令であればそれに従うのは当然だと考えている。情に訴えても無駄だろう。
「……いや、待てよ」
そこで千春は思いつく、アシュレイを説得するというより千春を殺せない理由を作ってしまえば良いのではないかと。幸い千春の手札には切り札になりそうなカードがある。これを上手く使わない手はない。そう、アシュレイが実は女という事実だ。しかし、先ほど兵士から聞いた情報だとアシュレイが女とは微塵も思っていないどころか裸を見たと言っていた。これは一体どういうことなのか。
幸運なことに、千春は見た目を偽るスキルを知っていた。そう、幻惑のスキルである。一体どうして盗賊のスキルである幻惑のスキルをアシュレイが使えるのかは分からないが。
「……これは詳しく調べてみる必要があるか?」
千春はこれが突破口だと直感した。この糸を手繰り寄せることが出来ればあるいは。しかし、それには事前準備が必要になる。千春は早速今夜から動き始める決心をするのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「よう、言い争いは終わったのか?」
小高い丘の上で休んでいると、疲れた顔のアシュレイとラナが歩いてきた。今回も同じ手法でラナを仲間にして、アシュレイとラナが城門前でひとしきり喧嘩した後の事である。
「解せませんが、とりあえず保留とします。今日は勇者様のレベル上げに来たのですから」
「あーん、チハルこいつきらーい」
どさくさに抱き着いてくるラナ。ここまではほぼ前回と変わらない。
「とりあえずお昼にするか、その前にアシュレイに話があるんだ」
「はい?私ですか?」
アシュレイは不思議そうに首を傾げた。
「シュラ国王はジュリア姫を溺愛しているらしいな」
「?そうですね、かなりの溺愛ぶりで有名ではありますが」
「聞けば、ジュリア姫に言い寄ってきた貴族や他王国の王子まで秘密裏に消したなんて噂もあるらしいじゃないか。恐ろしいな、娘の為なら何でもやりかねんぞあの国王」
一体それがどうしたというのか、とでも言いたげなアシュレイ。千春はさらに続ける。
「一昨日の夜中に庭園にいたよな」
その一言でアシュレイの顔つきが一瞬変わった。千春はそれを見逃さなかった。
「いやいや、美男美女のカップルなんて羨ましい。しかし、シュラ国王はご存じなのかな~?バレちゃったら大変なんじゃないか?」
「……っ!!」
アシュレイの顔つきが明らかに歪む。
「え、ジュリア姫とこのクソ騎士が恋仲なの!?」
ここでやっと事態を理解したラナが驚愕の声をあげた。
「ふふふ、そうなんだなあ、これが。さてさてこれがバレちゃったら大変だよなあ、困るよなあ?アシュレイ?」
千春は人の恋路を邪魔するゲス野郎の顔をしていたのだろう。ラナがジト目で千春を見ている。
「コホン、アシュレイは国王に気に入られているみたいだし、功績次第では認めて貰えるかもしれないな。ただ、本当に美男美女同士であるならば……だ」
「何が言いたいのですか?」
「アシュレイ、お前が女だってことだよ」
一瞬時が止まったような気がした。草原を駆け抜ける風が足元の草を揺らして時の歩みを主張していた。
「は、何を言い出すかと思ったら。勇者様、気でも狂いましたか?」
「いや?俺は極めて正常だが?」
「だったら何故そんなことを仰るのです?証拠でもあるのですか?」
「証拠はないな、けどパーティを組めば分かるんじゃないか?」
アシュレイの瞳が大きく見開かれる。これは予期してなかったようだ。これまでで千春とアシュレイは一回もパーティを組んでいない。街中では組む必要がないし、外に出てもパーティを組めば自分を暗殺出来ないからだと千春は考えていたが、もう一つ大きな理由があったのだ。
(ああ、パーティに入ればもう少し詳しい情報が見ることが出来ます)
そう、パーティを組んでステータス画面を見られたら自分が女だとバレてしまうからだ。幻惑のスキルでは見た目を変えられてもステータスまで変えることは出来ない。ラナの話によると幻惑のスキルは持続的に魔力を消費するので長時間の使用は難しいらしい。恐らく、前回服の下が女性のままだったのは戦闘中幻惑のスキルを使用する余裕がなかったのだろう。そこでおっぱいバインである。
「チハル!?」
甲高い金属音が鳴り響く、突然アシュレイが切りかかってきたのだ。寸前でラナがダガーでいなす。やはり、鎧を着た本気でないアシュレイの剣激ならラナでも何とかなるようだ。
「ナイス!ラナ!お前なら出来るって信じてたぜ」
「もー、なんなのよー!」
ラナは文句を言いつつもしっかりアシュレイから距離を取った。
「パーティ組めないよな?そうしたら自分が女だってバレちゃうもんな?お前が幻惑のスキルを使って男装していることは既に分かってるんだよ!」
「……残念です勇者様。あなたを生かして返すことが出来なくなりました」
もう何度か見た、氷の瞳だった。あまりの殺気にラナが息を飲んだ。
「ぬかせ、もともと王の命令で暗殺するつもりだったくせに」
「そこまでご存知でしたか」
素直にアシュレイは驚いていた。
「ますます、分かりませんね。こんなわざわざ城から離れた場所でなんて、殺されに来ているようなものじゃないですか。何が狙いなんです?」
「そりゃ、もちろんアシュレイが本当の意味で俺の仲間になって欲しいだけさ」
「王を裏切れと?そんなことしなくても私は今ここで勇者様を殺すだけで済む話なのですが」
「どうかな?これを見ても俺を殺せるか試してみるか?」
千春はそう言って一枚の封筒を取り出した。それをアシュレイに投げてよこした。アシュレイはその手紙を拾って、ラナを警戒しつつも開封し中を見た。
「……な、これはっ!!」
そこにはアシュレイがジュリア姫と恋仲であること、そしてアシュレイが女であることが書かれた文書が入っていた。
「この封筒は城内の誰かに渡してある。もし俺が死んだらこれを国王に渡してくれと言い含めてな」
アシュレイの手紙を持つ手が震えている。それはそうだろう、これは全くの予想外の事態だった筈だ。ここで勇者を殺しても城内の誰かが手紙を国王に渡してアシュレイの秘密が白日の下にさらされる。いくらアシュレイが否定した所で疑念までは消し去れない。
「こ、こんなもの、勇者様を殺した後で回収すれば……」
「出来るのか?俺が死んだらすぐに次の勇者が召喚されるんだろ?アシュレイが探し回ってる間に誰かが国王に手紙を届けるぞきっと」
「ちょ、ちょっとまってください!誰かってどういう……」
千春はにんまりと笑う。その悪徳商人のような顔つきにラナは若干引いていた。
「俺は一人に渡したとは言ってないぞ。もちろん不特定多数の住民に渡してある。はたして城下に何万人の人がいるのかな?俺は知らんがね」
アシュレイはそれを聞いて力なく膝をついた。恐らく、回収不可能だと気づいたのだろう。
しばらくじっと動かなかったアシュレイは一際大きなため息をついて地面に座り込んだ。
「……参りましたね。これでは勇者様を殺せません」
「アシュレイ、もう一度言うが俺の仲間になってくれ。魔王さえ倒せば国王も文句はない筈だ」
これが最後の説得だ。千春も手の内は全て出してしまった。これ以上は何もない。
「……これからは王国軍から逃げつつ魔王軍とも戦わなくてはならないのですよ。それどころか王国の息がかかった町や村で買い物どころか入ることすら出来なくなるでしょう。なぜ、そこまでして勇者様は魔王と戦うのですか?」
そう言われてみればどうしてだろうかと千春は考えた。ここは異世界。もともと住んでいた世界でもないし、家族がいるわけでもない。
ふと、思い出すことがあった。
遠い昔。千春は正義感の塊で、国民を守るためなら自分の命だって惜しくないと思っていた時期があった。誰かにありがとうと言われるだけでなんでもできる気がしていた。
「俺さ、死ぬ前は国民を守る組織にいたんだ。辞めちゃったけどな。だから、たとえ異世界とはいえ、誰かを助けられる立場にいるなら俺は助けたいんだよ。まあ、憧れの世界ってのもあるんだが。だからな、それがどんなに大変だったとしても俺は出来る事をする。アシュレイ、本当の所、お前は何を守るために戦っているんだ?」
「わ、私は」
アシュレイは千春のまっすぐな考えに何も言えなかった。騎士とは王の剣である。国民の事を考えるのは王の仕事であり、騎士の考える事ではない。それを違えれば国が揺らぐ、騎士が考えることは許されない。だから、騎士であるなら千春の問いにアシュレイは言い淀んではいけなかった。すぐさま王の為だと答えなければならなかった。
「わ、……私は」
アシュレイの瞳から大粒の涙が零れていた。悔しかったのだろう。胸を張って王を誇ることが出来れば、迷うことは何もない。前回王の為にと千春を殺したアシュレイの瞳には感情が感じられなかった。命令に従う、それだけだと千春は感じていた。
ついには剣を落とし、膝から崩れ落ちるアシュレイ。やはり、あの王には何かあるに違いない。本当の意味で国が潤い民も幸せであるならアシュレイが迷う事もない筈なのだ。
「一緒に行こうアシュレイ」
千春は少しかがんでアシュレイの頭を自分の胸に当てた。アシュレイは千春の胸の中で小さく一度だけ頷いた。
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