第12話 昔話
「ねえ、何がダメだったの?すっごいイケメンで趣味もあってたじゃん」
ゆるふわのロングヘアで如何にも大学生な女の子が駅前通りで話すには少々マナーに欠ける程大きな声で隣を歩く黒髪ショートの女の子を責めていた。一方黒髪ショートの女の子はいかにもうんざりといったようにため息をつく。
「何度も言ってるじゃない。彼とは気が合わないの」
「えー、なんでよー、同じヲタクなんでしょ?相性ばっちりじゃん」
「あんたヲタクなら何でも同じだと思ってるでしょ?ヲタクにも共通言語ってものがあるのよ」
「共通言語?」
「例えば同じヲタクであっても奈須〇のこや麻〇准を知らないような人は私とは違う人だと思ってるってこと。本当に好きならたどり着く筈だから」
「…………」
急に静かになったゆるふわの女の子に黒髪ショートの女の子に視線を移すとリスのように頬を膨らませて半泣き状態だった。
「もー!笑子ったら意味わかんない!茄子とかマーボーとかがそんなに重要なの?」
ゆるふわの女の子ついに両手をぶんぶん振って怒りだしてしまった。黒髪ショートの女の子、雪村笑子はこのゆるふわの女の子、中村翠と前日合コンに行ったのだ。笑子は生粋のヲタク大学生であり、合コンなど行くぐらいならモン〇ンでハントしたいと思っているのでこれまでの誘いは全て断っていた。しかし、今回は翠があんまりしつこく誘うので根負けして行ってみたらこの状況である。どうやら合コンで自分もヲタクだと言って話しかけてきた男と翠の狙っている男が親友らしく、渡りつけて欲しいと頼まれたようだ。笑子には全くその気はないのだが。
「そんなことだから今時中学生でも買わないようなゲーム雑誌とか買ってるんだよ!」
「こ、これは……いいじゃない。好きなんだから!」
ファ〇通に罪はない。笑子だって毎回買っているわけではないが、今回は特に目を引く記事が載っていたので思わず買ってしまったのだ。
「じゃあ、デートの一回ぐらいつき合ってくれてもいいじゃない!」
全く理由になってはいないが翠の必死さは伝わっていた。笑子は初恋もゲームの主人公というたちであり、人間の男に興味を持ったことはない。なので、翠が必死になる気持ちは理解できなかったがこの勢いに何故かいつも根負けしてしまうのだ。笑子も翠のことを嫌っているわけではないのである。
「……はあ、仕方ないな」
笑子のため息交じりの声を翠は聞き逃さなかった。
「え、いいの?」
「一回だけだからね」
「やったーー」
よほど嬉しかったのか、翠は笑子の前で両手をあげてくるくると回りだした。笑子がやれやれと憎めない翠を目で追っていた。
「……っ、翠!!」
翠が歩道の縁石に躓いてしまったのだ。車道側にバランスを崩す翠。笑子は咄嗟に翠の手を掴んで歩道側に引き戻す、しかし笑子が車道側に放り出されてしまった。
運悪く車が迫ってくる。
けたたましいクラクションが鳴り響き、笑子は自分の死を覚悟した。
クラクションが聞こえなくなり笑子がゆっくり目を開けると全く見覚えのない男性に抱きしめられていた。
「……へ?」
訳が分からず間抜けな声を出す笑子、自分が助かったのだと実感する前に男性はぐいっと腕を伸ばして笑子と距離を取った。
「馬鹿野郎!!死にたいのか?!」
笑子はめちゃくちゃでかい声で怒鳴られた。
「怪我は?骨は折れてないか?ああ、もうここ擦りむいてるじゃないか!」
あまりにてきぱきと確認する男性に圧倒され、笑子はお礼を言うどころじゃなかった。それどころか説教がはじまる始末である。
「うあああん!えみごぉ、ごべんねー」
翠が大泣きで笑子に抱き着いてきた。男性はため息をついて説教を一時中断して翠と笑子の荷物を拾ってくれた。
ふと、笑子も足元に何か落ちているのに気づいて屈む。翠が泣きながら抱き着いてるままなので大変動きづらい。
「……警察手帳?」
それはよくドラマなどで警察が持っているそれと酷似していた。写真は先ほど助けてくれた男性で間違いない。
「竹田千春」
警察手帳にはそう書かれていた。笑子は何だか女の子みたいな名前だと思った。
「う、嘘だろ……」
見ると男性は笑子が落としたファ〇通の表紙を凝視したまま固まっていた。
「麻〇准、13年ぶりの新作制作開始……だと?まじかよ」
その表情は笑子から見てとても嬉しそうに見えた。目が明らかに輝いていたからである。
「あの……」
「はっ、すまない。に、荷物はこれで全部かな?」
笑子の声で我に返った男性はてきぱきと荷物を渡して立ち去ろうとした。
「あ、待ってください。これお兄さんのですよね」
笑子はそう言って警察手帳を取り出す。男性は振り返って確認すると明らかに失敗したという顔をした。警察手帳である、むやみに人に見られてはいけないのだろう。
「ありがとう、悪いけど他言無用でお願いできないかな?」
「は、はい。こちらこそありがとうございました」
笑子が頭を下げたと同時に手に何か持たされる。手を開くと未開封の絆創膏があった。
「多い分は誰かが怪我した時にあげてくれ。じゃ、俺は急ぐから。くれぐれも気をつけるんだよ」
そう言って若い警察官のお兄さんは走り去っていった。
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