第25話 小休止

 一段落した千春一行は無事魔王城があるラクサー平野へ入り口のブロッサム砦を突破していた。既にヴィクトリア王政が崩壊した後なので砦の突破はもちろんスムーズで、何なら多少の物資と熱烈な応援まで受けた。


 今はかなり遠めに魔王城が確認できる位置で千春達は野営をしていた。ぱちぱちと燃える焚火の音に千春が癒されているとアシュリーが難しそうな顔をしているのが目に入った。


「どうしたんだ?」


 千春が尋ねるとアシュリーはため息一つついて焚火に薪を投げ込んだ。


「いえ、千冬はいつ戻ってくるのかと思いまして」


 今ここにいるのは千春、アシュリー、ラナの三人だ。レナは戦闘には連れていけないのでヤーランドでラナの帰りを待つこととなった。アシュリーとラナにはヤーランドで野暮用があると伝えているが実際は違う。千冬はプレイヤーだ。つまり現実世界での生活がある。


 つまり、ログアウトして学校に行っているのだ。


 今まで、かなり現実世界の時間を犠牲にして助けてくれていたことは千春にも分かる。現に今回のラナ救出ルートを見つけるのに恐らく現実の時間で一週間ぐらいかかっている。よくやってくれている方である。むしろ、あの厳格な父親の目を躱してよく出来るなと感心すらしていた。


「千冬が帰ってこないと魔王城に突撃出来ないではないですか」


 既に魔王城が視界に入っていることで気がはやるのかアシュリーは少し愚痴っぽくなっていた。


「そんなに急がなくても、明日には帰ってくるだろうからそれまで魔王城の近辺の探索でもしていればいいんじゃないか?」


 アシュリーたちにすればそんなに時間が経っていないが、千春と千冬は何十回もセーブ&ロードを繰り返してやっと行き着いたのである。千春の気持ち的には一旦休憩を入れたい心情であった。


 しかし、アシュリーから帰ってきた反応はあからさまなため息だった。


「気に食わないけど、今回はそこのおっぱい騎士に賛成ね」


「だ、誰がおっぱい騎士ですか!」


 ラナがアシュリーと同意見とは珍しい。


「チハル、あなたも知ってる筈よ。王国が魔王軍からどのような攻撃を受けていたか」


「え?そんなことないだろ?確か魔王軍の進行での被害者はゼロで、せいぜい丹精込めて作った野菜が食べられる程度だったはずだ」


「そう、その通り。でもそれは、王国が魔王と通じていて、生贄を定期的に献上していたから人々は襲われなかったの。そして、今その王政が崩れた。さて何が起きると思う?」


「あ……」


 そこで、やっと千春も気付いた。


「つまり、今回のことで王政を崩した勇者が現れたことが魔王に知られてしまう」


「正解☆」


 ラナは指をくるくる回して◎を作って見せた。


「すぐに知られることは無いかもしれませんが、時間の問題でしょう。特にヴィクトリア王は魔王にほぼ服従していた。生贄献上が無くなったとはいえ、魔王の配下が定期的に確認には来るでしょうね。そうなれば不戦の約定破れたりと魔物をけしかけて全面戦争にもなりかねません。その前に魔王を討たなくては」


 アシュリーの瞳に熱が籠る。決意の証がありありと見えた。


「って言っても、現状魔王の強さは未知数だし。万全を期すならやっぱりチフユ抜きで行くのは避けたいわよねー」


「わ、分かっています!それくらい……」


 今の戦力は千春Lv20、アシュリーLv55、ラナLv38、千冬Lv25である。アシュリーが現状一番レベルが高いが実際の戦闘力はインフィニットドラゴンを持っているチフユが圧倒的に強い。っていうかインフィニットドラゴンがチート級に強いのである。千冬曰く、竜騎士の最初のパートナーは確立らしく、一番強そうなドラゴンの色違いが出るまでひたすらリセットしたそうだ。まあ、そのおかげで雑魚戦では一切苦戦することは無かった。大体インフィニットドラゴンのブレスで一掃、生き残りをアシュリー、ラナで止め。こんな感じである。千春は何をしているかって?大丈夫、パーティに入っていれば何もしなくても経験値は得られるのだ。


「それはそうと盗賊!」


「なによおっぱい騎士?」


 アシュリーは立ち上がりわなわなと体を震わせながらラナを指差す。


「いい加減千春の膝から降りなさい!」


 ラナは千春の膝の上に座っている。というか、ラナ救出イベントが終わってからというものラナは隙あらば餌をねだる猫のような懐きっぷりであった。


「えー、いやよ。何がダメなの?」


「ち、ちち、近すぎます!」


「別にパーティなんだしこれくらい普通じゃない?」


「そんなにイチャイチャするパーティがどこにあるんですか!?」


 一段落しても大団円とはいかないようである。相変わらずアシュリーとラナの相性は宜しくない。千春としては自分の妹よりも年下の女の子が膝の上というのはまるで姪っ子みたいで悪い気分ではなかった。


 ともあれ三人の夜は更けていく。束の間の休息はやはり長くは続かないものだ。

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