第38話 クラス対抗戦5

「さて、いよいよ大詰めと言うわけじゃが、ん?どうしたのじゃ?」


 残す試合は後一つ、Aクラスに勝てば晴れてSクラスが優勝ということになる。既にAクラスの出場選手たちは試合場を挟んで反対側に待機している。ドラゴン師匠が円陣を組んで作戦会議をしていると微妙な顔をしているシュリカとポットが目に入った。


「だって、本当にここまで来たんだなと思うと何だか緊張してきて……」


「べ、別にびびってるわけじゃないけど!」


 二人は揃って言うが、緊張しているがまるわかりである。


「なんじゃなんじゃ、情けないのう。今までと同じようにやればよいだけじゃろうて」


 ドラゴン師匠は呆れたとでも言うように楽観的に返す。


「それに、今回は本当に勝てるかどうか分からん。向こうさんの先鋒と中堅の選手はギャルで問題なく勝てるじゃろう。問題は大将じゃ」


 珍しくドラゴン師匠が弱気な発言である。


「な、なによ。さっきみたいに何か作戦は無いの?」


「無い、と言うより分からんのじゃ。向こうの大将、リアムスとかいう男の情報がさっぱり掴めんじゃったからのう」


「え、……リアムスって」


 千春はもちろんその名前に聞き覚えがあった。Aクラス学年主席の超絶イケメン、リアムス・ヴァイン。実地試験の時にわざわざ千春たちのメンバーに入りたいと言ってきた物好きでもある。千春はあの時の事件でリアムスの剣技と身のこなしは見ていたが実際に魔法を使うところを見ていなかった。一体リアムスはどんな魔法を得意としているのか興味があった。


「それは私のせいでもあるのです」


「あ、千夏先生」


 Sクラスの円陣に現れたのは千夏であった。千夏は笑顔でみんなを労う。


「まさかあなた達がここまで全勝だなんて、びっくりしました。担任としてとても嬉しいです」


「先生、リアムスの情報が無いっていうのは?」


 ドラゴン師匠が作戦に使ったのが千夏が秘密裏に動いて集めてくれた㊙ノートである。当然選手であるリアムスのことも調べたはずだ。


「Aクラスの主席リアムスさんはダイブン国の懐刀である第一騎士団長の息子ということもあって、彼の情報だけどこにも開示されていませんでした。彼に関する情報はトップシークレットでAクラスの担任の教師すら知らないみたいです。恐らくは国政に関わる何か重要な秘密があるのかもしれません」


 なんだか穏やかではない感じである。国政まで持ち出されるとたかがクラス対抗戦でという気持ちになるのは致し方ないことなのかもしれない。それにしてもリアムスの情報がないと言うことは有効な作戦も立てられないと言うことである。


「まあ、ぶっつけ本番で何とかするしかないじゃろうな」


 ドラゴン師匠はいつものようにふぉふぉと笑っている。状況がどうであれドラゴン師匠はいつもこんな感じである。焦っている所なんて千春は見たことが無かった。


「……じゃあ、行ってくる」


 そうこうしている間に試合開始の時刻になり、先鋒のシュリカが試合場に向かっていった。


「千春」


 呼ばれて振り向くとそこにアシュリーがいた。恐らく自分のクラスの試合が終わって様子を見に来たのだろう。


「リアムスさんの事ですが……」


「ん、どうした何かあったのか?」


 例のデッドリーディジーズ襲撃の事件の際、アシュリーはリアムスと共闘していた。何か気になる点があるようである。


「いえ、大したことではないのですが。確かあの襲撃事件の時少々気になったことがありまして」


「気になること?」


 試合場では例によって複合魔法でAクラスの先鋒を吹き飛ばすシュリカが誇らしげに立っていた。


「ええ、あの時私とリアムスさんと私が最前線で敵と対峙していたのですが、少しも汚れていなかったんですよね。リアムスさんの服」


「服?」


 千春は少し考えてみる。あの時暴れまわる魔獣となったヴィクトリア王にラナが召喚した神獣フェニックスなどでまるで台風の中にいるような状態だった。敵の攻撃を上手く避けたとしてもあんな台風の中にでもいるような状況で飛び交う木々や泥などまで全部完璧に避けることが出来るだろうか?


「気のせいじゃないのか?あの状況で汚れ一つ付かないなんて不可能だろ?」


 その時シュリカがAクラスの中堅も倒し、いよいよリアムスとの試合が迫っていた。


「……私の気のせいならいいのですが」


 なんとも歯切れの悪いアシュリーである。その時大勢の女子生徒の歓声が聞こえてくる。


「「キャーーー!!リアムス様頑張ってー――!!」」


 いつも通り凄い人気である。一方のリアムスは笑顔で歓声に答えながら試合場に入る。


「ファンの女の子たちには悪いけど一瞬で終わらせるから」


「お手柔らかにお願いするよ」


 シュリカがリアムスに対して挑発するもリアムスは少しも動じることは無くにこやかに返していた。


「始め!!」


 ついに始まった最終戦。これに勝てばSクラスの優勝が決まり、晴れてマリンもグランマスターズに出場することが出来る。


 先に動いたのはやはりシュリカだった。


「『フレイムウォール!!』」


 得意の複合魔法をいきなりぶっ放す。


「……え?」


 シュリカが止めに一撃を繰り出そうとした時、そそり立つ炎の中には誰もいなかった。


「炎よ纏え」


 誰の目にも分からなかった。気づくとリアムスはシュリカの背後に移動していた。いきなり現れたのである。瞬間移動としか思えない動きであった。リアムスは自らの剣に炎を纏わせてそのままシュリカに向かって振り下ろした。


 一瞬でシュリカの魔法障壁は無くなってしまう。


「勝者Aクラス、リアムス・ヴァイン!」


「……え?」


 審判の教師が宣言するが、シュリカは自分が負けたことに気づいていないようで呆気に取られていた。


「大丈夫かな?魔法障壁だけ狙ったから怪我はないと思うけど」


「「キャーーー!!リアムス様カッコいいー――!!」」


 リアムスファンクラブ達が一斉に歓声を上げる。


「い、……一撃……だと?」


 千春が驚いているとドラゴン師匠がふむと一つ頷く。


「転移魔法じゃな。こりゃ、まいったのう」


 珍しくドラゴン師匠が後ろ向きな意見である。


「転移魔法?さっきシュリカのすぐそばに瞬間移動したやつか?」


「そうじゃ、無属性の上級魔法じゃ。わしもわし以外で使える者は始めて見たわい。もやし男よ」


「……僕にはポットって名前があるんだけど」


「もやし男よ、とにかく転移魔法をディスペルで封印するのじゃ。そのあとはスキを見てデバフ掛けまくって中級魔法を当てる。勝ち筋があるとすればこれしかないじゃろう」


 しれっと自分も使えるマウントを取るドラゴン師匠はポットに助言を与える。ポットはなんとなくドラゴン師匠の真剣さを感じたのか黙って頷く。


「すまねえ、あとは頼んだ」


 シュリカは帰ってくるなりポットの肩を叩いて送り出す。少し元気がなさそうに見えるのはDクラス戦とは違い作戦通りではないイレギュラーだからだろうか。


「始め!!」


 ポットVSリアムスの試合が始まった。


「静寂の守り手よ……『ディスペル!!』」


 ドラゴン師匠に言われた通りにポットは速攻で封印魔法をリアムスにかける。リアムスの胸のあたりに魔方陣のようなエフェクトが生まれてガラスが割れるように消えていった。


「(よし!転移魔法は封印した!)」


 リアムスはニコニコとイケメンスマイルのまままだ動かない。


「『マジックダウン!』『アーマーブレイク!』『スピードダウン!』」


 とにかくポットは得意なデバフ魔法をかけまくった。


「へえ、よく私が転移魔法を使ったと見抜きましたね。ああ、マリン殿の入れ知恵かな」


「つ、強がっても無駄だぞ!ありったけのデバフもかけたんだ。もう、あんたは裸も同然だ!食らえ『エアスラスト!!』」


 ポットはリアムスに向かって風に中級魔法を叩きこむ。


 しかし、魔法を放った場所にリアムスは既にいなかった。なんとリアムスはポットの中級風魔法を避けつつポットに近づいていく。それはとてもスピードダウンのデバフが掛かっている動きではなかった。


「馬鹿な!デバフかけてるんだぞ!」


「炎よ纏え」


 難なくポットの前まで移動したリアムスはさっきと同じように自らの刀身に炎を纏わせて一振り。それだけでポットの魔法障壁は簡単に消え去ってしまった。


「勝者!Aクラス、リアムス・ヴァイン!」


 そしてまた女子生徒の歓声が上がる。ポットはとぼとぼと試合場を後にして戻ってくる。


「な、なんで。デバフが掛かってなかったのか?」


 ポットは信じられないと言った感じである。


「いや、もやし男のデバフはちゃんと入っておった。つまりあのキザ男はデバフが掛かった状態であのスピードと魔法攻撃力じゃったというわけじゃな」


「まじかよ……化け物か。アシュリーのスピードアップのスキルでも使っていたんじゃないのか?」


 千春がアシュリーの方を見るとアシュリーは小さく首を振った。


「いいえ、リアムスは神速のスキルを使っていませんでした。スキルも使わずデバフが掛かった状態であの速度なら、悔しいですが私より早いかもしれません」


 アシュリーが悔しそうに言う。


「どうすんのよ、そんな化け物相手に……。あと残っているのって……」


 皆一斉にマリンを見る。ここまで一戦も戦っていないマリンである。クラス対抗戦優勝まであと一勝なのだ。こんなところで負けるのは嫌なはずだ。否が応でも期待がマリンにのしかかる。


 しかし、マリンの顔は今まで見たことが無いくらい青ざめていた。


「……あの、僕魔法使えないんだけど……」


 泣きそうな顔のマリンが辛うじて声に出した言葉は皆に衝撃を与えた。


「「えええええええー―――――――!!」」


 なんとあろうことかマリンは魔法を使えないままだったのである。確かに千春もマリンが特訓に参加している所を見たことが無かった。


「どどどど、どうすんのよこのエロジジイ!!ここまで来てはい降参なんてシャレにならないわよ!!」


 シュリカがドラゴン師匠の胸倉を掴んで激しく揺らす。


「心配するでない。試合に出るのはマリンではない」


 何言ってんだこのジジイはと千春はジト目で見る。選手登録はとっくに終わっている。マリン以外が選手として出場することは出来ないのである。


 するとドラゴン師匠はちびっこハンマーによく似たものを取り出した。


「これはぴよぴよハンマー。これで叩かれたものは気絶してしまうというアイテムじゃ」


「だから、なんで今そんなものを……」


 皆意味が分からずただドラゴン師匠を見守る。


「ほい」


 すると突然ドラゴン師匠はマリンの頭をぴよぴよハンマーでぶっ叩いた。


「はあああああー―――――!?」


 突然のドラゴン師匠の御乱心にシュリカたちは羽交い絞めにする。


「これから試合だってのに気絶させてどうすんの!!!」


 シュリカが言うことも尤もである。


「ううっ」


 するとここで驚くべき変化が起き始めた。頭を叩かれたマリンの耳やしっぽが若干光りながら変化していったのだ。タヌキ耳はキツネっぽい耳に。しっぽはキツネのようなものが9本生えている。


「……誰?」


 シュリカは狼狽えた声を絞り出す。無理もない、それは体こそマリンだったが見た目は完全に別人のようであった。


「……相変わらず無粋な起こし方じゃ。下々の民は礼儀をしらん」


「ふぉふぉ、出番じゃ滅国カリン。頼んだぞ」


 ドラゴン師匠はこのいきなり出てきたキツネ娘と面識があるようである。


「……翁か。その名は好かぬ。妾のことはカリンと呼ぶがよい」


 その厳かな口調と雰囲気に千春たちは息を飲んだ。近くにいるだけで分かるのだ。こいつはただ者ではない化け物だと。カリンと名乗ったキツネ娘は試合場にいるリアムスを一瞥する。


「あれを倒せばよいのか?」


「うむ、奴はなかなかの手練れじゃ。くれぐれも抜かるでないぞ」


「はっ、誰に向かって言っておる。それより約束、くれぐれも忘れるでないぞ」


 そう言うとカリンは試合場に向かっていく。


「ちょ、ドラゴン師匠。どういうことなんだよ?」


 千春は堪らずドラゴン師匠に尋ねる。


「うむ、どうやら弟子一号は何故かあのカリンとかいうものと魂が融合しておるようなのじゃ」


「魂が融合?」


「分かり易く言えば二重人格みたいな感じかの。弟子一号に魔法熟練度が無かったのを覚えているかの?」


 千春はもちろん覚えていた。最初マリンには皆にあるはずの魔法熟練度の項目が無かった。ドラゴン師匠が大層驚いていた。


「ふつう、必ず魔法熟練度などの項目は存在する。それが無かったのは今出てきたカリンの方にあったからなのじゃ。わしも初めてのケースで知ったのじゃが、魔法熟練度などの項目があるのは一つの体に一つだけのようじゃ。じゃから弟子一号にはなかったと言うわけじゃな。まあ、こんなレアケースが他に存在するとも思えんが」


「まじかよ、ぽんぽこの体の中には二つの人格があるってことか?よく気づいたな?」


「まあの。弟子一号のステータスを確認していたらMPが増えたり減ったりしておったのじゃ。これは通常考えられんことじゃ。これは弟子一号の中にMPを食っている何かがあると思いぴよぴよハンマーを使ったところあやつが出てきたというわけじゃな」


 見ると今からカリンVSリアムスの試合が始まろうとしていた。しかし、審判の教師は見た目が変わったマリンに少し困惑しているようであった。


「ええ、と。マリン・アオンコさんで間違いないですか?」


「そう言っておるであろう。分からぬ奴じゃ。耳としっぽが変わることぐらいよくあるじゃろ」


「よく、ありますかね?」


 ここで審判の教師は他の教師と協議に入った。明らかに見た目が変わったカリンが出場選手として認められるかという審議だろう。しかし、案外すぐに審議は終わったようで審判の教師は戻ってきた。


「始め!!」


 どうやら、認められたようである。審判の教師が試合開始の合図を送る。


「……驚いたよ、マリンさん。大分見た目が変わっていたから」


「どうでも良いじゃろ。どうせすぐに終わるのじゃから」


「それはどうかな?」


 先に仕掛けたのはリアムスである。転移魔法を使って一瞬でカリンの後ろに移動する。


「炎よ纏え」


 またしてもリアムスは自身の刀身に炎を纏わせて一撃をカリンに放つ。あっけなくカリンの魔法障壁は無くなってしまった。


「!!」


「ほう、小僧やるではないか。少しは楽しめそうじゃの」


 見るとカリンが九人に増えていたのだ。


「ほれ、まだ一人しか倒しておらぬぞ。頑張って全て倒さぬか。くくく」


「くっ!」


 リアムスは次のカリンを切りつけるが、まだまだあと7人もいる。


「ほれほれ、どうした止めてみせよ」


 リアムス相手にまるで子供扱いである。九人のカリンは円形に陣取ると何やら呪文のようなものを唱え始めた。するといきなり頭上の雲が黒くなり、雷が鳴り始めた。

 さすがのリアムスもこれだけの数を捌くにはには時間がかかるようである。その間にもカリンの魔法が完成されつつあった。


「くくくっ、遅い遅い。雨よ、嵐となれ、神の雷よ、焼き尽くせ」


 その瞬間試合場に凄まじい雨嵐が巻き起こる。観客席にまで悲鳴が上がっていた。そして試合場に所狭しと何本もの雷が降り注ぐ。


 まさに天変地異とも呼べる恐ろしい光景であった。


「いかんいかん、少し本気を出しすぎたか」


 雨嵐と雷が収まり、土煙が晴れるとそこには魔法障壁が0になったリアムスが膝をついていた。


「勝者マリン・アオンコ!よって今年度のクラス対抗戦優勝はSクラス」


 審判の教師が声高にそう告げる。しかし、そこにいる誰もがカリンの放った魔法の凄まじさの余韻に飲まれ呆気に取られている。


「み、見たかこのやろー――!」


 その中でシュリカが控えのベンチからいきなり立ち上がり、Aクラスや観客席にいる他クラスの面々に向かって指をさす。


「優勝はSクラスだ!!誰にも文句は言わせないよ!SクラスのSはSpecialのSだ!覚えとけー――――――!!!」


 こうしてクラス対抗戦は無事Sクラスの勝利で幕を閉じたのだった。

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