第三章ユウの国編
第1話 ソア山脈
どういう風の吹き回しかと原田悟は首を捻っていた。もちろん同じパーティのアオイ・ゴッドイーターのことである。パーティに入ってもう一月ほどなので悟はアオイのことを少し理解していた。最初こそ勇者千春の手掛かりになると思い、決してやましい気持ちなどなくアオイ達のパーティに入った悟だったが、この二人はかなり癖の強いNPCだと自覚していた。
「さて、もう少しで目的地のソア山脈ね!」
嬉しそうに前を歩くアオイ。その所作が可愛いと感じるのは決して自分だけではないはずだと悟は自分自身に言い聞かせた。見た目マンウィ〇アミッションのタカオミは黙ってアオイの後に続いているがアオイの機嫌がいい時は心なしかタカオミの機嫌もいいように悟は感じていた。
このアオイ。両目に眼帯をしているのは生まれつき目が見えないからだと悟は聞いていた。それなのに何不自由なく歩いたり出来ているのは超人的な聴覚と触覚のお陰らしい。どうやらアオイは音や振動などから周囲の状況を知ることが出来るようであった。なので逆に人込みや音が鳴り響く場所などだと途端に自分の居場所すら分からなくなるのだそうだ。最初悟がアオイと出会った際に、人込みで身動きが取れなくっていたのはこういった事情かららしい。
「……アオイ。どうしてあの勇者に協力するんだ?」
そんなある意味地獄耳とも言えるアオイなのであの時勇者クライスの部屋から出た後に発した不穏なセリフ『……アオイ・ゴッドイーターか、なるほどあれは使える』というのもばっちり聞こえていたらしい。普通ならあんな裏ありありの言動を聞いて大人しく従うこともないと悟は思うのだった。勇者クライスが何かしらの悪だくみをしていることはほぼ確定なのである。
「んー?そうね、確かにあの勇者がろくでもないことを考えているのは間違いないでしょうけど、今はまだ泳がせておいた方がいいと思うわ。これは後で間違いなく切り札になるし、従ったふりをして後ろからざっくり行く方が簡単でしょ?」
アオイはそんなことを平気で言うのだった。サトルは静かに息を飲む。アオイは見た目こそ11歳くらいだが、時折かなり大人びたセリフや考えを述べることがある。まるで別に100年くらい生きているようだと悟は思うのだった。
「それにしても今回の勇者には当てが外れたわね。もしかしたらプレイヤーキャラクターじゃないかって思ったんだけど」
「……え?」
悟は耳を疑った。NPCであるアオイが何故プレイヤーキャラクターなどという言葉を知っているのか。
「あ、悟には言ってなかったわね。私達の目的はこの世界を作った製作者、つまり神様を殺すことなの。プレイヤーキャラクターっていうのはつまり私たちの世界とは違うこの世界を作った神様側の世界からやってきた奴らのことね。そいつをひっ捕まえて神様側の世界に行く方法を探り、神様に復讐するの。うーん、ちょっと難しかったかしら?」
悟はその時初めて自分がしたことの意味を知った。アオイから予めどういう境遇で魔王を倒すに至ったのかという経緯は聞いていたがこんなことを考えていたなんて夢にも思っていなかった。ゲームを作って遊ぶ。それは子供でもやる遊びだ。しかし、このゲームでは高性能AIがNPCとして成長するAGIシステムが採用されている。このようにNPCは自分で考え、行動し、未来を作っていくのだ。
それは果たして人間と何が違うのだろうか?
悟たちにとってはゲームの世界でただの遊びだとしても、この世界で生きるNPCにとってはここが現実で死んだら終わりのリアルワールドなのである。それが遊びで作られた世界だと知ったらアオイのように神に復讐したいと思うのも無理はないのかもしれない。
しかし、一番の問題は悟がその憎き製作者の一人だということである。
ずきりと悟は自分の心が痛むのを感じた。
幸か不幸か、悟は何故かステータス上でNPCと表記されている為、アオイに悟の正体は知れていない。悟は迷った。正直に打ち明けるべきか、このまま隠し通すか。
「……確かにそんな神様がいるなんて許せない」
「え?」
悟は真実を告げなかった。
「僕はアオイちゃんの力になりたい。だからその神様を殺すのを手伝うよ」
「……悟」
アオイは少し驚いたように口を半開きにしたあと、見たこともないほどの笑顔になった。悟の両手を握って飛び跳ねる。
「本当!?嬉しいわ!本当に嬉しい!悟ありがとう!」
その喜ぶ姿は普段落ち着いている彼女とは違い、年相応の無邪気さを放っていた。
悟はその笑顔を守りたいと思いつつも真実を告げなかったことに対しての後ろめたさを感じていた。
「おしゃべり中のところ悪いがお客さんみたいだぜ」
タカオミが静かに槍を構える。目線は悟たちの行く手正面を見据えていた。
グギャオォォオオオ!!!
すると突然空から巨大なドラゴンが現れた。
「こりゃあ、ソア山脈に住むっていうドラゴン『ダイカンボー』だな。ステーキにすると旨いらしい。こいつがいるってことは目的地の村も近そうだな」
凄まじい迫力のドラゴンにタカオミは少しも動じていなかった。目の前の猛々しいドラゴンはとてもステーキなどになってくれそうにない。むしろ悟たちがドラゴンのおやつになる方が自然のように見える。
「……こいつはちょっと骨が折れそうだな。アオイ、任せていいか?」
「……え?アオイが?大丈夫なの?」
するとアオイはすぅっと前に出る。
「ちょうどいいわ。悟、あなたに私の戦う姿を見せるのは初めてね。よく見ておいて。私守られているだけの女じゃないってこと証明するわ」
そう言ってアオイは眼帯を外した。今までは雑魚しか出てこなかったので全てタカオミと悟が倒していた。
「『ワールドイズマイン』!!」
アオイがそれを唱えるとアオイの目が青く光る。そしてアオイを中心に灰色の領域が展開されていく。それは半円状に広がっていき、アオイ達とドラゴンをすっぽり包み込んだ。
「あ、あれ?体が動かない!?」
悟は自分の体が動かないことに驚く。アオイは慣れた様子で今度は手のひらサイズの木箱を取り出してそれに何か語り掛ける。言い終えるとそのままスタスタとドラゴンの方に歩いていく。アオイ以外誰もその空間の中で動くことは出来ない。
「……ごめんなさい。あなたにうらみはないのだけれど」
アオイは少し悲しそうにそう言うとドラゴンの前足に片手を置く。
「……アブソリュート・ゼロ」
その一瞬でドラゴンは氷漬けになる。悟はそれが氷属性最強魔法だと知っていた。なんとアオイはわずか11歳という若さで氷属性最強魔法を使ったのだ。ぶっちゃけ悟は驚きすぎて考えが追い付いていない。
「……終わったわ」
その瞬間灰色の空間が消滅し、悟は自分の体が動けるようになったのを確認する。
「ん?なんだ?」
その時悟の頭に何かが降ってきた。悟はそれを拾い上げる。掌を広げたぐらいの大きさ白い板のようなものだった。例えるならそれは魚の鱗に似ていた。
「ああ、それね、『ワールドイズマイン』を使うと空間の境に出来る幕のようなものなんだけど、効果を切るとなぜかそれだけ残って周囲に散らばるのよね」
悟はそれを聞いてアオイ達が『白鱗』と呼ばれている理由が分かった気がした。
「どう?私結構強いでしょ?」
そう言ってアオイは笑うのだった。
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