第3話 目標設定とチュートリアル

「雫、ねえ雫! 私、《ファンタジーフロンティア・オンライン》始めたの、一緒にやろう!!」


「却下」


 日が昇り、目を覚ました私は諸々の家事をこなした後、朝ご飯を運ぶついでに逸る気持ちを抑えて雫を誘うも、返って来たのはそんな無情なる返事。

 まさかの対応にがっくりと項垂れる私を後目に、雫は扉を少しだけ開けたかと思えば、朝ご飯を持って再び部屋に引っ込んでいった。

 流石にこれは見過ごせず、すぐに顔を上げた私は必死に愛しの妹へと懇願する。


「なんでぇ!? 蘭花から聞いたよ、雫も同じゲームやってるんでしょ!? せっかくだからお姉ちゃんと一緒にやろうよぉ!!」


『同じゲームでも、私はもうサービス開始した半年前からやってるガチプレイヤーだから。私が普段活動してる狩場、敵が強すぎて初心者のお姉ちゃんじゃついて来れない』


「ついて行くから!! お姉ちゃん気合でついて行くからぁ!!」


『いくらお姉ちゃんでも、ゲームの中は気合じゃどうにもならないの。このゲームはプレイヤースキルが物を言うことも多いけど、最低限のレベルがなきゃそもそも敵にダメージを通すことも出来ないんだから』


「じゃあ、強くなれば! 強くなれば一緒に遊んでくれる!?」


『強くなればね。せめて、森林エリアのフィールドボス相手に討伐三分切れるようになってから言って』


「分かった!! お姉ちゃん頑張るね!!」


 よぉーし、漲って来たぁ! 今日はノンストップでゲーム三昧だぁ!! 絶対強くなってやる!!


『……頑張らなくていいから、今日はちゃんと寝なよ』


「いやそれ、雫には言われたくないから!! いつも私より遅くまで起きてるでしょ!?」


 確かに、昨日はちょっと初期設定の諸々で夜更かししちゃったけど、雫だっていつも遅くまで起きている。

 だからそう反論するも、扉越しに返って来たのは深い溜息だった。


『私は不登校の引きこもりだから、眠ければ昼間にいくらでも寝られる』


「そんな不健康な生活送っちゃいけません! 良い子はちゃんと夜に寝て朝起きる生活送らなきゃダメだよ!?」


『そもそも、お姉ちゃんほど早起きしないから、昼寝を抜いてもお姉ちゃんよりは寝てる。お姉ちゃんこそ、少しは自分の健康に気を使いなよ』


「私は学校で仮眠取ってるから平気!」


『それ、私と同じでは?』


 鋭いツッコミに、見られてないと分かっていながらそっと目を逸らす。

 うん、つい勢いで口が滑ったけど、思いっきりダブルスタンダードだったよ。やらかした。


『……ともかく、私のことは放っといて。何ならご飯も自分で出前頼むから、作らなくていい。お金だって別に困ってるわけじゃないんだし、何ならバイトもやめられるでしょ』


「いや、それじゃあ栄養が偏るし、私は絶対作るからね! お金だって、将来のためにちゃんと貯めておかないとだし!」


 いや、VRギアを買っておいてその言い分もなんだけどね……。

 うん、出来れば雫みたいに、懸賞とかで当てたかったよ。昨日の今日でそれは無理だけどさ。


 ただ、今度はそれについて突っ込まれることもなく、雫は低いトーンのまま淡々と拒絶の意思を言葉に乗せる。


『……なら、その栄養が整ったご飯とやらをそろそろ食べたいから、帰って』


 それっきり、雫からの交信(?)は途絶え、代わりにカチャカチャとお皿の鳴る音が聞こえて来るようになった。どうやら、本当に朝ご飯を食べ始めたらしい。


 うぅ、同じゲームを始めれば、雫と一緒に遊べると思ったのにぃ……そもそも帰れって、私の帰る家はここだよぉ……ぐすん。


 ううん、諦めるのはまだ早い。強くなれば一緒に遊んでくれるって、雫は約束してくれたんだから。こうなったら意地でも強くなって、そのフィールドボス(?)とやらをけちょんけちょんに叩きのめして、絶対に雫に認めさせてみせる!!


 でも雫の言う通り、私が初心者なのは確かだ。参考になる情報が少なすぎるし、まずは頼れる友人にどうするべきか聞いてみよう。


『あ、ごめん鈴音、私しばらくゲーム出来ないの』


「えっ、なぜに?」


 というわけで、部屋に戻って頼れる(?)友人こと蘭花に電話してみると、そんな返答が。

 理由を尋ねれば、非常に不本意そうな声で答えが返って来た。


『それが、隠してた数学のテストがママに見つかっちゃって、追試受かるまでゲーム禁止だって……』


「あー……」


 そういえば、蘭花はこの間の中間テスト、数学で7点とかいう冗談みたいな点数取ってたんだっけ。

 あれが見つかったならまあ、そうなるのも仕方ないよね。


『あ~、私にも鈴音みたいな頭の良さがあればな~。テスト勉強なんてしないで、ゲーム三昧出来るのに』


「蘭花の場合、ゲームばっかりで勉強してないのが悪いんでしょ、もう」


 確かに私は物覚えが良い方だと思うけど、蘭花の場合は自業自得だ。

 そう指摘すると、『ぶ~』とむくれたような声が返って来た。


『はあ……まぁ、そういうわけだから、しばらくは鈴音一人でFFO頑張ってね』


「う、うーん。私、初めてなのに一人で大丈夫かなぁ」


『大丈夫、適当にやってれば何とかなるよ、鈴音だし』


 信頼されているのか何なのか、蘭花はどこまでも楽観的にそう言った。

 少し不安はあるけど……まあ、とりあえず「レベルを上げて強くなって、森にいるボスを三分以内に倒す」っていう目標はあるわけだし、何とかなるのかな?


「分かった、とりあえずやってみる。蘭花も、勉強頑張りなよ。再追試になんてなったら、当分ゲーム出来なくなるんだからね」


『うぐぐ、分かってるよ。それじゃあね』


 ピッ、と通話が切れたのを確認すると、私は少しばかり肩を落とし……パシンッ! と頬を張って、気合を入れた。


「よしっ、どうなるか分からないけど、いざゲームスタート!!」


 完全なる初心者のまま、誰の案内もなしに始めるのは不安もあるけど、同時に少しワクワクもしてる。

 果たして、雫や蘭花が夢中になっているのは、どんな世界なのか。

 そんな期待を胸にVRギアを被り、FFOを起動する。

 初期設定は済んでいるからか、最初みたいな電脳空間に入ることもなく、突然真っ白な光に包まれ――目を開けると、そこに広がっていたのは、どこまでも広がる無限の青だった。


「う、わぁ……!!」


 雲一つない蒼天と、透き通るような紺碧の海。水平線の果てで二つの青が混じり合い、差し込む太陽の光が一面の青の中で宝石のようにキラキラと輝く。

 そんな光景を眺める私がいるのは、波間に揺れる船の上。古き良き木造帆船が、風の力を受けてぐいぐいと進む振動が足に伝わって来る。

 漂ってくる潮の香り、跳ね上がる水飛沫が肌に冷たく、本当にここがゲームの中の世界なのかと思わず問いたくなるくらい、私の五感を刺激して止まない。

 今時のゲームって、こんなことになってたのか~。こんなすごい光景がずっと続いてるなら、確かに夢中になるのも頷けるかも。


 そんな初めてのVR体験を楽しみつつ、他の乗客はと視線を巡らせてみると、この船に乗っているのは誰も彼もよく日に焼けた逞しい大男ばかりなことに気が付いた。

 服装も同じ色のバンダナと薄いタンクトップという出で立ちで統一されていることを思えば、多分みんなNPCノンプレイヤーキャラクターなんだろう。

 その中でも特に人懐っこい笑みを浮かべた男の人が、私のところへ歩いて来る。


「よう、お前もこれから《幻想大陸ファンタズマ》に向かうんだろう? 準備はもうバッチリなのかい?」


「準備?」


「ああ。まだだって言うなら、良ければ俺が色々と教えてやるぜ? お前みたいな冒険者をあそこまで送るのは初めてじゃないんだ」


 その途端、私の頭にポーン、と音が鳴り、目の前に突然メッセージウィンドウが現れた。

 えーっと、なになに……『チュートリアルクエストを受注しますか?』か。


「チュートリアルか、これは受けておかないとね」


 ポン、とOKの文字をタップすると、私自身が特に何かを答えるまでもなく、NPCの男が鷹揚に頷いた。


「いいぜ、じゃあ俺がしっかりと、あの大陸で生きるためのコツを教えてやろう」


 そう言って、男の人は色々と基本的な機能について教えてくれた。

 メニュー画面にある各項目の用途や、装備品についての説明。

 それから、恐らく一番大事なスキルについての説明だ。


「スキルは、戦闘や探索で大いに役に立ってくれる。スキルにはいくつか種類があり、誰でも覚えられるもの、特定の職業の人間しか覚えられないものと色々あるが、中でも第一に覚えておかなければならないのが《攻撃スキル》だ! これを使えると使えないとでは、《幻想大陸》を生き抜く上で大きな差が出るぜ。さあ、試しにそこで撃ってみな」


 ポーン、とまたもやウィンドウが現れ、そこにはスキルの発動方法について詳細が記されていた。どうやらスキルの名前を叫べば、後はシステムが勝手にそれを感知して発動してくれるらしい。

 どうせこれを出すなら、このNPC必要だった? と思わなくもないけど、せっかくのVRゲームで全部ウィンドウ進行じゃ味気ないし、これはこれでありなんだろう。


 というわけで、そんな些細なことは横に置いておいて、早速スキルを使ってみる。


「《マナシュート》!!」


 私がそう叫ぶと同時、初期装備として手に持っていた《木の杖》から白い光の弾が飛び出し、海面に向かって飛んで行った。

 おお~、これがスキル……何だか本当に魔法使いになったみたい。凄い。


「筋がいいじゃねえか。魔法系のスキルは他と違って、CTクールタイムとは別に多くのMPを消費するから、残りのMP量には注意しろよ」


「はーい」


「それじゃあ、次のステップだ。スキル発動の感覚を掴むのはいいが、実際にあの大陸で対峙するモンスターは動き回って襲い掛かって来る。俺が軽く相手になってやるから、それでモンスター相手の立ち回りを掴め」


 またもポーン、と表示されたウィンドウには、『《船乗りの男》をスキルで攻撃しろ』と書かれていた。えっ、攻撃しちゃっていいの?

 まあ、本人も相手になるって言ってるんだし、いいよね?


「行くよ、《マナシュート》!!」


 再びスキルを使い、光の弾丸を船乗りさん目掛け発射する。

 それは、狙い違わず船乗りさんの腹部に命中して……


「どうした、本気で来い! そんなんじゃ生き残れねえぜ?」


 そのHPを僅かばかり削って、その効果を終了した。

 あれえ? なんか思ってたのと違う。船乗りさんも全く動じてないし。


「おかしいな……《マナシュート》!!」


 もう一発撃ってみるも、結果は同じ。

 二発、三発と続けて、HPがようやく三割ほど減ったものの、やっぱり弱い。


「へへ、まあまあだな。それじゃあ、今度はこっちから行くぜ! 避けてみな!」


 首を傾げる私に、船乗りさんが拳を握りながら躍りかかってくる。見れば、クエスト内容が『《船乗りの男》の攻撃を回避せよ』に変わっていた。


 まあ、これは簡単だね。チュートリアルだからか、船乗りさんの動きはそこらの不良学生並でしかない。

 向かってくる拳をひょい、と躱すと、船乗りさんは少しばかりたたらを踏みながら、私を通りすぎたところでもう一度ファイティングポーズを取る。


「いいねえ、それじゃあ、そろそろ俺も本気を出すから、上手くやれよ!」


 ポーン、とまたクエスト内容が変わり、『《船乗りの男》を倒せ』となっていた。

 ここからは、制限なしでバトルかな?


「せいやっ!!」


「おっと! 《マナシュート》!」


 船乗りさんが殴りかかってきたのを、ひらりと回避。横っ腹に《マナシュート》を撃ち込んでみるも、さっきと変わらずとっても弱い。

 うーん、距離の問題で威力が下がってるとか、そんな様子もなし。この船乗りさんが強いのか、それとも私のやり方が何か間違ってるのか……うーん。


「せいっ!!」


 と、考えている間にも、船乗りさんは容赦なく襲ってくる。

 もう、一時停止とか出来ないのかな? これじゃ考えることに集中出来ないよ。

 仕方ない、ちょっと寝かそう。


「よいしょっ」


「うおぉ!?」


 飛んできた拳を躱しつつ、その勢いを殺さないように掴んで、思い切り投げ飛ばす。

 体格差を無視したかのようなこの技は、もしも可愛すぎる雫が悪漢に襲われた時に助けられるようにと、中学時代にその道三段(自称)の先生から習った物だ。

 いっそ武道の道に進んでみたら? と言われるくらい筋が良かったらしいけど、その特技はゲームの中でも健在らしい。

 船乗りさんの体は、幼女みたいな今の私の手で冗談みたいにくるりと回り、甲板に叩き付けられた。


「ぐう!? や、やるじゃねえか……」


 呻きながら立ち上がる船乗りさん。その頭上に示されたHPバーを見て、私は首を傾げる。


 ……あれ? なんかスキルで攻撃するよりたくさんダメージ通ってるんだけど、なんで?


「《マナシュート》」


 試しにもう一発、魔法スキルで攻撃してみるけど、ダメージは少し。

 そんなものは知らないとばかりに突っ込んで来たから、拳を回避しつつそのどてっ腹を杖で殴りつけてみる。


「ぐあぁ!?」


 またしても、冗談みたいに吹っ飛ぶ船乗りさん。

 魔法スキルじゃ何発も撃ち込んでやっと三割削れるくらいだったHPが、たった一発で同じくらい減少し、そのままゼロに。


 あれぇ? やっぱり殴った方が強いんだけど、なんで? 《魔術師》って魔法で戦う職業じゃないの?


「やるじゃねーか、お前。それなら、あの大陸でもやっていけそうだな」


 私が疑問を覚えている間に、いつの間にやら復活した船乗りさんが、笑顔で肩を叩いてくれる。

 大分一方的にボコった気がするけど、それでもこんな言葉をかけてくれるなんて優しい人だね。


 そう思っていると、頭の中でクエスト達成のファンファーレが鳴り、報酬として3000クレジットというお金が手に入った。


「その金は餞別だ。俺はいつでも港にいるから、分からないことがあったらいつでも聞きに来るといい、達者でな!」


 男の人を言われるがままボコったら、お金を貰えた上に応援までして貰っちゃいました。

 うん、字面だけみるとわけがわからない状況だけど、まあゲームだしね! 深く考えたら負けだよね!


「はい、ありがとうございました!」


 というわけで、素直にお礼を言っていると、いつの間にやら港に着いたらしい。

 ついさっきまで、陸地なんて影も形も見えなかった気がするけど、これまたスルーを決め込んで船を降りる。


 すると、そこに広がっていたのは、掘っ立て小屋だらけのベースキャンプだった。

 なんとも急繕いな感じが漂っているものの、船の中の様子から一転して、色んな武器やら鎧やら、変な民族衣装を着こんだ人がいる、活気に満ち溢れた賑やかな空間。


 プレイヤー達の冒険を支える、始まりの街だ。


「さーて、いっちょやりますか! 待っててね雫、お姉ちゃん、絶対強くなってみせるから!」


 チュートリアルを済ませたのに、未だに分からないことだらけだけど……やるべきことは決まっている。

 ぱしんっ、と頬を張って気合を入れ直した私は、早速モンスターと戦うべく、ベースキャンプの外へ向かって駆け出すのだった。

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