最終章 撲殺魔女と大規模レイド
第107話 倒れた原因と天敵襲来
「お姉ちゃん……!」
「あ、こらっ、雫ちゃん、そんなに慌てないの! もう……」
車から飛び降りるなり、病院に向かって一目散に走り出した私の耳に、蘭花さんの咎めるような声が聞こえてくる。
それでも構わず走り続ける私に、かける言葉が見付からなかったのか。「人とぶつからないようにね!」とだけ聞こえてきた。
言われるまでもないことではあるけど、正直今の私にそれを気にかける余裕はない。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……!」
思い出されるのは、昨日の光景。私の前で、お姉ちゃんがぐったりと倒れている姿。
いつも元気で無駄にパワフル、邪険に扱おうが拒絶しようが纏わり付いてくるお姉ちゃんが、いくら呼び掛けても反応してくれなかった時、私は本気でこの世の終わりかと思った。
一応美森さんからは、ただの貧血みたいなもので命に別状はないって聞かされてるけど、やっぱりこの目で見ないことには全く安心出来ない。
「はぁ、はぁ、はぁ……! 確か、304って……!」
エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け上がる。
普段運動をしない私に体力なんて無いも同然だけど、今この時ばかりは心臓と肺が破裂しても構わないと限界を越えて走り続ける。
三年前まではこの病院の常連だったのもあって、迷うことなく病室に到着。勢い良く中に突入した。
「――お姉ちゃん!!」
「わっ、雫! お見舞い来てくれたの? ありがとー!」
飛び込んだ私の視界に飛び込んできたのは、いつもと変わらないお姉ちゃんの笑顔。
点滴に繋がれ、入院服に身を包んだ姿ではあったものの、元気そうな姿に私は思わず涙ぐんだ。
「えっ、あっ、ちょっ、雫……!?」
「おねえちゃぁん……!!」
もう、限界だった。
私は相手が倒れたばかりの病人だってことも忘れて、その胸元に飛び込んでしまう。
「良かった……お姉ちゃんが無事で……良かったよぉ……」
「……心配かけてごめんね、雫。もう大丈夫だから」
すがり付く私を抱き締めて、そっと頭を撫でてくれる。
本当は、私こそがお姉ちゃんを元気付けてあげなきゃいけない立場なのに、今の私には泣くことしか出来なかった。
「やっほー鈴音、元気ー?」
「鈴音ちゃん、おはよう」
「蘭花! 美森さんも、おはようございます」
そうしていると、少し遅れて蘭花さんと美森さんの二人が病室に入ってきた。
お姉ちゃんのことで頭がいっぱいで、二人のことがすっかり頭から抜けてたことを思い出した私は、気まずさからますますお姉ちゃんにくっついてしまう。
「あら、雫ちゃんも無事に着いてたみたいで良かったわ。この子、昨日はすごく心配してたのよ、夜も眠れないくらいにね」
「そうなんですか?」
話題に出され、流石に黙り込むことも出来ずに顔をあげる。
たぶん、というか間違いなくひどい顔をしてるだろう私の額に、お姉ちゃんはそっと口付けを落とした。
「ごめんね、疲れたでしょ? ここ個室だから、少し一緒に寝ていく?」
「……ううん、平気。それよりお姉ちゃんこそ、本当に体大丈夫なの?」
すごく魅力的な提案ではあるけど、ようやく少し落ち着いた私としては、お姉ちゃんの体がやっぱり心配だ。
見た感じ元気そうに振る舞ってるけど……そんなの、倒れる直前も同じだったし。その点に関しては信用出来ない。
「あはは、大丈夫だって、ちょっとお医者さんが大袈裟にやってるだけで、何ならすぐに退院したって問題ないよ」
「なに言ってるの、"最低"一週間は入院しなさいって言われたでしょう?」
笑い飛ばそうとするお姉ちゃんに、美森さんから呆れたような指摘。
ピシリ、と動きが止まったその様子を見るに、どうやら本当のことみたい。
「お姉ちゃん……」
「い、いやほら、それもちょっと大袈裟に言ってるだけだって」
「でも帰ったらまた無理するでしょ? その歳で過労死なんて笑えないよ?」
「え……」
蘭花さんの口から過労死という言葉が飛び出したことで、ようやく私はお姉ちゃんが倒れた貧血とやらの原因を理解した。
この三年間、家事に学校にバイトに、家では私の世話までしてきたそのツケが、ついに来たんだ。
「ごめん、お姉ちゃん……私のために、こんなことになるまで……」
「し、雫のせいじゃないって! 私が好きでやってたことなんだから!」
落ち込む私にそう言いながら、お姉ちゃんは少しばかり非難がましい視線を蘭花さんに向ける。
でも、向けられた方はそれに怯むことなく、お返しとばかりに額にデコピンをかました。
「あうちっ!」
「むしろ、好きでそこまで追い込まれてる方が問題なの。いくら超人みたいなスペック持ってたって、人間には限界ってもんがあるんだから。雫ちゃんをこれ以上泣かしたくないんなら、今はちゃんと休んで、少しは加減ってものを覚えるように」
「うぐぐ……はーい」
ぐうの音も出ない正論を受けて、お姉ちゃんはがっくりと肩を落とす。
それでも、やっぱり心配なのか。お姉ちゃんは私の方をちらちらと窺い見ていた。
「大丈夫よ鈴音ちゃん、入院してる間、雫ちゃんの面倒は私達がちゃんと見るから」
そんなお姉ちゃんの心配を払拭するように、美森さんがドンと胸を叩く。
確かに、これまで美森さんには何度もお世話になってきたし、ここで頼るのも自然な流れ。
だけど……本当にこのままでいいのかって、私の心が囁き続ける。
「うー、よろしくお願いします、美森さん……」
お姉ちゃんも賛成なのか、ペコリと頭を下げる。
何か言わなきゃと思うのに、中々言い出せない。
「その必要はない」
そんな、どこかモヤモヤした私の気持ちを吹き飛ばすように、病室の中に重々しい声が響く。
まさか、と、私も、お姉ちゃんも目を見開きながら声のした方に振り返り……そして、想像通りの人がそこにいた。
がっしりとした体格に、彫りの深い顔立ちの大男。
私達姉妹にとって、どことなく懐かしさを漂わせながらも、記憶に残るそれとは明らかに違う厳しい眼差し。
死んだお父さんの兄弟にして、私達姉妹の今の保護者、鈴宮
「叔父さん……? どうしてここに……仕事は?」
「姪が倒れたと聞いて呑気に仕事をしているほど、俺も薄情ではないつもりだ」
この上ない正論だけど、この人の職場も、住んでいる家も、県外にあるはず。それが、昨日の今日でここまで来るなんて思いもよらなかった。
ううん、それよりも……。
「必要はないって、どういう……?」
「そんなもの、決まっているだろう」
嫌な予感を覚えながら、辛うじて紡いだ疑問の言葉。
それに対して叔父さんは、あくまでも冷徹にこう言った。
「雫はうちで預かる。その方が互いのためだろう」
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