第94話 ナンパ男と宣戦布告
綺羅びやかな全身鎧に身を包み、アーサーと名乗った男性プレイヤー。
その姿を見て、ココアの口から「げえ」と露骨な嫌悪の声が漏れる。
「アーサー……どうしてこんなところに」
「おや、君も初めましてだね? もしかして俺の配信を見てくれるファンの子かな? これからもよろしく頼むよ」
『こいつまーた女の子口説いてんぞ』
『飽きないねえw』
キザったらしい態度でココアを口説くこの男は、どうやら配信者らしい。見れば、彼の横には私と同じ光の玉が浮いていて、コメントが流れていくのが見える。
なるほど、つまりこいつは私達の商売敵でオーケー?
「どうだろう? こちらも今日のところはソロなんだ、ここから先は一緒に攻略しないかい?」
すっと、これまた自然に手を差し伸べるアーサーさんの手を、今度は私がココアの前に割り込むことで掴み取る。
にこっと、人好きしそうな笑顔を浮かべる彼の手を……私は持ち得るATK補正の限り握り潰さんと力を込めた。
「あだだだだだ君力強いねATKいくつ!?」
「んー、今は400くらいでしたかねー?」
「強っ!? その魔術師っぽい装備で俺の倍!? ところでそろそろ離してくれると嬉しいななんかちょっとずつダメージ入り始めてるから!!」
「ふふふ、私のココアに手を出すモンスターはそのまま死に戻ると良いですよ?」
「辛辣だな君!?」
『アーサーまたフラれてやんのwww』
『こいつも懲りねえなぁw』
『よりによってそのコンビに手を出すとか自殺行為だわw』
『百合の間に挟まろうとする男は死すべし』
『慈悲などない、やっちまえベルちゃん!』
ぬおおお!! と叫びながら悶え苦しむアーサーさんの姿に、アーサーさんの配信視聴者も私の配信視聴者も大盛り上がり。
この様子を見るに、この人も結構な人気配信者なのかな? コメントの流れる量が私より多いくらいだよ。でも、その内容はほぼ現状を楽しんでる様子。ふむ。
「一応聞くけど、ココアはこの人知ってるの?」
「知ってはいる。FFOでも
「わぁお」
大体予想通りだけど……そうか、ゲームの中だから、人気者と遊び半分で付き合う人も多いんだね。で、来るもの拒まずでハーレムしてると。
うん、そこまで突き抜けると逆に清々しいね。私は欠片も良いと思わないけど。
それに、いくら清々しかろうとココアに手を出させる気は全くないし。
「それで、手を取ってくれたということはパーティ結成に同意してくれたということでよろしいかな!?」
「握り潰されそうになってる中でよくそんな発想出てきますねー」
「ふっ、こんなキャラクター、常にポジティブでなければ維持出来ないさっ!!」
「あ、割と無理してたんですね……」
なら普通の紳士になればいいのに、あくまでナンパ男を貫かなきゃいけないのが配信者の辛いところか。大変だなぁ。
まあ、それはそれとして。
「ごめんな、さいっ!!」
「ごっふぅ!?」
握った手を大きく振り回しながら、思い切り地面に叩き伏せる。いやうん、普通に断っても良かったけど、この人の視聴者さんにも期待されてるっぽかったから、ここは派手にね?
「ぐ、ぐぅ……そ、そうか、残念だ……」
そしてココアの情報通り、それほどねちっこくはないようで、あっさりと引いてくれた。
……と思いきや、「だが!」と元気良く立ち上がるなり、またも私に爽やかな笑顔を送る。
「配信者同士、せっかくこうして出会えたんだ。どうせだから、コラボ企画などどうだい?」
「コラボ?」
「ああ。俺としても、たまには普段と違った形で配信したいと思っていてね、お互い良い刺激になると思うのだが……どうだろう? もちろん、断ってくれても構わないし、勝った負けたで何かしら要求するつもりもない」
つい今しがたまでの軟派な態度は少し鳴りを潜め、真面目な感じの提案を受ける。
ふむ、コラボかぁ……考えたことなかったけど、面白そうかも? この人も配信者なら、下手なことして視聴者さんの不興は買いたくないだろうし、そういう意味ではその辺りの野良プレイヤーより信頼出来ないこともない。
「具体的に、どんなコラボを?」
「決闘でもいいが、せっかくの新エリアだ、どちらがここの頂上……そこに巣食う悪魔を討伐できるか、なんてどうだい?」
にやりと口の端を釣り上げて、指差す先は回廊を登り詰めた先に聳え立つ、大きな城。
あまり気にしてなかったけど、最初の頃より随分と近付いたからか、改めてその威容が見てとれて、まだ距離があるのに圧倒されそうだ。
そっか、あそこに悪魔なんているんだ。それで、そいつが最後のボスと。
「フィールド攻略の速度から競ってもいいんだが、これはさすがに公平とは行かないからな。その点、ボスモンスターならパーティごとにエリアが切り替わる都合上、時間を合わせれば勝負もしやすいと思うんだが」
「んー、私達は今二人でやってますけど、ボスは四人で攻略するつもりですよ? それでもいいんですか?」
「構わないさ、こちらもさすがにボスにソロで挑む気はない、ギルメンから選りすぐったメンバーで挑ませて貰う」
私の懸念も笑って流し、いよいよ断る理由が無くなってきた。後は精々、ボスに挑む時間を合わせるくらいか。
でも……ただ競うだけじゃ、やっぱり面白くないよね。
「分かりました、コラボ配信、私の方はやってもいいですよ。ただし、条件があります」
「ふふ、なんだい? 君のようなお嬢ちゃんの頼みなら、大抵は聞いてあげるが」
「私と戦え」
この一言は予想外だったのか、アーサーさんの表情が初めて驚きに染まり固まってしまう。
その反応に満足しつつ、私はびしりと指を突きつける。
「ボス戦闘のタイムアタックだけじゃコラボって感じがしないでしょう? 討伐が終わったら、タイムの差に合わせて私とあなたでハンデマッチの一騎討ちやりましょっか」
ハンデマッチは、レベル差のあるプレイヤー同士が対等の条件で戦えるよう、細かく制限をつけて行える決闘システムだ。
HP量、各種ステータス、使用可能スキルなどなど、色んな条件が設定出来る。
「あなたが勝ったら、後日にでも"私が"一緒にパーティ組んで、またコラボ配信していいですよ」
「ちょっとベル!?」
一騎討ちだけならまだしも、勝ち負けの対価まで付けたことで、ココアまでもが目を剥いて私に詰め寄ろうとする。
ふふ、ごめんね? でもさ、やっぱりこういうのがないと盛り上がらないじゃん。せっかく戦うならね。
それにほら。ロールプレイだろうとなんだろうと、妹に手を出そうとする男なんて……お遊びじゃなくて、一度全力で叩き潰しておかないとね? ふふふふふ……。
「代わりに、私が勝ったらゲーム内で一つ、買って欲しいのがあるんですよね。凄く高いけど……この条件でどうです? 受けます?」
露骨なまでの私の挑発に、アーサーさんはしばし目を瞬かせ……顔を覆いながら、大声で笑い始めた。
「はははは! いやぁ参った、可愛らしいお嬢ちゃんかと思えば、とんだじゃじゃ馬ちゃんだったか。これは、手を出す相手を間違えたかもしれないね」
『今更かよw』
『というか、アーサーが手を出したこと後悔するなんて初めて見たぞ!?』
『ベルちゃんパねえ』
『そりゃあベルちゃんだしな』
『違いない』
アーサーさんの言葉に反応して、コメント欄も謎の盛り上がりを見せる。
ちょっと待って、私だから何? 女の子の扱いに入らないとでも? 泣くよ? 私泣いちゃうよ?
「さて……君の出した条件だけど、全て呑もう」
私が視聴者さん達を睨み付けていると、ひとしきり笑い終わったアーサーさんがそう言って、笑みを浮かべる。
さっきまでの人好きのする柔らかな笑みとは違う、好戦的な獣のような笑みを。
「細かいことは追ってメッセージで伝えるよ。戦う時を楽しみにしているよ、お嬢ちゃん」
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