第9話 雫の独白①

 私の名前は鈴宮雫。どこにでもいる普通の引きこもりゲーマーだ。

 最近特にハマっているゲームは、《ファンタジーフロンティア・オンライン》――FFOと呼ばれているそれ。

 サービス開始初期からやっているだけあって、私のキャラクターである“ティア”はトッププレイヤーとしてそれなりに有名にもなってきたんだけど……今、私はちょっとした理由で、サブアカウントを作ってプレイしてる。


 なぜかと言えば、そう。


「はい! ココアちゃん、これでいい?」


 お姉ちゃんが、このゲームをやり始めたからだ。


「うん、バッチリ」


 なぜか美幼女と化し、更にフリフリの魔法少女衣装に身を包んだ姉をカシャカシャとスクショで撮りながら、私は今日のやり取りを思い出す。


 お姉ちゃんは、突然めっちゃくちゃ高いVRギアを買って来たかと思えば、なんと徹夜で設定をし、朝になるなり一緒に遊ぼうと言い出した。


 とりあえず、ゲームよりも前に寝ろ。


 そんな私の(心の中での)ツッコミも虚しく、どこまでもやる気満々なお姉ちゃんの申し出を、私は一度断った。

 明らかに寝不足だろうと思ったから、っていうのも無くはないけど、それ以上に。

 ……ネット上での私を、見られたくない。

 いや、うん。ネットの私って普段と大分テンションが違うし、お姉ちゃんには見られたくないというか……分からない? この気持ち。

 って、誰に言ってるんだ私は……。


「それにしても、装備品の代金、こんなことでいいの?」


「うん、いいの」


 首を傾げるお姉ちゃん……ベルにそう言いながら、私は再びアイテムボックスを漁り出す。


 ともかく、一度は断ってしまったけど、別にお姉ちゃんと遊びたくないわけじゃない。ただ、一度作り上げた"ティア"のキャラを崩したくないのと、それを知られたくないだけで。

 とはいえ、あんなを出しておいて、今更実は一緒に遊びたかったなんて言えるわけがない。

 そんな時、お姉ちゃんが早速装備の調達で手間取ってると聞いた私は、"私のフレンド"という仮面を被ったサブキャラ、"ココア"を作って、さりげなく支援してあげることにしたのだ。


「ベルは可愛いから、このスクショだけでも四万クレジットくらいの価値は十分ある」


 その一環として、装備品を私に作って貰うだけの資金がないお姉ちゃんには、私が用意した装備を着けて被写体になって貰うことを条件に、特別にタダで作ってあげることにした。

 たかが四万クレジット、少しゲームを進めればすぐ稼げるようになるし、これくらいのサービスは許容範囲だろう。

 というか、このスクショだってブログに掲載したらアクセス伸びてリアルマネー稼げそうだし。いや、やらないけどさ。これは私のコレクションにするから。


「そうかな? あはは、そう言って貰えると、頑張って作った甲斐があるね!」


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、お姉ちゃんは容姿を褒められて満更でも無さそうに自分の頭を撫で付ける。


 正直に言うけど、めちゃくちゃかわいい。なにこれ? 今すぐ抱きしめたいくらいなんだけど?

 いやうん、分かってるよ。この中に入ってるのはお姉ちゃんで、このキャラは私を篭絡するためとかいう、大分ふざけた理由で徹夜してまで作ったキャラだっていうのは分かってる。

 でもさ、普通ここまで作り込む? ばかじゃないの本当に。


 まあ、うん、私のためにそこまでしてくれたっていうのは、嬉しいけどさ……。


「じゃあ、次はこれね」


「いいけど……ココアちゃん、初心者って聞いた割にはすごいたくさん装備持ってるね」


 続けて取り出したメイド衣装を見て、お姉ちゃんはそんな疑問を抱いたらしい。

 でも大丈夫、その言い訳ならばっちり考えてある。


「初心者装備よりは性能が良いけど、ガチで使うには厳しいネタ装備で、アイテムボックスの肥やしになってていらないからって、ティアに譲って貰った」


「なるほど。確かに性能良いけど……そっか、ガチだとこれよりもっと良いんだね」


 基本的に人を疑うことを知らないお姉ちゃんは、こんな私の説明にあっさりと納得する。

 本当に、私なんかと違ってなんでも出来る癖に、お人好しなんだから。


 私なんか居なければ、もっと楽に生きられたはずなのに。


「ねえココアちゃん。ココアちゃんはティアのフレンドなんだよね? あの子、ゲームの中ではどう? 楽しんでる?」


 今だってそうだ。せっかくゲームやってるんだから、私のことなんか忘れて楽しめばいいのに、すぐに私の話をする。

 それが嬉しくもあり……辛くもある。


 私の存在が、お姉ちゃんの重荷になっている気がして。


「大丈夫、いつも楽しくやってるよ。フレンドもたくさんいるし、みんなから頼られてる」


 普段引きこもってる私しか知らないお姉ちゃんじゃ想像出来ないかもしれないけど、これは本当のことだ。ゲームは楽しいし、フレンドも……まあ、それなり? にいる。

 頼られてるっていうのも、別に嘘じゃない。何せ、私がやってるゲーム実況動画や攻略ブログはかなりのアクセス数を誇っていて、それなりの収入源になってるくらいなんだから。

 VRギアだって、お姉ちゃんには懸賞で当たったとか適当に誤魔化したけど、実は自腹で買っているのだ。これを知ったら、お姉ちゃん驚くだろうなぁ。ふふふ。


 とはいえ、このことを知っているのは、今のところ蘭花さんと美森さんの二人だけ。お姉ちゃんには、まだ内緒にして貰ってる。

 いつか、今よりももっと人気なゲーマーになって、一人で食べていけるくらいになって……そうしたら、全部打ち明けたい。


 私だって出来るんだって。

 お姉ちゃんがいなくても生きていけるんだって。

 だから……お姉ちゃんは、お姉ちゃんのために生きてって。


 そうしたら、私はきっと、小さい頃みたいにお姉ちゃんと正面から向き合える気がする。

 ずっとずっと……お父さんとお母さんが死んでから、自分の殻に閉じこもってゲームばかりしてきた私を、一生懸命守り続けてくれたお姉ちゃんに、ちゃんとありがとうって言える気がする。


 だから……。


「そっか……あの子も、私の知らないところで頑張ってたんだ。ふふっ、そっか、すごいなぁ」


 まだ、褒めないで欲しい。

 お姉ちゃんと違って、私はぐうたらなダメ人間だから。お姉ちゃんに、そんな風に認められたら……嬉しくて嬉しくて、これ以上歩けなくなっちゃう。

 私の目指す目標は、まだまだ先。こんなところで、止まってなんかいられないのに。


 でも……やっぱり、嬉しいことには変わりなくて。

 にやけそうになる顔を必死で堪えるけど、我慢できなくて。

 それを誤魔化すために、そっぽを向くことしかできない。


「うん? どうしたの、ココアちゃん?」


 メイド服装備に変わったお姉ちゃんが、そんな私の顔を覗き込んで来る。

 お姉ちゃんみたいになりたくて、何を間違ったか一時期は妹がメインヒロインのゲームばかりやり込んでいたせいで、本当に妹好きになってしまった私の性癖を直撃してくる、可愛らしい顔。


 もしお姉ちゃんが妹だったなら、私もお姉ちゃんみたいに、素直になれるんだろうか――

 そんな妄想が、私の目の前である意味現実になっている。


「ねえ、ベル。やっぱりもう一つだけお願いしていい?」


「お願い? いいけど、何?」


「しばらく、抱っこしたい」


 だから、ついさっきまで恥ずかしいからと我慢していたスキンシップを、気付けば自分からおねだりしていた。

 それでいいの? と首を傾げるベルに「いいの」と答えつつ、ぎゅっと抱きしめてみる。

 伝わってくる温かな体温と、小さな息遣い。

 華奢な体付きも、その柔らかさも、全部プログラムによって形作られた幻でしかない。

 お互いにアバターを被って、私なんて正体すら偽って、嘘だらけの空虚な抱擁、のはずなのに……


 ……懐かしい。


 まだ小さかった頃、お姉ちゃんに抱き着いた時の記憶が蘇る。

 でも、今は私が抱きしめる側。あんなに大きかったお姉ちゃんが、こんなにも小さい。


「ん~、えへへ、こういうの初めてで新鮮かも。温かくて気持ちいい……」


 私の腕の中で、お姉ちゃんがふとそんなことを言う。

 お姉ちゃんにとっては何気ない一言なんだろうけど、私にとっては色々と考えさせられる言葉だ。


 ……私には、お姉ちゃんがいた。どれだけ我儘を言っても、どれだけ邪険に扱っても、鬱陶しいくらいに世話を焼いてくれるお姉ちゃんが。

 でも、お姉ちゃんにはそんな人はいない。こうやって体を預けて、無防備に甘えられる相手はいないんだ。


「……じゃあ、また時々やってあげるよ」


「ココアちゃん?」


 それなら、せめてゲームの中でくらい、私がその役目を担いたい。

 まだ、現実の私は弱くて、素直になれなくて、めんどくさい妹のままだけど。

 “ココア”の仮面を被って、“ベル”の前にいる今なら。少しだけ、お姉ちゃんみたいになれる気がするから。


「疲れた時は、私がいつでも甘えさせてあげる。装備のこととはまた別に、ね?」


 この架空の世界では、私がお姉ちゃんのお姉ちゃんになる。

 いつか、私が自分の足で立って、お姉ちゃんを支えてあげられるその日まで。


 そんな誓いを改めて胸に刻みながら、私はベルをあやすように、いつまでもその頭を撫で続けていた。

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