第8話 雫のフレンド(?)とプレイヤーホーム
「まだかなー」
お昼を食べた後、FFOにログインして雫に言われた通り適当にレベル上げをこなした私は、ベースキャンプの中央広場でベンチに腰掛け、ゲーム内の柱時計をじっと見詰めていた。
雫の指定した時間まで、まだ三十分くらいある。でも、雫のフレンドがどんな人か気になって、レベル上げどころじゃなくなったんだよね。
落ち着かない内心のまま足をぶらぶらとさせ、頭の中はこれから来るであろう相手を夢想しぐるぐると回転を続ける。
「う~ん、雫は否定してたけど……あの子があんまり友達作るとも思えないし……」
我ながら酷い評価だとは思うけど、雫は昔から、人前で話すのが苦手なのだ。
どこへ行くにも私の背中に張り付いて、誰かが近づいて来ると背中にぴゃっと隠れて、夜寝るにも一人じゃ怖いからって布団に潜り込んで来て……うえへへ、可愛かったなぁ。
おっといけない、思考が脇道に逸れた。これ以上するとまたVRギアに異常を検知されて強制ログアウトだよ。
えーっと、何考えてたっけ? そうだ、雫の友達の話だ。
「だとすると、蘭花の友達かな? あの子なら、私の知らないゲーム仲間とかたくさん居そうだし」
うん、そう考えると妥当かなぁ。雫と一緒にゲームしてるくらいだし、きっと共通のフレンドもいるんだろう。
ぐぬぬ、私の知らない間に、雫の知り合いが増えている……ジェラシー。
絶対に強くなって、私もその輪に入れて貰わなきゃ!!
「うん? なんだろう」
そう思っていると、ポーン、ともはやお馴染みになりつつある音が響く。
メッセージ画面を開けば、そこには“ティア”という名前のプレイヤーから、フレンド申請が送られてきていた。
「あ、これ、雫のアカウントだ!」
すぐにそう察しが尽き、にんまりとした笑みが零れる。
最後に少し怒らせちゃったから心配だったけど、本当にフレンドになってくれるんだ。ゲームの中とはいえ、雫と繋がれるのは嬉しい。私からもメッセージ送っていいのかなぁ? うえへへ。
と、そんなことを考えながら、申請を受理しようとメッセージを開くと、そこには短くコメントがついていた。
『さっきはいいすぎた、ごめん』
「ふふっ、ほんと、可愛いなぁ雫は」
さっきというのは多分、私に死ねって叫んだことだと思う。結構ありふれてる言葉ではあるけど、私達姉妹にとっては少しばかり重い言葉。だから、勢いで言っちゃったことを反省してるんだろう。
漢字の変換すらされていない簡潔な文章が、素直に思ったことを口に出来ない雫らしくて、微笑ましさからつい頬が緩む。
何なら、このままメッセージを眺めてるだけで三十分過ごせそうな気分だけど、あまり時間をかけていると、今頃罪悪感でしょげているだろうあの子が可哀想だし、早く返事を書いてあげよう。『私は気にしてないから、元気出して』、と。
フレンド申請の受理と同時にそう返信すると、ものの数秒でまたメッセージが飛んで来た。
これまた急いで書きなぐったのか、ひらがなだらけの文字で『べつにおちこんでない!』と記されている文面がなんだか可笑しい。
「あはは、すぐムキになっちゃう雫も可愛いよ。と、もう一つメッセージ?」
いっそ思ったことをメッセージに書いて送ろうかと考えていると、そんな私を押し留めるように追加のメッセージがティアから届く。
そこには、『もうすぐ私のフレンドがそっちに行くから』と書かれていた。
「おっ、思ったより早いなぁ。さて、どんな子が来るやら……」
またも足をぶらぶらさせ、道行く人をきょろきょろと観察しながら、待ち人は誰かと探してみる。
そうしていると、これから装備を作って貰おうっていう相手を待っているのもあって、私の視線は自然とみんなが着けている装備品に吸い寄せられていく。
よくある西洋風の甲冑や、武士みたいに兜を被った人、お姫様みたいなドレス姿の人もいれば、忍者みたいな格好をした人もいる。
まるでコスプレ会場みたいな雑多な光景を、楽しみながら眺めていると……その中で、一際目立つ物体を見つけた。
それを一言で言い表すなら、そう。
「……耳?」
人ごみの奥、屋台のようなこじんまりとしたショップの陰から生えている、茶色のうさ耳。
一体何だろうと目を凝らせば、どうやら向こうも私の方をちらちらと覗き見ていたようで、ばっちりと目が合った。
「どうしたの? 私に何か用事?」
気になったから、近くまで寄って声をかけてみると、うさ耳少女はしばし逡巡するように視線を彷徨わせた後、恐る恐ると言った様子で顔を出す。
「……ベル、で合ってる?」
「うん、私はベル! その名前を知ってるってことは、あなたがティアのフレンド?」
「そう。私はココア。無事に合流出来て良かった」
ココアちゃんと名乗ったそのプレイヤーは、ほっとしたように胸を撫で下ろす。
うさ耳と同じチョコレート色の髪をさらりと伸ばし、どこか自信無さげな垂れ目が可愛らしい。
随分小さそうに見えたけど、萎縮した体が余計に小さく見せていただけで、立ち上がれば中学生くらいの身長があるみたい。ちょうど雫と同じくらいかな?
「…………」
「ん? どうしたのココアちゃん」
私がそんな感想を抱く間に、ココアちゃんもまた少し意外そうに私を見詰めていた。
首を傾げる私に、ココアちゃんは「いや、その」と少し歯切れ悪く口を開いた。
「ベルは、その……リアルで高校生だって聞いたから。まさか、私より小さいとは思わなくて」
「あはは、ティアから聞いたの? これはね、ティアが気に入ってくれるかなって、頑張って作ったんだー。八時間もかかったんだよ」
「八時間!?」
目を丸くしながら、「何してるのこのばか姉……」と、雫みたいなことを言って呆れ顔を浮かべるココアちゃん。
まあ、それがATKとINTを間違える一つの切っ掛けになったわけだし、あまり否定も出来ないよね。あはは。
「でも、その甲斐もあってすっごく可愛いアバターになったと思うんだよね。どうかな? ココアちゃんから見て、可愛いと思う?」
「え? ああ、うん……可愛いんじゃないかな……?」
「えへへ、良かった! うん、ココアちゃんがそう言ってくれるなら、ティアもそう言ってくれる気がするよ。ありがと」
聞かれたから答えました、みたいな態度を取りつつも、気になって仕方ないのかチラチラと私の身体を見つめるココアちゃんの反応を見て、私は内心でぐっとガッツポーズする。
アバターの外見通りの年齢かなんて分からないけど、喋った感じ、雫とそう歳が離れてるわけじゃなさそうだし、雰囲気も似てる。それでこの反応なら、雫にも気に入って貰えそうだ。
なんてことを考えていたら、ココアちゃんはなぜか慌てた様子で捲し立てる。
「そ、それより! ティアから聞いたけど、殴り魔用の装備が欲しいんでしょ? 作ってあげるから、来て」
「あ、うん! ありがとう!」
ココアちゃんに連れられて、向かった先はベースキャンプの外。
装備を作るのに、どうしてモンスターが彷徨うフィールドに出る必要があるのかと首を傾げる私を見て、ココアちゃんが解説してくれた。
「このゲームのコンセプトは、
いくつか制限はあるけどね、と語るココアちゃんに、私は「へ~、なるほど~」と頷いた。
自分だけの安住の地かぁ……それってつまり、誰にも邪魔されない秘密の場所に家を建てて、雫と二人だけの愛の巣を形成出来るということでは!? 何それ、最高!!
「ぐふ、ぐふふ……!」
「なに笑って……いや、理由は言わなくていい、なんか聞いたら頭痛くなりそうだから」
未来を想像してつい笑みが溢れる私に、ココアちゃんは頭を抱える。
最初は人見知りする子かと思ってたけど、話してみると意外とフレンドリーというか、結構容赦なくズバズバ来る子だね。
私がティアと姉妹だからかな? うーん、でもそれだけだと理由にならないような……?
「……どうしたの?」
そんなことを思っていると、ココアちゃんに不審がられた。
慌ててパタパタと手を振って、「なんでもない」と釈明する。
「なんというか、ココアちゃんとは今日初めて会った気がしないなって。もしかして私達、リアルで知り合いだったりする?」
「っ! そ、そんなことは、ないんじゃないかな?」
うーん? めちゃくちゃ動揺してる。怪しい。
「本当に?」
「ほ、ほんとだから」
じーっ、と見詰めながら問い掛けると、サッと目を逸らされる。
ふむ、なるほど。
「分かった。それなら、改めてよろしくね、ココアちゃん」
「う、うん。よろしく」
にこっと微笑みかけながらそう言うと、ココアちゃんはほっと小さく息を吐く。
理由は分からないけど、リアルのことは詮索されたくないみたいだし、ひとまずそれは考えないようにしよう。
「と、とにかく。このゲームは好きな場所にホームを建てられるけど、だからってそこからモンスターがいなくなるわけじゃないから、そこだけ注意しないと……」
「グギャッ、ギャッ!」
言ってる側から、ボロ剣を構えたサンドゴブリンが襲いかかってきた。
それを見て、ココアちゃんが取り出したのはペンダント。
十字架があしらわれたその装備は、パーティメンバーのサポートを主とする《僧侶》の証だ。回復や強化、防御に加えて、敵モンスターの弱体化や、状態異常を付与する効果を持った魔法なんかが使えるらしい。
「ベル、私が援護するから、無理しない範囲で……」
「ていやぁぁぁ!!」
でも、この程度の相手にいちいちMPを消費させるなんてもったいない。私は迷わず前に出て、サンドゴブリンの繰り出すボロ剣の一撃を身を捻って躱すと、即座に顔面を杖で強打。あっさりと打ち倒した。
「よし、おっけー!」
「……ねえ、ベルって殴り魔なんだよね? ステータスどう振ってるの? 今レベルいくつ?」
「え? レベルは15かな。ステータスなら、今のところ全部ATKに注ぎ込んでるよ」
最初のうちはポンポンレベルが上がったんだけど、10を超えた辺りから伸びが悪くなってきたんだよねー。ステータスに関しても、特に他のステータスに不足を感じたことはないから、別にいいかなって。
でも、それがどうしたんだろう?
「……それじゃあAGIはほぼ底辺……システム補正もなしに正面から剣を躱して反撃って……どんだけ……」
「ココアちゃん?」
なぜか頭を抱えてブツブツと呟き始めるココアちゃんが心配になって声をかけるも、「大丈夫、あまりにも非現実的な光景に直面しただけだから」とよく分からない返事が返ってきた。本当に大丈夫かな?
「とりあえず、こっちだから」
その後も、なぜか遠い目をしたココアちゃんに案内されつつ、私が立ち塞がるゴブリンを撲殺しながら先へ進むことしばし。辿り着いたのは、相変わらず何もない荒野だった。
「ここだよ、私のホーム」
「えっ、何もないけど?」
「すぐに分かるよ」
ココアちゃんがメニューを弄り、何かのボタンをタップすると同時、さっきボスゴーレムとやり合った時のようなノイズが視界に走る。
それが収まると、気付けばそこにはこじんまりとしたプレハブ小屋が建っていた。
まるで狐に化かされたような気分になって目をごしごしとやっていると、そんな私の様子が可笑しかったのか、ココアちゃんがくすりと笑みを溢す。
「ホームは設定次第で、他のプレイヤーの視界に表示されるかどうか選べるんだ。最初は私以外禁止だったのを、今はフレンドのみ許可の設定にしてある」
「へ~、そうなんだ」
そんな説明を受けながら、中へと足を踏み入れる。
外観は随分とボロい小屋だったけど、中は意外としっかりとした作りになっているようで、金床や大きな炉、アイテムを収納するボックス、ついでに小さな二人掛けのテーブルと、最低限の設備は整っていた。
「こういうホームって、どうやって手に入れるの?」
「一部クエスト報酬でも貰えたりするけど、基本は建築系のスキルを持ったプレイヤーかNPCにお金を払って作って貰う。NPCの方が割安だけど、建てられる場所や内装に制限がかかるよ」
「ちなみに、この小屋は?」
「NPC産。生産職向け各種設備完備の作業小屋。一軒で五万クレジット」
「五万!?」
その値段を聞いて、私はパッと自分のメニュー画面に目を通す。
モンスターの乱獲で得たドロップアイテムなんかを、お昼を食べた後にNPCショップで売り払ったんだけど、それでも現在の所持金は九千ほど。全然足りない。
「うー、雫……じゃなかった、ティアと二人で暮らす湖畔の一軒家とか欲しかったんだけどなぁ。こんな小屋でその値段だと、先は長そう」
まあ、そもそもこんな荒野だらけの大陸に、湖畔とかあるのか分からないけど。
でも、森エリアもあるみたいだし、探せばどこかにあるよね? 多分。
それに、今は家よりもまず一緒に遊ぶことだ。フレンドになれたのは一歩前進と言えるけど、パーティメンバーになって一緒に戦えるくらいにならないと、夢のラブラブ姉妹生活が送れない!!
「……別に、欲しいなら買ってあげるけど……」
「え? 何か言った?」
「なんでもない」
私が脳内で妄想を繰り広げていると、ココアちゃんが何事かを呟いた気がするけど、よく聞こえなかった。
まあ、本人がなんでもないって言ってるんだし、気にしても仕方ないか。
「それより、装備の話だよ! ベルはどんなのがいいとか、要望あるの?」
なんて言ってたら、話を元に戻すようにココアちゃんが声を上げ、テーブルへの着席を促す。
おっと、目的を忘れるところだったよ。
「うーん、そうだなー。とにかく、ダメージたくさん入れられる奴がいい!」
ちょこんと椅子に腰かけながら簡潔な要望を伝えると、ココアちゃんが私の対面に着席しつつ苦笑を漏らす。
「火力特化ね……でも、魔術師が装備出来るのは杖カテゴリだけで、杖装備で上げられるのは基本的にMPとINTだけなんだ」
「あ、そうなの? でも大丈夫、私、《魔法撃》ってスキルでINTをATKに変換出来るから!」
「なにその脳筋みたいなスキル、そんなのあったんだ。……でもまぁ、それならINTメインで……打撃に使うなら長い方がいいかな?」
「うん、お願い! ちなみに、防具でもATKとか上がるの?」
「防具は、部位にもよるけど大抵はHP、DEF、MINDばっかりだね。《魔術師》が装備出来るのは布系の防具になるから、MIND中心で……」
あれこれと質問をぶつけながら、その内容に合わせて希望の装備を二人で考えていく。
あまり高性能だと、装備可能なレベルに制限がかかるから、初心者の内はあまり強力な物は装備出来ないとのことで、何を優先して何を削るか、色々と案を出し合った結果、大体の構想が固まった。
「よし、これなら作れると思う。素材もどうにかなるから、安心して」
「良かった。あ、忘れるところだった、これって全部作るといくらになるの?」
「武器と防具合わせて、相場なら四万クレジット」
「ぶっふぅ!?」
しれっとココアちゃんの口から飛び出した数字に、思わず噴き出した。
えっ、四万? このプレハブ小屋とほとんど変わらないんだけど!?
「足りない?」
「うん、全然足りない! どうしよう……」
と言っても、稼ぎたければモンスターを狩りまくるしかないんだよね、結局。
うむむ、モンスターを倒すために装備が必要なのに、その装備を手に入れるためにモンスターを倒さなきゃいけないなんて……世知辛い。
「……そう、だね。一つだけ、案がないこともないよ」
「えっ、案って何? 教えて教えて!」
「ち、近い近い!」
食い気味に尋ねると、ココアちゃんは顔を赤くして体を仰け反らせる。
おっと、ついはしゃぎ過ぎちゃったけど、ココアちゃんとは一応今日が初対面なんだし、少しは自重しないとね。
そう思って距離を取ると、なぜだかココアちゃんは残念そうな表情を浮かべる。
そのことに首を傾げるも、そんな反応を見せた理由はすぐに判明した。
「案っていうのは……ベル、今日一日、その体で稼いでみない?」
「へ?」
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