第14話 勉強の息抜きと最強の魔術師

「えーと……ここはどうすれば?」


「ここはこれをこうして……この公式を当てはめて……」


 エルダートレントとの初戦闘を終えた翌日、私は学校の昼休みを使って蘭花の勉強を見ていた。


 先日、数学のテストで百点満点中七点なんて結果を出したことが母親である美森さんにバレ、直々にゲーム禁止令が下った蘭花は、今日の放課後実施される追試に受からなければ、禁止令が解除されない。それどころか、次のテストまで延長されてしまうらしい。


 だから、私に泣き付いてまで大嫌いな勉強を頑張ってるんだけど……


「……ぬあ~、分からん! 数学ってなんでこんなに難しいの!?」


 どうも、上手く捗らないみたい。

 まあ、苦手分野だしね、仕方ないよね。


「そう難しく考えなくても、一個ずつやっていけばいいんだよ。出て来る数字がこの三つで、求めたい答えがこれなんだから、公式に当てはめてこう……」


「いやだから、どうしてそうなるか分からないんだって!」


 でも、こうなると私としてもどう教えたらいいのか分からないんだよね。

 うーん、人に教えるって難しいなぁ……仕方ない。


「じゃあ、分からなくていいから覚えちゃおう」


「いや覚えちゃおうって、覚えようとしても公式とかこんがらがって上手く……」


「そうじゃなくて、追試は同じ問題が出るんだから、いっそ途中式と答えを丸暗記しちゃえば? ってこと。赤点回避するくらいは出来るんじゃない?」


「おお、なるほど、その手が!! ナイス鈴音、心の友よ!!」


「現金だなーもー」


 抱き着いて来る蘭花に苦笑しながらも、私はポンポンとその頭を撫でる。

 あんまりこういう手は良くない……というか、応用が利かない一発勝負だから次に使えないんだけど、まあ、やらないよりはいい……と、信じよう。

 漢字じゃないけど、途中式も含めて何度も書いていたら、計算のやり方も記憶に残るかもしれないしね。だからせめて、書く手順は正規のやり方に揃えるよ。


「それで鈴音、FFOの方はどうなの? 順調?」


 そうやって、ひたすらに同じことを書いて覚える学習は、作業感が強いからか。蘭花は唐突にそう尋ねて来た。

 集中しないと覚えられないよ、とは思うけど、私自身話したかったこともあって、少しくらい息抜きもいいかとその話題に乗っかることに。


「んー、順調と言えば順調かな? 新しいスキルだって手に入ったし、フィールドボスも倒したし。ただ、エルダートレントっていうのが厄介で……」


「えっ、エルダートレント? フィールドボスは倒したんじゃないの?」


「私が倒したのは、ジャイアントロックゴーレムってモンスターだよ」


「荒野のエリアボス!? あの滅茶苦茶硬くて狭い中ででっかい腕ブンブン振り回して来るモンスターが倒せるなら、エルダートレントくらい楽勝でしょ?」


「んー、倒せることは倒せるんだけどね」


 とりあえず、私がゲームを始めてから今日までの流れを、蘭花にかいつまんで説明する。

 すると、話が進むに連れて蘭花の表情はどんどんと引き攣っていき、ボスゴーレムとの戦いの下りでは、もはや目玉が飛び出るんじゃないかってくらい驚いていた。


「はい? 殴り魔になって専用スキル手に入れて、ゴーレムの物理攻撃パリィしながら殴り倒した!? 鈴音あなた、何わけのわからないプレイしてるの?」


「えっ、そんなにわけわからないかな?」


 雫も呆れてはいたけど、そこまでのリアクションじゃなかった気がする。

 と言ったら、「雫ちゃんだからねえ」というよく分からない反応が返って来た。なにそれ?


「まあ、雫ちゃんじゃなくても、鈴音がわけわかんないのは今に始まったことじゃないか」


「酷くない?」


 私、自分では常識人のつもりで通ってるんですけど!

 そう思ったら、蘭花から何とも言えない微妙な視線を送られた後、深々と溜息を吐かれた。えっ、何?


「まあ、無自覚シスコン魔人の話は置いといて。倒せるなら、なんでエルダートレントが厄介だなんて話してるの?」


「三分以内に討伐出来るくらい強くならないと、一緒には遊ばないって雫に言われちゃって。だから頑張ってる」


「三分って……全く、雫ちゃんも無茶な条件出すね。素直じゃないんだから」


「あはは、やっぱり無茶な条件なの?」


「結構無茶だよ? そりゃあ、レベル20以下しか戦えないエルダートレントは、初見で狩ってそれっきりって人が圧倒的に多数だから、ガチでRTAリアルタイムアタックしてるプレイヤーはそんなにいないけど……それでも、ベストスコアは三分一秒。雫ちゃんのキャラ、“ティア”が出したっきり、誰も更新してない記録なんだから」


「そうなんだ?」


 無茶な記録だろうとは何となく感じてたけど、まさか雫でさえ出してない記録だったとは。

 少し予想外ではあるけど……


「まあ、それでも私のやることは変わらないよ。雫と一緒に遊ぶために、雫に認められるように頑張る!」


「ほんとに雫ちゃんのこと好きねえ、鈴音は」


「当然! たった一人の妹だからね」


 そんな私の言葉に、蘭花は少しだけ憂いを帯びた表情を浮かべる。

 気を遣わせちゃったかな? と、自分の言葉選びを嘆いていると、そんな私の前に蘭花はスマホを差し出した。


「これ、エルダートレント討伐のプレイ動画。殴り魔の参考になるかは分からないけど、見てみなよ」


「プレイ動画? へー、そんなのあるんだ」


 普段、動画とかあまり見ないから知らなかった私に、「オススメ」と言って選んだのは、とある《魔術師》職のプレイヤーの動画だった。


 片手持ちの短杖ショートワンドに、バサリと翻る漆黒のローブ。真紅の髪は燃える炎のように風になびき、ルビーの瞳に宿るは強固な意思の光。

 年齢は、リアルの私と同じくらいかな? 大きな胸はいかにも戦闘に不向きな感じがするけれど、すらりと引き締まった手足のためか、鈍そうな印象は全く受けなかった。


 初めて見るはずなのに、どうしてか他人の気がしない……どこかで見たことあるような顔立ち。

 どうしてだろうと考えて、動画の概要欄に目を向けると、すぐにその理由が分かった。


「プレイヤーネーム……ティア!? えっ、これってもしかして、雫!?」


「そ。雫ちゃん、動画配信やってるんだよ」


 内緒にしといてって言われてるんだけどねー、と肩を竦める蘭花だけど、私は既に彼女のことが視界に入っていなかった。

 私の目も、耳も、全ての感覚が再生された動画に釘付けになり、その中で動く"ティア"の一挙手一投足に注目する。


『うおっ、すげえw』


『今のよく躱せたな』


 エルダートレントが繰り出す根やリンゴの攻撃を掻い潜り、絶え間なく放たれる魔法の嵐。

 開けた森の広場を無数の炎が乱舞して、エルダートレントの本体が幾度となく焼かれ、巻き込まれるような形で根からもダメージを受けていく。


『流石魔術師、すげえ火力』


『これ三分いけるんじゃね?』


 どんどんと削れていくHPゲージと、積み重なっていくタイムカウンター。

 流れるコメントにも熱が増していき、それを意識するかのようにティアの動きもより大胆に、派手なものになっていく。


『うお、そこでインフェルノ使うのか、あっぶねえw』


『こんな山ほど攻撃飛んで来る中で、よく使えるよなぁ』


 魔術師の使う魔法スキルの中には、発動まで数秒動きが止まる代わり、強力な一撃を放てるものがある。

 隙が大きくて扱いづらいそれを、ティアはただ一人、誰の援護もない中で使ってみせた。

 手に汗握る攻防。一瞬の油断が即死に繋がるほど防御の薄い魔術師で、被弾を恐れない大技の連発。


 それなのに、当たらない。まるで未来が見えているかのような最小限の動きで、完全にエルダートレントを翻弄していた。


「すごい……」


 気付けば私は、そんなティアの姿に完全に見入っていた。

 たくさんの人の声援を受けて、たくさんの人の期待に応え、大きく湧かせる、炎の魔法使い。

 楽しそうに、生き生きと、聞いたこともない自信に満ち溢れた言葉遣いで戦うその姿は、私が知っているどんな雫とも被らない。姉の私ですら初めて見る、あの子のもう一つの顔がそこにあった。


「ずるいなぁ」


 蘭花も、ここにコメントを書いている顔も分からない人達も、私が知らない雫をずっと前から知ってたんだ。そう思うと、本当にずるい。羨ましい。嫉妬しちゃう。


「……よしっ、決めた!」


 だからこそ、絶対にここに並ばなきゃって、改めて思った。

 雫に認めて貰って、こんな生き生きとした雫と、一緒にゲームしたいよ。


「私も雫みたいに、エルダートレントの討伐動画配信する! 蘭花、どうやるの?」


「え? まあ、FFOはそういうのやりやすいように、ゲーム内でメニュー画面からその手の設定も出来るようになってるけど……いきなり配信しても、こんなに視聴者つかないよ?」


「いいの、まずは雫に見て貰えれば十分だから」


 そう、エルダートレント相手に三分以内に討伐出来るくらい、とは言われてたけど、よく考えたらそれを証明する手段がどこにもなかったんだよね。パーティメンバーじゃないとボスとの戦闘風景を見て貰うっていうのも出来ないし、それをすると一対一にならない。

 その点、動画でライブ配信しちゃえば、私が雫の足手まといにならないってこの上なく分かりやすく示せる。


「それに……頑張って配信してれば、視聴者もつくよね?」


「まあ、内容によるけど、そのうちね」


「だったらちょうどいいよ。私、動画で視聴者にはっきり言ってやらなきゃいけないことが出来たからさ」


「言ってやらなきゃいけないこと?」


 首を傾げる蘭花に対し、私はびしりと動画を指し示す。

 ティアの度重なる猛攻を受け、もう少しで討伐されようというエルダートレントの姿を見てか、最高潮に盛り上がるコメント欄。

 そこには、こんなコメントも流れていたのだ。


「ティアちゃん結婚して? 罵って? いっそ焼かれたい!? そんなの認めない、リアルだろうとバーチャルだろうと、雫は私の妹、私の嫁だぁぁぁぁ!! 誰にも渡さないぞぉぉぉぉ!!」


「いやいやいや、コメントしてる連中だってネタで言ってるだけで本気じゃないから!! 真に受けないで!?」


「嘘だ!! このまま雫が有名になったら、ネタのつもりが本気になる人が絶対出てくる!! だから、私も動画配信で有名になって、全プレイヤーに向かって宣言するんだ!! 雫が欲しかったらまずは私を倒してからにしろって!! ここにいる連中全員撲殺してやるから覚悟しろぉぉぉぉ!!」


「ダメだこの子、完全に暴走してる! ちょ、誰かこのシスコン止めるの手伝ってぇぇぇぇ!!」


 教室の中、動画を前にぎゃあぎゃあと騒ぐ私と蘭花に、クラスメイト達の生暖かい視線が降り注ぐ。

 結局、昼休みが終わったところで仲良く先生に怒られたり、勉強が全然進んでなかった蘭花が頭を抱えたりという、ある意味いつも通りのイベントをこなしつつ、その日の学校生活は過ぎ去っていくのだった。

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