第56話 闇の鬼と炎の幼女

 なぜか拗ね気味のティアと一緒に先へ進むと、例によって開けた空間が広がっていた。

 立ち並ぶ木々はそのままに、先まで見通せる明るさを誇るのは、ひとえに周囲を照らす篝火のお陰。

 無数の枝が折り重なり、まるで木で出来た大洞窟のように広がるその場所の中央には、これまでと同じく黒い肌に覆われた人型のモンスターがいた。


 ただし、これまで倒して来たゴブリン達とは一線を画する、その巨体。

 その手に握るは巨体に見合った大きな棍棒。刺々しい金属の突起が無数に生えたそれは、本物だったら掠っただけで体が千切れ飛びそうだ。


 ダークネスオーガ――樹海エリアを守るそのフィールドボスが、不埒な侵入者である私達を見つけて咆哮を上げた。

 それに釣られ、周囲から集まって来るのはゴブリンの群れ。ナイトにアサシンに、なぜか普通のまで混じってる。

 あのオーガが群れのボスってことなのかな?


「お姉ちゃん、オレは何度か狩ってるから、その気になれば一人で圧倒も出来るけど……どうする?」


「ふふん、決まってるじゃない」


 ティアの、どこか試すような問いかけに、私は両手の杖を開き気味に構えて不敵に笑った。


「私がぶっ飛ばす!! ティアはサポートお願い!」


「分かった、周りの雑魚は任せろ、ヤバそうだったら助けてやるよ」


「うん、ありがと!!」


 手短なやり取りを経て、一直線に突っ込む。

 それに応じて、まずは普通の緑ゴブリンが集まって来るけど……


「《フレアレイン》」


 後ろから響いた声に合わせ、殺到するは炎の雨。

 細かな火の礫が私の頭上を越えて降り注ぎ、数体いた緑のゴブリン達がまとめて消し飛んだ。

 燃え散る炎の残滓を掻き分け、その先に待つのはナイトゴブリン。

 その名の通り、まるでオーガを守る騎士のように並ぶ彼らを無視し、私はその場で跳び上がる。


「《ファイアボール》、《フレアランス》、《ファイアボール》、《ファイアボール》、《フレアランス》」


 私が直線上からいなくなり、ナイトゴブリン達までの射線が開けた瞬間、ティアは炎属性の中でも比較的弱めの魔法を高速で連射。次から次へと、漆黒のゴブリンを焼いていく。


 凄いのは、一体ずつただ倒すわけじゃなく、広めの当たり判定とダメージによる怯みリアクションを利用して、実際に撃った数以上の敵を足止めしているところだ。

 視界の端で流れるコメント欄も、そんなティアの卓越したテクニックを褒め称えてる。


 動画ではソロ討伐が多かったけど、連携させてもティアはやっぱりすごい。私も負けてられないね!


「よいしょ!!」


 炎魔法で足止めを喰ってるナイトゴブリン達を足場に、更に跳躍。目指す先はオーガの顔面。

 ゴブリン達に任せて、自分は高見の見物でも決め込むつもりだったのか。いまいち反応が鈍いその巨体を目前に控え、私はいつものスキルと……ついでに、余裕がある今のうちにと、新しく習得したスキルを発動した。


「《魔法撃》、《フレアドライブ》!!」


 空歩の五倍、100ほどのMPがガクンと減り、杖の先から炎が吹き上がった。

 燃え盛る業火が私を包み、思わず顔を顰めるくらいの熱さが駆け抜ける。

 HPバーの横に表示される、《火傷》の状態異常。徐々に減っていくHPの情報を頭の片隅に押しやると、私はそのまま右手の杖をオーガの顔面にぶち当てた。


「でやぁぁぁぁ!!」


 激突、爆音。

 殴ると同時に炎が弾け、周囲を一層明るく照らし出す。

 派手なエフェクトだけど、《マナブラスト》と違ってそれ自体に特別な効果はないみたい。自爆することもなく、ただの追加ダメージとしてオーガのHPを削り取る。


 なるほど、こういう感じのスキルか。

 ティアに言われて本当にぶっつけ本番でやったけど、この感じなら本当にいつも通りぶん回せそうだ。


「それならぁぁぁぁ!!」


 空中で体を回転させ、自然落下に合わせて左右の杖でオーガの体を殴りまくる。

 肩、喉、胸、鳩尾、脇腹、腿、膝、脛、つま先……


「グオォォォォ!!」


 ようやく動き出したオーガが、巨大な棍棒を振り上げる。

 私ほどじゃないけど、遅い。これなら見てからでも余裕で対処出来るよ。

 少し開いた股の間に体を滑り込ませ、回避。同時にアキレス腱をぶん殴る。


「もういっちょぉ!!」


 跳躍しながら、膝裏を痛打。オーガがぐらりとバランスを崩す。

 そのまま、腰、背中、後頭部と殴り抜き、《空歩》を交えて一呼吸。


「ダメージ量は頭、喉、後頭部がほぼ同じ、次いで鳩尾、脇腹、胸が横並び、それ以外は変化なし、膝裏を殴るとダウン発生……いや、足に一定のダメージかな? どっちだろう」


 殴るべきポイントはこれまでと同じ。やっぱり人型は弱点が分かりやすくていいね。

 確認を終え、私が取るべき立ち回りの流れを掴んでいたところへ、頭上の木々からゴブリンアサシンの強襲。姿が見えないと思ってたら、隠れていたらしい。


 でも、雑魚は無視。ティアがどうにかしてくれると信じ、視線はただ目の前のボスへと集中。

 援護の魔法が来るだろうから、いっそ身を任せるくらいの気持ちで背中を晒す。


「《エクスプロージョン》!!」


 私の背後に火球が飛び、大爆発。ゴブリンアサシンを吹き飛ばす。

 その衝撃に私自身も煽られるけど、むしろ想定内。勢いを利用して急降下。


「ティア、ありがと!!」


 叫びながら、両手の杖でオーガの脳天に一撃。

 一瞬怯んだものの、すぐに起き上がったオーガは、着地取りとばかりに棍棒を振り回す。

 でも、そう来るのは想定内。私は思い切り振り抜いた左の杖で、その一撃を弾き飛ばした。


「うりゃああああ!!」


 《パリィング》の効果で怯んだところへ、再び接近。股の下をくぐり、膝裏へ一撃。

 ぐらりと揺らぐも、ダウンはなし。やっぱり蓄積ダメージか。


 懐に飛び込んだ私が煩わしかったのか、オーガは足を振り上げ踏み潰そうとするけれど、そんな隙だらけの攻撃が当たるわけがない。よしんば衝撃波が発生するタイプだったとして、それが振り下ろされるまで悠長に待つ理由もない。


 片足が持ち上がり、無防備になったもう片方の足を、殴る、殴る、殴る。

 攻撃が来るまで三秒もない時間の中で、力の限り連撃を叩き込み、オーガをダウンにまで追い込んでやる。


「グオォォォ!?」


 さっきは軽く膝を突いた程度だったけど、今回はタイミングの問題か、派手に後ろへひっくり返るオーガ。

 隙だらけのその体に飛び乗って、首元まで移動。弱点の顔面を殴打する。


『うっわぁ……』

『え、えぐい』

『俺初めて見たけど……なるほど、こんな感じだったのかぁ……そりゃあ決闘なんてしたらちびるわ』

『心なしか、ダークネスオーガが涙目になってるような……』

『が、頑張れオーガ! 泣くな、泣くんじゃない! まだ戦闘は終わってないだろう!?』


 殴っていると、なぜだかコメント欄はオーガを応援する人達が増え始めた。

 おかしい、そこは普通私を応援するところでは?


 まあ、その辺りは後でたっぷり問いただすとして、今はこのボスだ。

 何度も何度も弱点を殴りまくったお陰で、既にHPは虫の息。けれど、流石にそれだけで終わるほどボスは甘くないらしい。上に乗った私を押しのけ、無理矢理立ち上がった。


「グガァァァァ!!」


 これまでとは毛色が違う咆哮が轟き、生き残っていたゴブリン達がオーガの下へ集まっていく。

 何をするつもりかと思えば、オーガは近くにいるゴブリンを鷲掴みにし……そのまま、食べた。


 まさかの共食い(?)に驚いている間に、オーガはむしゃむしゃと仲間を喰い終え……HPが半分ほどにまで回復。そして、黒かった体に血管のような赤いラインが浮かび上がり、どこからともなく二本目の棍棒を取り出した。


「ガアァァァァ!!」


「なるほど? これからが本番と……いいね、面白いじゃん」


 ちらりと、自分のステータスを確認。

 魔法撃は残り十五秒、一切対処しなかった火傷の状態異常のせいで、私のHPも残り四割。まだ減少中。


 このHPが尽きる前に、勝負を決める!!


「でやぁぁぁぁ!!」


「ガアァァァァ!!」


 私が突っ込むのに合わせ、オーガもまた二本の棍棒を手に突っ込んで来る。どうやら、これまでと違って守りを捨てた完全な攻撃スタイルみたい。


 そういう勝負なら大歓迎。ぶっちゃけ、私にとっては敵の攻撃なんて等しく致命傷だから、防御特化より攻撃特化の方がずっと相手しやすいんだ。


 迫りくる右の棍棒を姿勢を低くして避け、振り下ろされる左の棍棒を杖で弾く。その間に懐へ飛び込み、足へ一撃。

 手応えが違う。防御力も下がってる? ならより一層好都合。次いで襲い掛かって来た棍棒を跳んで回避しながら、膝へ向けて更に一撃。


 ぐらりと体が揺らぎ、膝を突く……かに見えたけど、オーガは無理矢理踏みとどまった。ダウン無効か、ちょっと厄介。

 空中にいる私目掛け、上段からの振り下ろし。《空歩》スキルで回避しながら、無理矢理懐へと飛び込んでいく。


 安全に攻撃する隙が作れないなら、無理矢理攻撃を捩じ込んでぶっ倒すまでよ!!


「うりゃああああ!!」


 魔法撃の効果終了時間が迫り、HPも残り二割。これだけの体格差だし、攻撃未満の身動ぎ一つ掠っただけで、こっちは死に戻りそう。


 そんなギリギリの状況だけど、私の体と心はどこまでも熱く燃え滾る。

 スキルの効果か、それともティアが後ろで見ているからか。多分、両方だろうな。


「あはは……! さあ、一気に行くよ!!」


 ハイになった気分のまま、とにかく目の前の巨体を殴って殴って殴りまくる。

 棍棒が近くを過ぎる風切り音に背筋が冷え、スキルの効果で弾ける爆炎が頬を撫で、轟く爆音が木々を震わす。


 思わず後退しそうになる恐怖を、煮えたぎる衝動を咆哮として吐き出すことで押し潰し、限界ギリギリの崖っぷちで暴れ続ける。


「これで……!!」


 一秒が永遠にも感じる感覚の中、気付けばオーガのHPは残り一割を割り込み、風前の灯。度重なる連撃でついに限界を迎えたのか、膝を突いてダウン状態に。

 目の前にぶら下がったゴールを見て、寂しさと高揚感を同時に覚えながら、私は両手の杖を思い切り振り被る。


「終わりだぁぁぁぁ!!」


 手頃な位置に来た頭目掛け、渾身の力を込めて杖を叩き付け。

 ダークネスオーガとの戦闘は、こうして幕を閉じたのだった。

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