最終話 ファンタジー・フロンティア・オンライン
チュンチュンと、耳に優しい小鳥の囀りが、私の意識を夢の微睡みからゆっくりと浮上させる。
瞼を開ければ、出迎えてくれるのはいつもと変わらない朝の日差し。
ずっとお休みしていた目には少しばかり刺激的なそれが、寝惚けた頭を揺すり起こしてくれる。
「ふあ~……ん、おはよ~」
欠伸を一つ。枕元に置かれた家族写真を見てそう呟きながら、よし、と気合いを入れてベッドから飛び降りる。
さて、今日も頑張るぞー!
「ふんふふんふふ~んっと」
鼻歌を歌いながら、鏡の前で身嗜みを整える。
しっかりと時間をかけて寝癖を直し、お気に入りのパジャマから服に着替えて……よし、どこもおかしいところはない、完璧!
「雫ー! 朝だよー!」
そうしてやって来たのは、愛しの妹が過ごす我が家の一室。ほんの一年くらい前まで、立ち入っただけで迎撃の枕が飛んで来た部屋だ。
「雫ー? 入るよー?」
でも、今は全くそんなことはない。
ドアを開けて中に入れば、目に飛び込んで来るのはきちんと整理されたオタク部屋。
ゲームやら漫画やら色々あるけど、最近はしっかり棚に並べて片付けてある。
「しーずーくー?」
そんな部屋の隅に置かれたベッドの上、小さな布団の膨らみに近付きながら声をかけるも、未だ反応はなし。
また攻略ブログの編集で夜更かしでもしたのかな? なんて思いつつ、私はそれを掴み取る。
「ほら、起きて! 朝だぞー!」
がばっ! と布団を引きはがすと、なぜかそこはもぬけの殻。
なぜか布団の中に潜りこんでいた枕の存在にあれ? と首を傾げていると、後ろから突然ベッドに押し倒された。
「わわっ!?」
「ふふっ、奇襲成功。おはよ、お姉ちゃん」
私の上に跨りながら、にこりと微笑む天使のような少女。
愛しの妹が浮かべる悪戯っ子のようなその表情に、私は思わずにやけそうになる顔を堪えながら文句を言った。
「もう、すっかり悪い子になっちゃって。私、そんな悪戯するような子に育てた覚えはないよ?」
「私もお姉ちゃんから教わった覚えはないから大丈夫。天衣に色々聞いただけ」
「天衣ちゃん……うちの妹になんて教育してるの……」
ちょっと“そっちの”趣味がありそうな雫のクラスメイトを思い浮かべ、私は頭を抱える。
天衣ちゃんの協力もあって、最近は雫もすっかり学校へ通えるようになったことは感謝してるけど、この辺りはどうにかならないものか。
「いやだった……?」
「全然。むしろ嬉しい、好き」
「わわっ……」
途端に不安そうになる雫の体を抱き寄せて、一緒になってベッドに転がる。
ちゅ、と軽く口付けを交わせば、雫の表情が仄かに赤く染まった。
ふふっ、可愛い。
「もう、私を起こしに来たんでしょ? 早くしないと学校遅れちゃうよ」
「それもそうだね。じゃあ、続きはまた帰ってからということで」
「な、なんの続き!? も、もう、お姉ちゃんのばか……!」
益々赤くなっていく雫の顔を見てくすくすと笑っていたら、「お姉ちゃんのほうがいじわるだよ……」なんて言われてしまった。むむ、これはいかん、自重しないと。
「それじゃあ、ご飯作りに行こうか」
「うん」
二人で手を握り、目指す先はキッチン。一緒に材料を並べて、作る料理は簡単なシュガートースト。
何なら一人でもパパっと作れちゃう料理ではあるけど、最近は出来るだけ二人一緒にやるのが我が家のやり方になっている。
些細なことでも、二人で同じ時間を共有したいからね。
「「いただきます!」」
トーストにバターと砂糖をかけて焼いただけという、この上なく楽な料理。時間がない朝にはぴったりだ。
食べやすいように小さく切り分けられたそれを口に運んでいると、雫の方からすっと小さな手が伸びて来る。その指先には、今まさに食べているのと同じパンの一欠けら。
「ほら、お姉ちゃん。あーん」
食が細い雫は、朝からパン丸々一枚も食べられないから……という名目で、私にこうして食べさせようとしてくる。
前に一度、「食べきれないなら最初から少な目によそってあげようか?」なんて聞いてみたらへそを曲げられてしまったので、今じゃあこのやり取りも完全に朝の恒例行事だ。
「あーんっ、むふふ」
「おいしい?」
「うん、美味しいよ。雫もほら、あーん」
「あー……んっ」
せっかくなので、私からもお返しに一口。
そうすると、最初にやった「多いから食べて貰う」という建前が意味をなさなくなるので、雫からまたお返しとばかりにパンを突き出され、お互いに食べさせ合う。
「鈴音ー、雫ちゃーん、準備出来たー?」
「雫ー! 一緒に学校行こー!」
「あ、蘭花と天衣ちゃんだ。雫、急ぐよ!」
「うんっ!」
当然、そんなことをやっていればただでさえ少ない朝の時間がすぐに無くなってしまうので、二人の声に急き立てられるように準備を済ませ、外に出る。
仲良く手を繋いで出て来た私達に、蘭花はやや呆れ顔で、天衣ちゃんはどこか陶酔したような表情で出迎えてくれた。
「二人とも、また朝っぱらからいちゃいちゃしてたの? 本当によく飽きないね」
「雫に飽きるとかないから! 何なら二十四時間三百六十五日雫ニウムを摂取し続けたいくらい!!」
「雫ニウムってなにさ……」
「ふふふ、お姉さんと相変わらず仲良しみたいだね雫は。どう? 昨日言ったあれ、やってみた?」
「え、えと、まだ……」
「ちょっと待って天衣ちゃん、うちの雫に何を吹き込んだの? そこら辺ちょっと詳しく」
「ふふふふふ、それは後のお楽しみってやつですよ、お姉さん」
手を繋いだ私達を挟むように、私の隣に蘭花が、雫の隣に天衣ちゃんが来て、お喋りしながらの登校時間。以前はこういう時、FFOの話題ばっかりだった気もするけど、最近はそれ以外の話題をしていることも多い。
何も、FFOに飽きたとかそういうわけじゃない。今でも雫は配信してるし、私だってそれに協力してイベントをこなしたりもしてる。
ただ時間が経つに連れて、他の話題も増えていっただけだ。
「鈴宮さーーん!!」
「あ、成瀬さんだ」
「いつも元気だね、あの人も」
やがて、私の通う高校と雫の通う中学との分かれ道に差し掛かった辺りで、成瀬さんの元気な呼び声が聞こえて来た。
最近知ったことだけど、あの人家が学校を挟んでうちと反対方向らしいんだよね。それなのにこんなところまでくるなんて、律儀というかなんというか。
「それじゃあ雫、天衣ちゃんも、また帰りにね」
「うん、お姉ちゃんも気を付けて。蘭花さん、お姉ちゃんのことお願いね」
お互いに共通の友人へ相手のことを頼みながら、名残惜しさを覚えつつも手を離す。
この瞬間は寂しいけど、少し離れる時間があった方がより一層愛も深まるっていうからね。我慢我慢。
「鈴宮さん、いつもいつも時間ギリギリすぎます! ほら、早く行かないとまた遅刻ですわ!」
「もう、そんなに引っ張らなくても間に合うって!」
成瀬さんに急かされながら、学校への道を走り出す。
友達に囲まれて、最愛の妹も元気に学校へ通っていて、幸せで充実したいつもの日常。
でも、私は知っている。どんな日常にだって、いつかは終わりが訪れるってことを。
私や雫みたいに、両親との死別なんて衝撃的な事件が起こらなくても、学校を卒業したり新しい趣味を見つけたり、そんなことでいとも簡単に日常なんて変わっていく。
私と雫の仲を取り持ち、これだけたくさんの幸せをくれたFFOだって、いつかはやらなくなる日が来るのかもしれない。
だからこそ。
「蘭花、成瀬さん」
「うん?」
「なんですか?」
「これからもよろしくね!」
私は、今を全力で楽しもう。好きな物は、好きだってはっきりと口にしよう。
いつか終わる日常だとしても、そこで過ごした全てが失われるわけじゃない。
私達の心の中に思い出の一ページとなって刻まれて、明日を生きる力になってくれるはずだから。
「当たり前でしょ? 私達友達なんだから」
「私も、鈴宮さんとはずっ友、いえ、魂の家族ですわ!!」
「ごめん家族は雫がいるから」
「フラれましたわ!?」
あははは、と笑いながら、私達は走り続ける。
私達が過ごすこの日々が、いつだって明日を創る
撲殺魔女のプレイ日記~魔法使いは攻撃力が命と聞いたのでそれっぽいステータスに全振りしたら、筋力極振りの脳筋魔女になってました~ ジャジャ丸 @jajamaru
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