第139話 三者面談と叔父さんの答え
「色々と……本当に色々と言いたいことはあるが……ひとまずこれは、どこまで本気なんだ?」
みんなで空挺海賊団襲撃イベントを乗り越えた数日後、我が家に叔父さんがやって来た。当然、例の配信動画の内容……特に、最後の最後に叫んだティアの告白の件で。
どこか疲れたようにも見える叔父さんは、思い切り眉間に皺を寄せながらそう問い掛ける。なんというかその、疲れの原因が大体察せられるだけに、私としてはなんと答えたものか迷うばかりだ。
ただ、私と同じようにテーブルを挟んで叔父さんと向かい合った雫は最初からその問いかけを予想していたかのように、はっきりと答えた。
「大体本気だよ。嘘や冗談は言ってない」
「……大体、というのは?」
「さすがに、リアルで入籍したいなんて言わないよ。法律的に無理だし。だから、結婚そのものはゲームの中でやる」
なんでも、FFOの中にはプレイヤー同士の結婚機能があるらしい。
特に何が起こるわけでもなく、マリッジルームっていうその二人だけが利用できる共有ルームがホームに追加される程度の違いしかないらしくて、利用する人はあまりいないみたいだけど。
ただ、そんなシステム上のあれこれはどうでもいいのか、叔父さんはあくまで現実的なことについて話を続けた。
「まるで、法律上問題がなければやると言っているように聞こえるんだが……」
「そう言ってる」
「………………」
な、なんか叔父さんの表情がどんどん険しくなっていく!?
どうしよう、ここは私が何か気の利いたことを言って、少しでも空気を軽くするべきでは……!?
「鈴音は、どう思ってるんだ? 雫のことは……」
「雫のことは世界一愛してるし世界一可愛いと思ってるし天使だし女神だし可愛いしどこぞの男にあげるなんて絶対嫌だしお嫁さんにしたいし何なら法律ごと変えてやろうかと考えたこともあるし可愛いしああでも最近頼り甲斐が出て来たから旦那さんも悪くないよね可愛いしでもやっぱり私としては雫のお世話したいし養いたいしお嫁さんが一番だよね可愛いし昨日も一緒に料理作ってその時の私のために一生懸命作業してる姿尊くて可愛いしやっぱりもう天使かと思ったね可愛い」
「もういい分かった止まれ」
まだ語りたいことの一万分の一も語れてないけど、叔父さんに止められてしまった。むう、残念。
って、いい感じのこと言って場を和ませるつもりが、なぜか叔父さんからも雫からも呆れた視線を向けられてる!? これはひょっとしてやってしまった!?
「……ゲームの中で結婚したからと言って、現実でどうなるわけでもない。ゲームは所詮虚構の作り物でしかないのだからな。それは分かっているのか?」
「わかってるよ。ゲームはゲームであって、現実とは違うってことくらい。でも……」
いつになく強い瞳で、雫は叔父さんを真っ直ぐに見つめる。
険しい表情の叔父さんが、怖くないはずはない。実際、テーブルの下で私の服を小さく抓んでいる手は、小さく震えていた。
それでも、そんな様子を微塵も感じさせない堂々とした態度で、雫は叔父さんへと言葉を紡ぐ。
「虚構だからって、仮初の世界だからって、そこで体験して感じた事の全てが偽物だなんて思わない。私はあの世界でみんなと関わって、お姉ちゃんと一緒に遊ぶ中で強くなれた。ずっと目を背けていた現実と向き合って、もう一度がんばろうって思える勇気を貰った」
人によっては、現実逃避と蔑むかもしれない。
それでも、雫がこうして両親の死から立ち直ってくれたのは、間違いなくゲームのお陰だと私も思う。
誰かが作った、虚構の世界。でもそれは、確かに現実の延長線に存在する世界なんだ。
「だからこそあの世界で、もう一度ちゃんと宣言するんだ。これから先、どんな辛いことがあっても、お姉ちゃんと支え合ってこの現実を生きていくんだって。困っている私を助けてくれた、応援してくれたみんなに向かって」
「……あの動画のように、誰もがお前達を祝福してくれるわけではない。そもそも、あの中にだって冗談半分で盛り上がっていた輩はいるだろう。それでもか?」
「構わない。全員じゃなくても、心から祝福して友達になってくれた人がいるって、ちゃんと知ってるから。誰になんて言われても、私達を認めてくれる人がいてくれる限り、私はもう迷わない」
ボコミやサーニャちゃん、ゲームを通して知り合って、リアルでも仲良くなれた人達を指して、雫はそう言った。
眩しいくらいの笑顔を浮かべ、世界に届けと言わんばかりに。
「私は、お姉ちゃんが好き。誰よりも、愛してる」
雫の言葉を聞いているだけで、私まで顔が赤くなってきた。
ああもう、こんなに真っ直ぐ言われたら、余計に好きになっちゃうじゃん。今は叔父さんの前だから色々と抑えてるけど、これ以上したら我慢できなくなりそうなんだけど。
「……そう、か……」
そうやって一人自分の欲望と戦っていると、叔父さんはボソリとそう呟くや天を仰ぐ。
悩んでいるのか、腕を組んだり足を組んだり、はたまた顎に手をやったりと、しばらくの間は無言のまま悶々とした時間を過ごしていた。
やがて、すごく疲れた表情で大きく息を吐き出すと、ようやく私達へ向き直る。
「一つだけ、聞かせてくれ」
「なに?」
「周りからどう思われても構わないというなら、なぜ俺にこの話をした? 俺がそうしたことに否定的なのは、雫も分かっていたはずだ」
その問いを受けて、雫は今日初めて少しだけ迷うように視線を彷徨わせる。
しばし悩み、一度私を見て肩の力を抜くと、躊躇いがちに口を開いた。
「誰にどう思われてもいい。でも……叔父さんには、出来れば分かって欲しいと思ったから。……家族、だし」
「………………」
雫の言葉に、叔父さんは一瞬だけ目を見開く。
そして、もう一度深々と溜息を吐くと。
「分かった、好きにしろ」
そう、言った。
「ただし、自分で選んだ道だ、泣き言は聞かんぞ。それ以外だったら、まあ、力になってやる」
「叔父さん……! ありがとう!」
「ふん……礼などいらん」
そう言うと、叔父さんは隣に置いてあった荷物を持って立ち上がった。
そのまま出て行こうとする叔父さんに、私は慌てて声をかける。
「叔父さん、もう行くの?」
「ああ。俺がこれ以上ここにいるのも無粋だろう? 邪魔者はさっさと退散するさ」
「そっか。じゃあ叔父さん、またね」
私がそう言って手を振ると、叔父さんはまたも少しだけ目を見開く。
……今日はなんか、叔父さんの初めて見る顔がたくさんだなぁ。
「……ああ、またな。ちゃんと幸せになれよ」
最後にそれだけ言って、叔父さんは家を後にする。
こうして私達二人の仲は、無事に家族公認の物としてここに成立するのだった。
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