第47話 とあるドMの呟き

「ふぅ……疲れたわ……」


 VRギアを外した私……成瀬美緒は、大きく息を吐いてベッドに体を投げ出しました。

 HP特化型タンク、“ボコミ”としてFFOを始めて早半年。決闘は何度もしたけれど、ここまで熱く燃えるような戦いはティアお姉様以来かもしれません。


「ふふふ……どんな状況であれ、最後まで足掻くのが相手への礼儀、ですか……」


 今日の対戦相手……ベルお姉様の言葉を思い出し、私は少しばかり口角を吊り上げます。

 私にとって、ゲームというものは普段は抑え込んでいる欲望を気の向くままに曝け出すための手段でした。

 常に周りの模範となり、真面目に授業を受け、委員長なんてやったりもして、更には常にトップの成績を取ることを第一に。

 そう在ることを望まれて、私自身それを当然のことだと思いながらも、心のどこかで覚えていた息苦しさ。

 それをぶつけるためのはけ口として……単なる気晴らしとして、私はゲームをやっています。


 だから……あんな風に、全力で楽しみながら、本気で叩き潰そうと迫って来る少女の姿を見て、なんて眩しいんだろうって思いました。

 とんでもないやり方でボコボコに叩きのめされて、悔しさが湧き上がるよりも先に、もっと仲良くなってみたいと……そう思ったんです。


「こんな風に思ったのは、あの子以来ですね」


 思い浮かべるのは、子供の頃から勉強漬けで、それが当然と思っていた私の前に突如現れた、強大なライバル……鈴宮鈴音。

 高校からの同級生である彼女は、お世辞にもたくさん勉強しているとは言い難い人でした。

 学校の休み時間には友人と喋ってばかり。授業中には眠気を堪えてフラフラと船を漕いでいることも多く、どうやらバイトまでしているらしいと聞かされて。

 勉強に使っている時間など、私と比べればほんの僅かなのは間違いない。にも拘わらず……初めてのテストで、彼女は私を上回る点数をポンと叩き出しました。


 天才とはこういう人のことを言うのかと、一時期は酷く嫉妬しました。友人とワイワイ騒いでいる彼女を、何度叱りつけたか分かりません。

 ……いえ、それ自体は今もさして変わりはないのですけど……閑話休題。


 ともかく、私はその頃、なんとも理不尽な感情を彼女に対して抱いていたのですが……そんな私に臆することなく、彼女がある日こう言ったんです。「勉強教えてくれない?」と。

 何の嫌がらせかと思いましたが、彼女の目は真剣そのもので……ついつい、私はその頼みを承諾したんです。少々の、嫌味を添えて。


『あなたでも、勉強するんですね。いつも遊んでばかりかと思っていました』


『いやまあ、遊んでばっかりって言われると否定しづらい部分もあるけど……そりゃあするよ、私だって良い成績取りたいからさ』


『そうなんですか? 少し意外ですね、そういうことには興味ないかと思っていました』


『興味津々だよ! だってほら、成績良ければ、大学行くのにも奨学金とか貰えるでしょ? あれ狙ってるんだよね』


『奨学金って……家にお金がないんですか?』


『無いことはないけど……うちってさ、親がいないから。お金は少しでも節約したいっていうか』


『っ……すみません、無神経なことを聞きました』


 冷静に考えれば、私の通っている高校は特別な理由がない限り、原則として生徒のバイトを禁止していたはずなので、その時の私がいかに鈴音さんの事情を考えようとしなかったのか、嫌でも思い知りました。

 罪悪感に駆られる私に、けれど鈴音さんは明るく言い放ったんです。


『気にしないで。親がいなくても、私には妹がいるから』


『妹さん……ですか?』


『そう! 雫って言ってね? 滅茶苦茶可愛いんだよ!!』


 それからは……まあ、はい。あまり思い出したくもないくらい、延々と妹さんの賛美を聞かされた気がしますね。正直、あれで罪悪感も何も全て吹き飛びました。

 そして……ようやく分かったんです。


『ともかく、私は雫を養えるくらい稼ぎたいから、奨学金獲って、ちゃんと良い大学行くの!! まあ、我ながらあまり真面目な授業態度とは言えないし、難しいかもしれないけど……』


 彼女は、誰よりも……私よりも、ずっと頑張っていました。

 漠然と、親に言われるまま良い成績を取ることだけを目的としていた私と違って、彼女はちゃんとその先にある将来を見据えて、限られた時間の中で必死に上を目指していたんです。


 そんな子に嫉妬していた自分が恥ずかしいし、何より……これだけ頑張っている子から、一位の座を奪い取ろうとするのが正しいことなのか、分からなくなりました。

 でも、そんな私に彼女は……


『だからね、成瀬さんがクラスメイトで良かった。成瀬さんみたいにいつも勉強頑張ってる人がライバルにいれば、私、もっと雫に誇れるくらい成長出来る気がするし。だから、これからもよろしくね』


 そう言って、晴れやかに笑いました。

 醜い嫉妬の感情を向け、彼女の努力を見ようともせず、嫌味ったらしく説教を繰り返すばかりの私を指して、クラスメイトで良かったと。

 この堅苦しい性格のせいで、煙たがられることはあっても、仲良くしてくれる人なんて一人もいなかった私に、これからもよろしくと……そう言って。


『……こちらこそ、よろしくお願いします。でも、あなたの事情がどうであれ、次のテストで一位を取るのは私ですからね!!』


『ふふふ、望むところ! 一緒に頑張ろうね、成瀬さん』


 夢の実現を思うなら、ライバルなんていない方がいいはずなのに。それでは妹に誇れないじゃないかと笑う彼女は、私にとってあまりにも眩しい人でした。

 そんな彼女に、負けたくない。今はまだ、何も目標のない私だけれど、せめて彼女にとって良き目標であり続けたい。

 あの日、あの時……鈴音さんは、私に初めて、毎日を頑張る“目標”をくれたんです。


「思えば、FFOに手を出したのもあれが切っ掛けでしたね……勉強ばかりして勝てないなら、私も勉強以外のことに目を向けたら変わるでしょうか、と……」


 ……その結果がゲームで、我ながらあまり人前では見せられない欲望丸出しのキャラクターなんですから、ちょっと道を踏み外した気がしないでもないですが。

 まあ、結果としてこの間の中間テストでは鈴音さんに勝ちましたし、やはり心の余裕は勉強でも大事ということですね。ふふん。


「そして……そのお陰で、ベルお姉様と出会えた……」


 鈴音さんと同じ、輝かしい光を放つ少女。

 情け容赦一切ない怒涛の連撃と、無垢な笑顔が織り成す愛らしいギャップ。

 心の底からゲームを、そして私を甚振ることを楽しんでいるあの表情、生半可なプレイヤーじゃ出せません。ティアお姉様も素晴らしかったですが、ベルお姉様はそれ以上です。


「ああ、本当に……もっと仲良くなりたいです……!!」


 為す術もなく蹂躙され続けるあの感覚、一度覚えたら病みつきです。

 もっと強くなって、もっと無様に抵抗すれば、ベルお姉様はもっと強くなって、もっと激しく私を攻めてくれるでしょうか? ふふふ、今から楽しみで仕方ありません……!


「鈴音さんも、ベルお姉様も……もっともっと、その輝きを私に見せてください……もっと、私がズタボロになるくらいに……!!」


 本当、我ながらどうして、こんな趣味になってしまったんでしょうね?

 でも、なってしまったものは仕方ありません。私は、これからも求め続けます。


 限界まで振り絞った私の全力に、最後まで付き合って……そして、打ち負かしてくれる人を。


 私の成長を促す、甘美な敗北を刻み続けてくれる人を……!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る