第33話 雫の独白③

「よしっ、フィールドボス撃破ー! ココアちゃん、エレイン、ありがとう!」


「気にしなくていいよ、普段勉強見て貰ってるお礼だし、それに……ベルのめちゃくちゃな戦いぶりを間近で見れて面白かったし」


「いや待って、それどういう意味!?」


 わいわいがやがやと、私の前でお姉ちゃんとエレインが仲良く騒ぎ出す。

 この二人、昔からよくこんな調子で言い争うけど、いつも楽しそうだ。


「ねえココアちゃん、ココアちゃんは私のことどう思ってる!?」


 二人の様子を眺めていたら、ベルがそう言って私に詰め寄って来た。

 どうと言えば、めちゃくちゃかわいい。

 ついでに、そのめちゃくちゃかわいい顔で詰め寄られると、衝動的に抱きしめたくなるからやめてほしい。身長差のせいで強制的に上目遣いになるから破壊力高すぎるんだよ。


「え、抱きたいならいつでもいいよ? ココアちゃんには何度もお世話になってるし。ほら」


「ぶふっ!?」


 心の声が漏れてた!? ていうか、人が我慢してるって言うのにあっさりと抱いていいとか言うな! 私の理性がもたないから! だから手を広げていつでもウェルカムみたいな感じにするな!!


「二人とも仲いいね~、羨ましいくらい」


 顔中がかぁっと熱くなるような感覚を堪えて必死にベルを押し退けていると、エレインがにやにやと露骨な笑みを浮かべながら私を見つめていた。

 ……な、なにその目。その全て分かってますみたいな。まだ私、エレインには何も言ってないのに。


「え~、私からすれば、二人の方が羨ましいんだけど。なんであんなに完璧に連携できるの? エレインより私の方がココアちゃんとは長いのに」


「長いって言っても、精々一週間かそこらでしょ? 私はこれでもこのゲームじゃ古参だからね、連携の取り方なら一日の長があるってもんよ」


「うわっ、エレインが難しい言葉使ってる。珍しい」


「いやちょっと、その反応はおかしくない!? 私だってことわざの一つや二つくらい知ってるからね!?」


「だってエレインだしなぁ」


「ベルの癖に生意気!」


「うわっ、ちょっ、やめて~!」


 ふふん、と得意げに鼻を鳴らすエレインをお姉ちゃんがからかって、お返しとばかりに捕まってぶんぶん振り回されてる。

 リアルと微妙に感覚が違うゲームの中じゃ、三半規管の耐性が結構変わるから、慣れてるゲーマーにやられると地味にダメージ大きいんだよね。

 あ、お姉ちゃんフラフラになってる。可愛い。


「きゅう……目が回る……」


「ほらベル、しっかり」


 足取りが覚束ないお姉ちゃんを、後ろからそっと抱き留める。

 自然に抱きしめられたことに内心で小躍りしていると、そんな私を見てまたエレインがにやりと笑った。

 ……最初からそのつもりでお姉ちゃんをぶん回した? いやいや、そんなはずは……。


「さて、本当ならこの先に《空歩》スキル習得クエストがあるから、案内しようかと思ってたけど……思ったより時間も食ったし、今日の所は解散しようか。もうお昼だし、NPCの場所は後でメールするよ」


「うん? あっ、本当だ、いつの間に」


 エレインに釣られて、お姉ちゃんがメニューから現在時刻を確認する。

 可視状態だから、後ろから抱いてる私の目にもちらっと映ったけど、今は十一時を少し回ったところだった。確かに、私みたいな食い専はともかく、料理するお姉ちゃんからしたらそろそろ落ちる時間だ。


「それじゃあ二人とも、また今度ね!」


 そう言って、お姉ちゃんは元気に手を振ってログアウトしていく。

 残された私は、さてご飯が出来るまでティアの方を進めようかな、なんて考えつつログアウトしようとして……


「ところでティア、この間言ってた《炎竜の宝玉》は手に入ったの? 杖の素材にしたいって言ってたけど」


「うん、それなら何とか手に入ったから、そろそろ作ろうかと思……」


 何気ない調子で差し込まれた会話に、気付けば反応してしまっていた。

 恐る恐る顔を上げれば、そこにはしてやったり顔のエレインの姿が。


「やっぱり、ココアは雫ちゃんだったんだね。ティアに初心者のフレンドなんておかしいと思ったよ」


「……ナンノコトカナ」


「いやいや、ここまで来て誤魔化すの無理あるでしょ。さっきの立ち回り、私がどう動くのか全部分かった上でああも適切なサポートが出来るのは、ティア以外あり得ないし」


 ぷいとそっぽを向いてみるも、注がれるのは呆れたような生温かい視線だけ。

 渋々、私はエレインの方へ向き直った。


「……お姉ちゃんには、内緒にしてよ。動画の件だってまだ根に持ってるんだからね、私は」


「あはは、その件についてはごめんごめん。でも、結果としては良かったでしょ?」


「それは……」


 ……お姉ちゃんが動画を見て、私のことをどう思うか不安だったけど……たくさん褒められて、いつも以上にたくさん好きって想いを伝えられて……正直、少し……いや、かなりうれしかったけど。


 で、でも、恥ずかしかったから相殺してノーカン! ノーカンだから!


「そんなサブアカまで作ってお姉ちゃんの傍にいようとするなんて……何だかんだ言って、鈴音より雫ちゃんの方がシスコn」


「わー! わー!! げ、ゲームの中でリアルの名前出すのはマナー違反!!」


「ありゃうっかり。それじゃあリアルに戻ってじっくり話そうか?」


「うぐっ、うっ、う~~……!!」


 エレイン……いや、ここではもう蘭花さんと呼ぼう。この人は、私の気持ちを全部分かった上でからかってる。そして、私はそれに抗えない。

 だって……私達姉妹のことを、本当は誰よりも心配してくれてるのが、蘭花さんだから。


「そんなに心配しなくても、あの子ならどんな気持ちだって受け止めてくれるよ。少しは素直になりなって」


「分かってる……でも……」


 今だって、私のことを思って言ってくれてるのは分かってる。だけど私は、その素直になるっていうのがどうしても出来ない。


 私の気持ちが、普通の姉妹への想いとは違うって分かってるから。

 大丈夫だって頭では分かっていても、これを知ったお姉ちゃんが離れていっちゃうんじゃないかって考えたら、どうしたって素直になんてなれない。


 この世界に絶対なんてないって、嫌でも分からされた三年前の事故があるから、余計に。


「……まあ、いきなりは難しいか」


 そんな私の内心を察してか、蘭花さんはふっと力を抜いて追及を緩める。

 代わりに、また新しい悪戯を思いついたかのようににやりと笑った。


「でも、今年の誕生日プレゼントくらいは自分の手で渡しなよ。もうそろそろでしょ?」


「うぐっ」


 別の角度からの攻めに、私は再び目を逸らす。

 そう、もうすぐ……具体的には、ほんの一週間先が、お姉ちゃんの誕生日なのだ。


 私も当然、毎年のようにプレゼントは用意するんだけど……面と向かって渡せないから、蘭花さんに頼んで渡して貰ってる。あくまで、蘭花さんからの贈り物だって偽って。

 二年前は四つ葉のクローバーを栞にして贈って、去年は快眠枕を贈ったんだよね。

 貰ってからどうしてるのか気になって、それとなく探りを入れてみたこともあるけど……普通に大事にされてたから、なんだか自爆した気分になった。うん、思い出すだけで恥ずかしい。


「大丈夫、あの子はどんな贈り物だって喜んでくれるから。だから頑張って」


 いつもいつも、私を励まして背中を押してくれる蘭花さん。

 これまでは、いくら背中を押されても動けなかった私だけど……今は。


「うん……がんばる」


 私も、がんばるって決めたから。

 お姉ちゃんの前で素直になるのは、恥ずかしいし、怖いけど……いつも真っ直ぐ好意を向けてくれるお姉ちゃんのために、少しずつでも、応えてあげるんだって。


 そんな想いで頷いた私を見て、蘭花さんは少しだけ驚いたように目を見開き……そして、優しく笑った。


「よーし、よく言った。ご褒美に今度、バイト中の鈴音の秘蔵写真を送ってあげよう」


「……もらう」


 ぐしぐしと、仮想の体で私の頭を撫でる蘭花さんのその顔は、どことなくお姉ちゃんと同じ優しさを感じて……類は友を呼ぶってこういうことなのかなって、漠然と思った。

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