第116話 努力の方向とサボり方

「ねえ雫、これってどういう状況?」


 FFOの配信で諸々の告知を行った私は、さて久々に家事をしようとログアウトした。

 お昼を作るにも、まずは冷蔵庫に何があるか確認しないとなー、なんてキッチンに向かったんだけど……なぜか途中で雫に捕まり、自分の部屋に逆戻り。


 そして今、ベッドの上で雫に膝枕されていた。いや、なんで?


「どうって、お姉ちゃんを寝かし付けてあげようかと。こういうの、好きかなって……」


「うん、雫の膝枕なんてそれこそ黄金にも代え難き至高の枕であることに間違いないんだけど」


「そ、そこまでの価値はないから……!」


「そのことについては後で小一時間語るとして」


「小一時間!?」


「私、ご飯作らないといけないんだけど」


 この世の真理を聞いてなぜか驚く雫は置いといて、当面の問題点について疑問を呈する。


 すると、雫の口からはなぜか溜息が。いやなんで?


「お姉ちゃん、ついこの前倒れたばっかりだよね?」


「うん、そうだね」


「お医者さんからも、みんなからも、もう無理しちゃダメだって言われたよね?」


「言われたね」


「だから、これからは私がお姉ちゃんのお世話するの。お姉ちゃんはお昼が出来るまで昼寝の時間」


「私赤ちゃんか何か!?」


 いやいやいや、確かに無理するなとは言われたけど、そこまで介護されなきゃならないほど酷い状態じゃないからね!?


 でも、そんな突っ込みは想定済みだったのか、雫はジトリとした目で私を見つめる。


「でも、お姉ちゃんを自由にさせたら、どうせすぐに無理するでしょ?」


「い、いや、そんなことないよ?」


「私のお世話、好きでやってたんでしょ?」


「うぇ? そ、そうだね」


「好きすぎて自分が無理してるって自覚出来ないくらいはまってたんでしょ?」


「は、はい、そうです」


 鼻先が触れ合いそうなくらいの勢いで、雫が詰め寄ってくる。

 私はベッドで横になってるし、絵面だけ見たら追い込まれてる……ように見えて、雫自身、自分で言うのが恥ずかしいのか顔が真っ赤だ。可愛い。


「私だってがんばったんだから、次はお姉ちゃんの番」


「……と、言いますと?」



 あまりにも突拍子もない言葉に、私は目を瞬かせる。

 サボるのって、頑張ることだっけ?


「だから今日から、お姉ちゃんは私にお世話されるの。たくさん甘えていいよ?」


「うん、雫にこうやって甘やかされるのもそれはそれで悪くないというか至福の時間ではあるんだけど、本当に大丈夫?」


「もう、私だってみんなのお陰で、家事出来るようになったんだよ? 叔父さんがまたいつ来るか分からないし、もっとしっかり出来るようにならなきゃ。それに……」


 ちょっとだけ顔を離し、目を逸らす。

 どうしたのかと首を傾げる私の前で、雫は小さく呟いた。


「私も、その……お姉ちゃんのお世話とか、したら……力になれてる感じがして、嬉しいから……えへへ……」


 もう一度視線を合わせ、ふわりと微笑む私の天使。

 そのあまりの可愛さにクラクラしながら、私は照れて赤くなってる雫の顔を抱き寄せた。


「おねえちゃ、んっ、むぅ……!」


 ちゅっ、と軽く唇を触れ合わせ、リンゴみたいに赤くなった雫を見てにこりと笑う。


「ありがとう雫。私も、まあ、頑張って甘えられるようになってみるね」


「ん……よろひい……」


 動揺が収まらないのか、微妙に噛んでる姿が可愛くて、思わず笑ってしまう。

 そんな私を見てぷくっと頬を膨らませるけど、そんなことしたって余計に可愛いだけだって分かってるんだろうか?


「もう、早く寝てよお姉ちゃん。じゃなきゃいつまで経ってもご飯作れない」


「あはは、ごめんごめん。でも、雫の膝枕が気持ちよすぎて、正直寝るのがもったいないような……」


「じゃあここまでにしようかな」


「あー、あー、あー、子守唄!! そう子守唄歌ってくれたら眠れる気がするな!?」


「子守唄……?」


 こくこくと頷くと、雫は困ったように眉根を寄せる。

 この子は引っ込み思案であまり目立つことも好きじゃないし、合唱とかでもあまり声を出さない方だけど……贔屓目を抜きにしても綺麗な声してるし、歌とかすごい上手だと思うんだよね!


 単純に、私が聞いてみたいっていうのが大半だけど!


「……しょうがないなぁ……今回だけだよ……?」


 悩んだ末、雫はそう言って咳払いを一つ。

 ワクワクと、眠気とは正反対の感情を胸に抱きながら、その声に耳を傾けて……


「――――♪」


 本当に、天使が舞い降りたのかと思うほど綺麗な歌声を聞いて、思わず目を見開く。

 聞いているだけで心が癒されそうな子守唄に合わせ、慈愛に満ちた表情で優しく頭を撫でてくれる、愛しい恋人。


 自分で言っておきながら、正直あまり眠れるとも思ってなかった私だけど、その天上の歌声を聞いているうちに、徐々に目蓋が重くなり――


 気付けば、私の意識は眠りに落ちていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る