第117話 久々の学校とキャラ違い

「みーんなー、久しぶりー!」


 いつもの、ただし二週間ぶりの学校にやって来た私は、クラスに突入するなりそう叫んだ。

 いえーい、とノリノリで飛び込んだ私に対して、クラスのみんなは苦笑混じりに声をかけてくれる。


「久しぶりー」

「元気そうだな」

「相変わらず騒がしいやつだなー」

「お前静かだとなんか寂しいとか言ってなかったか?」

「うるせー」


 ワイワイと一気に騒がしくなる温かな雰囲気。うんうん、これはこれで、帰ってきたなーって感じがするね。


「やっほー鈴音。久しぶり……でもなんでもないけど、おかえり」


「ふふっ、ただいま、蘭花。色々とありがとうね」


 そして、その中には当然、親友の姿もある。

 快気祝いの時は雫に構いっぱなしでちゃんとお礼も言えてなかったから、この機会にちゃんと口にしておく。


「初めての家事にあたふたして、鈴音のために奮闘する雫ちゃんを見るのは楽しかったし、気にしなくていいよ。というか、私はあまり手助け出来なかったしね」


「叔父さんの制限があったからでしょ? むしろ、その中でも色々と動いてくれて、私も雫も助かったんだから。お礼くらい言わせて」


「ははは、どういたしまして。でもそれなら、直接手助けした人にも言わないと」


 そう言って、蘭花が指差す先にいたのは、クラス委員長の成瀬さん。真面目な顔して、実はボコミとかいうド変態HP特化タンカーで一緒にFFOをプレイしていたという、驚愕の事実が判明した子だ。


 ……改めて考えると、すごい状況だねこれ。どう声をかけたものか。

 まあ、ゲームはゲームだし、成瀬さんもあのキャラをみんなに知られたら困るだろう。いつも通りでいいか。


「成瀬さん、おはよう! 聞いたよ、雫の家庭教師してくれてたんだって? ありがとうね」


 挨拶してから気付いたけど、私って別段ボコミと成瀬さんで口調とか変わらないや。精々拳に訴えることがあるかないかくらい。

 拳にしたって、別に私から殴りに行ったことなんてないし、ボコミみたいな変態行動を取られない限りはボロなんて出ないよね。


「お……」


「お?」


「お姉様!!」


「よいしょっ」


「のほげっ!?」


 なんて言ってたら、成瀬さんの方から飛びかかってきた。

 うっかりそのまま床に引き倒しちゃったけど……だ、大丈夫かな?


「ふ、ふふふ……この感じ、懐かしいですわ……ああ、この二週間、お姉様がいなくて私、ずっとずっと欲求不満でしたの……!」


 ああうん、大丈夫だけど大丈夫じゃなかったよ。どうしようこれ?


「さあお姉様、私をもっと痛め付けてくださいまし!!」


「ねえ成瀬さん? ここ学校だからね? キャラ間違ってるよ?」


「ここがどこであるかなんてどうでもいいですわ! さあお姉様、いつものように私をいたぶってくださいまし!!」


「あの二人、そういう関係だったのか……」

「まあ、成瀬さんもなぜか鈴宮さんにだけやたらと絡みに行ってたものね……」

「嫌よ嫌よも好きのうちってやつ?」

「こういう時なんて言えばいいんだろう? おめでとう?」


「ねえ成瀬さん!? 一旦落ち着こう!? なんかすんごい誤解が生まれてるから!!」


 私の嫁は雫だけだから! こんな変態の嫁はいらない! 友達で十分!!


 そう叫ぶと、成瀬さんはうるうると瞳を潤ませ……って、え?


「お、お姉様、リアルでも私のことをお友達だと思ってくれていたんですのね……! いつも口煩く注意してばかりで、てっきりうざい女と思われているかと……!」


「いや、そんなことないから。成瀬さんが私達のために怒ってくれてるのは分かってたし……」


「うぅ、お姉様ぁ!」


「よいしょっ」


「のほげっ!?」


 再び飛びかかってきた成瀬さんを、またも反射的に床へ組み伏せる。


 いやうん、なんというか、癖になっちゃってるよ。むしろ痛くないように加減出来た自分を褒めてもいいくらいじゃないかな?


「二人とも、ゲームじゃないんだからそれくらいでね? みんなドン引きしてるから」


「いやこれ、成瀬さんはともかく私のせいじゃなくない?」


「少なくとも、抱き着かれた時の対処法が関節技なのは普通じゃないから」


 苦笑と共にそう言われて、流石に反論も出来ずに「ぐう」と唸る。


 いやうん、私としては正当防衛を主張したいけど、それはそれとしてこの絵面は客観的に見て酷いもんね。


「ほら成瀬さん、続きはゲームの中でしてあげるから落ち着いて」


「ふう、そうですね、鈴宮さんが戻ってきたことで少し興奮し過ぎました」


 蘭花の言葉に思うところがあったのか、ようやくいつも通りの口調に戻る成瀬さん。完全に組み伏せられている状況で突然真面目な顔になるもんだから、すごくシュールだ。


「ゲームと言えば、先日の配信で夏イベントの協力者を募集していましたね。集まりは順調ですか?」


「うん、雫が選定して人数を絞ってくれてるよ。私も手伝おうかと思ったんだけど、入院中に誰が助けてくれたとか、そういうのは雫じゃないと分からないって断られちゃった」


 はあ、と、溜息一つ。

 雫が成長してくれるのは嬉しいけど、手が掛からないとなるとそれはそれでやっぱり寂しい。


 うー、雫を甘やかしたい、おはようからおやすみまで全部お世話したい……!


「鈴音は本当に世話好きというかなんというか……まずはそこを矯正しないことには、雫ちゃんとの二人暮らしを叔父さんに認めさせるのは難しそうだねえ」


「雫にも、頑張ってサボることを覚えろって言われちゃったよ。うぐぐ、サボるって難しい」


「世の大半の人間が聞いたら卒倒しそうな悩みですね」


 成瀬さんにはそんな風に言われちゃったけど、割といると思うんだよね、私の同類も。

 ほら、何かしてないと落ち着かないとか、そういう感じ? 分からない?


「なるほど、遊びたい盛りの子供か」


「その断じ方は違くない!?」


 そんな私の感覚を蘭花によって一言で纏められ、思わず抗議の声を上げる。


 私はもう大人だよ!! 最近はバイト代に加えて、配信の広告料も入って来てるから収入はそれなりだよ!? まだ雫を養うには足りてないけどね!!


「まあ、鈴宮さんが子供っぽいのは今に始まったことではないので置いておくとして」


「あんなに欲望全開で周囲をドン引きさせた成瀬さんがそれ言う!?」


「雫さんがそちらでかかりきりなのでしたら、イベントが始まるまでは一緒にプレイ出来なそうですね。鈴宮さんは何をして過ごすおつもりですか?」


 私の突っ込みを華麗にスルーし、今後の予定を尋ねられる。

 いやまぁ、いいけどさ。なんかこうモヤモヤするよ!!


「とりあえず、必要になりそうな消耗品の補充とレベル上げ、後はスキル集めかな? 地属性の強化スキルは早めに解放しておきたいし」


 属性強化スキルは、毎度ユニークで強力な物が揃ってる。

 最後の一つも期待出来そうだし、イベント前にちゃんと習得しておきたい。


「二人はどうするの?」


「私も鈴宮さんと同じですわ。せっかくなので一緒にやりたいのですが、よろしいですか?」


「いいよ、もちろん。蘭花は?」


「私は消耗品が多いから、しばらくは素材と資金集めに奔走かな。イベントまでには準備を整えておくよ」


「分かった」


 今後の予定を立て、話が纏まったところで、ちょうどチャイムが鳴り響く。

 未だガヤガヤと騒がしかった教室に、ガラガラと扉を開けて先生が入ってきた。


「おうお前らー、夏休みが近いからって気を緩めるなよー、ほら、席に着いた着いた」


 パンパンと手を叩かれるのに合わせ、大慌てで自分の席へ戻っていくクラスメイト達。


 私達の暑い夏は、もうすぐそこまで迫っていた。


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