第118話 船乗りさんと肩慣らし

 私が退院してから、一週間ほど時間が過ぎた。

 その間私は、適当なエリアで雑魚相手に戦闘を繰り返し、レベルを限界まで引き上げたり、地属性魔法の使用回数を稼いだりと、イベントに向けた準備を着々と進めて来た。


「よう嬢ちゃん、久しぶりだな」


 その総仕上げとして、私は今日、訓練施設へとやって来た。

 《投擲》スキルの入手以降、すっかり来る機会も失っていたここを選んだ理由は、至極単純。


「久しぶり、船乗りさん。今日はね、訓練じゃなくて……あなたと戦いに来たの」


「ほう?」


 面白そうだと言わんばかりに、無精髭の残る顎を撫で付ける船乗りさん。

 そんな彼に対し、私はクエスト発生のキーとなる言葉を放つ。


「本気のあなたと戦いたい。私と勝負しなさい」



特殊クエスト:船乗りとの決闘 0/1

・海賊王ロジャーの撃破 0/1

報酬:50000クレジット、称号海賊王、海賊王の首飾り



「いいぜ? これでも昔は七つの海を制覇した大海賊として名を馳せた男だ。お嬢ちゃんがどれほど腕を上げたのか、確かめてやる」






 視聴者さんから、物凄く強いと聞かされていた船乗りさん。

 でもまさか、海賊王って……絶対下っ端だと思ってたよ。


「さあ、行くぞ!!」


 闘技場とでも呼ぶべきか、ぐるりと客席で囲まれたフィールドで、船乗りさん改めロジャーが突っ込んでくる。

 その手に握るは、一本の曲刀カットラス。海賊の剣と言えばこれってイメージあるよね。


「はぁ!!」


「おっと」


 決闘可能なNPCの中では、現在実装されてる中でも最強との噂。

 それに違わぬ速度で振り抜かれた剣を、逆に懐へ飛び込むようにして回避する。


「《魔法撃》!!」


「ぐおっ」


 強化スキルを乗せて、腹をひと突き。ロジャーが吹っ飛んでいく。

 それを見て、配信中のコメント欄もいい感じの盛り上がりを見せていた。


『いとも容易くカウンターを決めていくぅ』

『俺、こいつに挑んでコテンパンにやられたばっかだから、是非とも仇を討って欲しい』

『いや負けたんかいw』

『お前、ベルちゃんに毒されて感覚麻痺してるだろ、こいつすげー強いからな?w』


 うんうん、いい感じに伸びてる。

 ぶっちゃけ、ここ最近はあまり派手な戦闘もなかったせいか、視聴者数が落ち込んでたんだよね。この分なら、今回の動画は結構稼げそうだ。


 えっ、現金な奴だなって? いいじゃん、私だってお金欲しいんだよ。だって夏だよ夏、雫と海の見えるホテルでハネムーンしたいんだよ!


「やるじゃないか、ならこいつでどうだ!」


「っ!?」


 私がコメントに目を向けている隙に、ロジャーが懐から新しい武器を取り出した。

 ジャキッ、と離れた位置から無造作に突き付けられたその武器を見て、私は目を丸くする。


 ちょっ、この世界に銃があるなんて聞いてないんですけど!?


「うわっと!?」


 ズガンッ!! と音を立て、音速を超える弾丸が頬を掠める。

 ゲームだし、当たったからって即死することはないと思うけど、だからって当たりたいものでもない。危なかったぁ。


『ちょっ、なんでこの子銃弾躱せるの!?w』

『まあベルちゃんだしな』

『ベルちゃんだしなで納得させられるのずるいわ』

『あ、ちなみにそれ連射してくるから気を付けろよー』


「はい!?」


 しれっと重要すぎる情報がもたらされた直後、ロジャーの持つ銃が連続して火を噴いた。一発、二発、三発。

 体を捻り、ぐるりとその場で転がって、最後に大きく飛び退くことでどうにか躱しきったけど、今のは結構ヤバかった。


 ていうか、その銃単発式のマスケット銃でしょ!? どう見ても連射出来る構造してないんですけど!?

 運営さーん!! この人バグってますよーー!!


『存在自体がバグの塊みたいな幼女が何を言ってるんだw』

『気のせいか、運営の「お前にだけは言われたくない」という魂の叫びが聞こえてきた』

『運営「むしろアサルトライフル持たせたいんだけど」』

『ベルちゃんならマシンガンもリアルで無力化しそうで恐い』


「ここには私の味方はいないのかーー!!」


 ていうか、流石にマシンガンとか無理だから! 今躱せてるのは、いくら連射出来るって言っても一発ずつしか飛んで来ないのと、ここがゲームであるがために銃口と弾道の間に一切ブレがないお陰。リアルだったら普通の拳銃も躱せないよ。


 ……多分。


「おら、まだまだ行くぜ!!」


 片手に曲刀、片手に銃のスタイルのまま、私に向かって突っ込んでくる。

 正直、ホッとした。

 私の遠距離攻撃手段なんて、斧を投げ付けるくらいしかないからね。そのままずっと銃でチマチマやられたら、大分厳しい戦いになるところだった。


 でも、そっちから近付いてくれるなら好都合。また距離を置かれても面倒だし、ここで決めよう。


「おらぁっ!!」


 走り寄った勢いのまま、曲刀が振るわれる。

 袈裟、横薙ぎ、斬り上げと、連続して襲い来る斬撃に加え、合間を縫うように放たれる零距離射撃。中々に速いけど、どれもアーサーさんほどじゃない。

 余裕を持って一つずつ躱し、連撃の終わりを狙って一気に懐へ飛び込んだ。


「うおっ!?」


「やぁっ!!」


 飛び込んだ勢いで、繰り出すのは肘打ち。杖で殴ると吹き飛んじゃうから、まずは打撃で体勢を崩す。

 よろけた体に回し蹴り、膝蹴り、頭突きと叩き込み、仕上げとばかりに杖の一撃でかち上げる。


「ぐおぉ!?」


 ふわりと浮かぶ、ロジャーの体。残りHPは、四割くらいか。結構殴ったけど、やっぱりただの打撃じゃ思ったほど減らないな。


 でもまぁ、これで終わりだ。


「さあ、ようやくお披露目だよ! 一週間かけて習得した最後のスキル……《ガイアドライブ》!!」


 この一週間、散々に地属性魔法を連発して習得したスキルを発動すると同時、体に土色のエフェクトが纏わり付き、ズシンと体が重くなる。

 踏ん張ってないと体ごと押し潰されそうな感覚に抗おうと足に力を込めれば、私を中心に地面がひび割れた。



スキル:ガイアドライブ

分類:強化スキル

習得条件:【魔術師】レベル20以上、《アースブラスト》にて距離一メートル以内の敵を一定数撃破。

効果:一定時間ATK大アップ、物理攻撃に地属性付与、移動不可。



『ちょっ、移動不可てw』

『シンプルに酷いデメリットw』

『だがその代わりATK大アップである』

『まさか炎より上昇率高いとは思わなかったわ』


 私がしれっと表示させたスキル詳細を見て、みんなも中々驚いてる。

 いや実際、私も使うのは初めてだけど、本当に体が重くて動けない。これは《フレアドライブ》より使いどころが難しいかも。


 でもまぁ。


「今は、動けなくても関係ないよね……!!」


 地面から足が浮いてしまい、私の目の前で無防備を晒すロジャーに向けて、私は杖を振り下ろす。


 ドゴォン!! と、もしかしたら地味なスキルなんじゃないかという不名誉な言い掛かりを払拭するかのような派手な音を響かせて、ロジャーの残ったHPを全て消し飛ばすのだった。

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