第72話 崩れた足場と投身自殺?

「《フレアランス》!」


 ティアの放った炎の槍が、空を飛翔するブレイドバードを二体纏めて焼き払う。


 そんなティア目掛け、雲の中からスモーグが襲い掛かって来るけれど……


「どりゃぁぁぁぁ!!」


 そんな不埒者は、私が杖でぶっ飛ばす。

 一応、ボコミが先行して敵を炙り出し、エレインが狩って回ってくれるとはいえ、それで全部が釣れるわけじゃないからね。なまじ敵が雲の中に隠れているせいで、普通に打ち漏らしだって出てきちゃう。


 そういうのをティアに近付かせないようにするのが、私の役目だ。


「順調だね! そろそろボスが来てもおかしくない気がするけど……」


「そうだな。けど、頂上まではまだ距離があるし……倒した後も道が続きそうだ」


 だから必然的に、ティアと二人で話す機会が格段に増える。

 さっきまでとは打って変わり、どこか弾む声色で語るティア。


 お楽しみがまだまだ続きそうで嬉しいのかな? ふふ、本当にゲームが好きなんだね、ティアは。


「そうだといいねー、私ももっとティアとこうして遊びたいし」


 そんなティアの顔をニコニコと見守りながらそう言うと、ティアは照れたようにそっぽを向く。


「お、オレも……お姉ちゃんと遊べるのは嬉しいし……その……」


『てえてえ……』

『浮気性だけど最後はやっぱり妹をたらしに来るベルであった』

『今度はココアちゃんに嫉妬されるパターン』

『いつか刺されるのでは? このたらし姉』


 もじもじと呟くティアを見てか、そんなコメントが流れて来る。

 うふふ、実はそのココアちゃんも妹だから、何も問題はないのだよ。むしろ嫉妬という口実でもっとベタベタしてくれないかな?


 うん、想像したら鼻血出そう。嫉妬するココアちゃん、いい。


「……お姉ちゃん、今ココアのこと考えてたでしょ」


「え? ああうん、嫉妬するココアちゃん可愛いだろうなぁって」


「むむ……」


「ふふ、心配しなくても、私はティアのことが世界一可愛いと思ってるよ。そうやって焼きもち焼いてくれる顔も含めてね?」


「や、やきもちなんてやいてないっ! ばかっ! ……で、でも……ありがと」


 顔を真っ赤にして反論しながらも、ティアはカメラに見えないような位置で私のローブの裾を掴む。


 うちの妹が天使過ぎて辛い。自分の配信用カメラの位置だけ気にして、私の分のカメラが頭から抜け落ちてるのも含めて。


『砂糖吐きそう』

『誰かブラックコーヒー持ってこい!』

『最初から用意していた俺に死角はなかったぐはぁ!!(砂糖)』

『ああ! ↑が死んだ! この人でなし!』


 うん、いつものことだけど、盛り上がってるねえ。

 羞恥を誤魔化すように魔法を連打してモンスターを狩っていくティアを横目に、私も自分の役割を果たすべく杖を振るう。

 裾を掴まれてるせいで若干の動きづらさはあるけど、今はこの不便すら愛おしいよ。


「……んん? 何これ」


「うん? どうかした、エレイン?」


 そんな風にぽかぽかとした心持ちで攻略を進めていると、エレインと、ついでにボコミまでもが唐突に立ち止まった。

 一体どうしたのかと思えば、無言で道の先を指差される。


「うんー? ……って、何これ、道がない!?」


 ずっと続いていた雲の道が唐突に途切れ、遥か下まで見下ろせる青空が広がっていた。

 試しに道の端まで行ってみれば、吹き荒ぶ風が一際強くなっていて、もしかしたらこれで雲が吹き飛ばされたのかもしれない。


「少し先から道は続いてるけど……これじゃあ私の《大跳躍》と《空歩》の合わせ技でも届きそうにないね。足場になる雲も浮いてないし……どうしよう?」


「ボスを目前に、とんでもないギミックが出てきたな……」


 エレインの嘆きに、ティアもまあ困ったように周囲へと視線を走らせる。


 ここに来るまでずっと一本道だったし、どうにか飛び越えるしか無さそうなんだけど……うーん?


『さっきから戦ってるブレイドバードをテイムするとか?』

『騎乗モンスターなんてそれ専用にスキル伸ばさなきゃ無理だろ。そんな限定的なプレイヤーしか突破出来ないギミックなんてあるか?』

『さっきの隠しエリアみたく、どこかに抜け穴があるのかも?』

『パッと見無いけど、実は透明な床が続いてるとか……』

『そもそもこれ落ちたらどうなんの? 即死?』

『ここだけ風が強いのはギミックの気配がするよなぁ。実は飛んでみたら意外と落ちないとかあるかも』

『何かフラグが足りてないのかな? ここから先は町で情報集めないとダメなのかも』


 視聴者さんから、様々な意見が投げ込まれる。

 ひとまず、一番あり得そうだということで近くに抜け穴や隠しエリアがないか四人で探ってみたけれど、そうしたものは見付からない。


 じゃあ、次は……実は透明な床が続いてる説を試してみよう。


「なら、まずは軽く手で叩いて……」


「ほいっ!」


「確かめ……えっ?」


 ティアが手を伸ばしている横で、私はごく軽い調子でジャンプ。空中へと身を投げ出す。


 いやほら、"落ちたらどうなるか"と"風で飛ばされて実は落ちない"説もどうせ試さなきゃいけないし、だったら諸々込みで実際に飛んでみた方が早いよね?


 そんな言い訳を、ポカーンと口を開けるみんなに対して思いながら……私の体は、何にも受け止められることはなく、あっさりと落ちていった。


 うーん、ダメかー。


「お姉ちゃーーーーん!?」


「ベルお姉様ーーーー!?」


『ちょw この子なんの躊躇いもなく飛びやがったw』

『もう少し手順踏めよ!w いや上がってた仮説の大半が一発で消し飛んだけどさw』

『ベルちゃん死亡』

『まさかの新エリア初死が自殺とは……』


 ティアとボコミの悲痛な声と対照的に、コメントはどこまでも能天気に笑ってる。


 でも残念、私は死に戻るつもりなんて欠片もないよ?


「《エアドライブ》!!」


 パラシュートなしのスカイダイビングは、落下ダメージが発生するだけの距離を落ちた時点で終了。すぐさまスキルを発動し、私の体を暴風が包み込む。


 この状態の私なら、ちょっとした刺激でかなり大きく吹き飛ぶし、《マナブラスト》で自爆すれば元の位置まで十分戻れるだろう。


 そう思い、杖を構えて……


「っ、うひゃああああ!?」


 自爆するより早く、私の体はこの近辺で元から荒れ狂っていた突風に呑まれ、木の葉のように巻き上げられた。


 これ、演出じゃなくて本当に風が吹いてるんだね! だったら、この風が何かのギミックに関わってるっていうのはほぼ確定だよ! よーしまた一つ分かった!!


 でも、その前に誰か止めてぇぇぇぇ!!


「《バインドアンカー》!!」


 すると、元いた足場の近くまで私が押し上げられると同時、エレインの投げた鉤縄が私の体を縛り上げる。

 これもスキルの恩恵か、突風の中だろうと関係なくガッチリと固定されたその縄を、エレインは思い切り引っ張った。


「よい、しょっ!!」


「うひゃあ!?」


「お姉ちゃん!!」


 突風の中から引っ張り出された体を、ティアが受け止めてくれた。


 ふう、危なかったー。


「大丈夫か? お姉ちゃん」


「うん、どうにかね。エレインも、ありがとう」


「サポートするのは私の役目だって言ったでしょ? まさかこんな突拍子もない行動に出るとは思わなかったけど、どうにかなって良かったよ」


 ゲームだからって無茶し過ぎ、と苦言を呈され、私はたははと誤魔化すように頭を掻く。


 いやまあ、最悪落ちても戻ってこれる自信はあったし、失敗してもまあゲームだから、いいかなって?

 あ、ダメですか、はい。


「お姉ちゃんは、もう少し後先考えてから動いてくれよな」


「全くですわ!! 体を張るのは私の役目なのですから、どうせなら私を突き落としてくだされば良かったのです!!」


「いや、それだと戻ってこれなかったでしょ」


 ボコミのアピールに、エレインが冷静に突っ込む。

 まあ、ボコミはただ打たれ強いだけで、《空歩》スキルすら習得してないからね。


 でも、だからこそ。


「じゃあ、早速お願いしようかな?」


「了解しましたわ!! ……うん? 早速ですの?」


「そうそう」


 さすがに戸惑うボコミに対して、私はにこりと笑みを浮かべる。


「今ので、ここをみんなで渡るいい手段が思い付いたんだ。ボコミにかかってると言っても過言じゃないから、頑張ってね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る