第71話 雫の独白⑥

「《インフェルノ》!!」


 杖の先端から解き放たれた灼熱の業火が、空を飛び回るブレイドバードの群れを纏めて焼き払う。


 完全な不意打ち。避ける間もなく炎に呑まれ消えていくモンスターを眺めながら、私はカメラにも拾われないくらい小さく、ポツリと内心を吐露する。


「お姉ちゃんのばか……!」


 実のところ、私は"ティア"としてお姉ちゃんと一緒にプレイするのをずっと楽しみにしてた。

 "ティア"としての私を見て、お姉ちゃんがどんな反応をするのか不安だったけど、リアルと変わらずベタベタ引っ付いてくるお姉ちゃんを見て、内心で安心もしてたんだ。


 だけど、いざこうして攻略が始まってからというもの、お姉ちゃんはほとんど私に構って来なくなった。


 分かってる。お姉ちゃんはゲームを本気で楽しもうとしているだけで、他意はないってことも。

 視聴者の人達が言うように、火力型の私とお姉ちゃんで連携すると、ほぼほぼ力でのゴリ押しになるから、普通の雑魚を相手にするなら無駄の方が大きいってことも。


 だけど……私を放置しながら、ボコミやエレインと協力して視聴者を湧かすお姉ちゃんを見てると、モヤモヤする。


 やきもちだって言われたら、そうかもしれない。

 いつも拒絶してるのに、いざほんの少し構って貰えないだけで拗ねるなんて、自分でも子供みたいだと思う。


 でも、気に入らない。お姉ちゃんには、私だけを見ていて欲しい。


『ティアちゃん怒りの進撃』

『何もさせて貰えず消し飛ばされていく鳥哀れ』

『ベルちゃんすらドン引きである』


 ちらりと後ろを振り返れば、私の無双ぶりを見てポカーンと口を開けるお姉ちゃんの姿。

 ちょっとやり過ぎたかな? と思うけど、空の敵相手なら魔術師の遠距離火力が正義なのも確か。これだけやっといて手伝ってと今から言い出すのもおかしな話。

 結局は、鬱々とした気持ちをぶつけるようにモンスターを虐殺し、何事もなかったかのように進んでいくしかなかった。


 うぅ、どうしてこんなことに……本当はお姉ちゃんともっと仲良くゲーム攻略したいのに……


「……って、ティア待って! 下!!」


「えっ?」


 そんな風に、余計なことを考えながらひたすらに空の敵ばかり注視していたのは、完全な油断だった。

 エレインの掛け声に反応して下を向けば、そこには足元の雲を突き破るようにして、一体のモンスターが顔を出していた。


 辺り一面に広がる白に溶け込むような、純白のモグラ。

 スモーグと名付けられたどこか愛らしいそのモンスターが、見た目にそぐわない凶悪な爪を私目掛けて繰り出してきた。


 躱しきれず、ダメージを負う。直撃は避けたけど、火力特化の宿命で貧弱な私のHPが結構持っていかれてしまった。しかもそれだけで終わらず、スモーグは更なる連撃を繰り出して来る。


 やばい、やられる……!?


「どりゃぁぁぁぁ!!」


 そんな私の前に、お姉ちゃんが躍り出た。

 迫り来る爪を杖で弾き返しながら、勢いを殺さずもう片方の杖をスモーグへと叩き付ける。


 更に、それでは終わらず……あっさりと弾き飛ばされ、無防備に転がるスモーグを、お姉ちゃんは容赦なく踏みつけにした。


「うちの妹に手を出すなんていい度胸してるじゃない! ぎったんぎったんにしてやるから覚悟しなさい!!」


「ピギ!?」


 動けないスモーグに向けて、《アイスボルト》を連射。手足を凍結状態にし、一切の抵抗を許さない状態にした。

 そして、本当に動けなくなったスモーグの頭に向けて、杖による打撃を連打、連打。情け容赦なく殴り倒している。


 ……うん、お姉ちゃんの妹ながら、これはえぐいと思う。心なしか、死ぬ直前のスモーグが涙目になってたように見えたのは、私の気のせいだと信じたい。


『ベルちゃん、可愛い系のモンスターにすら容赦ないんだな……こえぇ』

『いやまぁ、爪とか割と凶悪な形してますしおすし?』

『なぶり方がえげつなくてやべぇ。やはりドS……』

『俺もやられたい』


 コメント欄はさっきまでの私に対するそれよりも更に恐怖一色。一部変なのはいたけど、まあ見なかったことにしよう。


 そして、スモーグを倒し終えたお姉ちゃんは、私のところまで来て手を差し伸べる。


「ティア、大丈夫? ほら、ポーション飲んで」


「大丈夫だよ、これくらい……」


 HPはそれなりに持っていかれたとはいえ、元々攻撃を受ける=死に等しい魔術師だ。ポーションは前衛のボコミやエレイン、お姉ちゃんのためにとっておくべき。


「わぷっ!?」


 そう思って立ち上がろうとすると、そんな私にお姉ちゃんはポーションをぶっかけてきた。

 何するの、と抗議の視線を送れば、返って来るのは仕方ない子を見るような保護者の目。


「ダメだよ、ティアはこのパーティの切り札なんだから、ちゃんと万全にしておかないと。ほら、MPも減ってるでしょ? 飲んで飲んで」


「わっ、ちょっ、自分で飲めるから、そんなに押し付けるな!」


 ぶっかけても効果があるし、HPポーションは実際にそうしたのに、今度はわざわざ蓋を開けて飲まそうとしてくるお姉ちゃんを押し退ける。


 直後に、またやっちゃったと後悔するけど、お姉ちゃんには気にした様子はない。むしろ、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。


「ふふ、良かった、ティアが元気になって。やっぱり、ティアは笑ってる方が似合ってるよ」


「なぁ……!?」


 そんなに表情になっているのかと、私は慌てて自分の顔をぺたぺた触る。

 さっきまで怒ってた自覚はあるけど、それがお姉ちゃんに少し構われただけでひっくり返るなんて……我ながらチョロすぎるでしょ……!


「せっかく一緒にゲームしてるんだもん、みんなで楽しく、ね?」


「あ……」


 お姉ちゃんに言われて、私は今日の新エリア攻略で、まだ誰とも連携らしい連携を取っていないことを思い出す。

 お姉ちゃん以前に、ちゃんと連携を組むべき人は他にいたのに……反省。


「さっ、行こう? なんか地上からも敵が襲ってくるみたいだし、これからは私達がちゃんとティアを守るから! 空の敵はお願いね?」


「私はこれまで通り、全体のサポートかな? ココアがいない分、フォローするのは盗賊の役目だしね」


「私はお姉様方の肉壁ですわ! 存分に使い捨ててくださいまし!!」


「ああうん、じゃあ先行して、雲の中に潜ってるスモーグを釣り上げといて。生身で」


「了解しましたわぁぁぁぁ!!」


 元気よく駆け出していき、瞬く間にスモーグに囲まれてタコ殴りに遭い始めるボコミ。心なしか顔が赤くなってるのは、決してボコボコにされて喜んでるわけじゃないと信じたい。


 ただ、そんなボコミを見て呆れるお姉ちゃんの顔は、それでもどこか楽しげで。……何よりもまず、ゲームはみんなで楽しむものだってことを、思い出した。


「お姉ちゃん」


「うん? 何?」


「ありがと」


 何のことかと首を傾げるお姉ちゃんに「なんでもない」と答えつつ、私はお姉ちゃんやエレインと揃って歩き出す。


 胸を焦がす嫉妬の心が消えたわけじゃないけれど……いつか今日のことを思い返す時、それが良い思い出となるように。


 今はただ、こうしてみんなと遊べる時間を楽しもうって、そう思った。

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