第109話 苦戦する雫と思わぬ助っ人

「……大見得切ったのはいいけど、どうしよう」


 お姉ちゃんのお見舞いから帰った私は、うずたかく積み上げられた洗濯物を前にして、ちょっとばかり途方に暮れていた。


 あくまで姉妹二人暮らし、それほど大した量にはならないと高を括っていたけれど、それも一週間分ともなれば結構な量だ。タイミングが悪いというかなんというか……。


「これを洗濯して、干して、畳んで、仕舞って……か」


 ……考えるだけでも、中々面倒くさい。

 でも、そんな面倒なことを、お姉ちゃんは文句の一つも言わずにやってくれていたんだ。

 なら、私だってがんばらないと。


「まあ、確かに手間だけど、洗濯するだけなら洗濯機が大体やってくれるわけだし……私でもどうにか……」


 そんなことを思いながら、洗濯物の山を洗濯機に投下。

 さて、後は洗剤をぶちこんでスイッチを……


「……中性洗剤……アルカリ性洗剤……柔軟剤……漂白剤……」


 ねえ、なんで洗濯するだけでこんなに種類あるの? これ何がどう違うの? さっぱりわかんないんだけど。


 あ、そうだ、洗濯機の方に手順とか書いてないかな?


「……すすぎ……洗い……脱水……乾燥……洗濯……洗乾……乾燥……清潔……お湯取り……」


 電源ボタンとタイマーくらいは分かるけど、それ以外にも目が回りそうなくらいたくさんボタンがあってわけがわからない。

 洗いと洗濯でなにが違うの? 洗乾ってなに? なんで乾燥ボタン二つもあるの? お湯取りってなんの話??


「洗濯初心者に対する悪意が見える……!」


 なんでこんなに分かりづらいの? これ作った人は絶対性格悪いよ。間違いない。


「それに乾燥ってことは乾燥機も兼ねてるってことだよね……? お姉ちゃん普通に干してた気がする……」


 乾燥機能があるのになぜに普通に干してたんだろう。拘りか何か? それとも実は乾燥機って案外しょぼいの?


「……なるほど」


 ぜんっぜん分からない……!!

 もう、こういうのにもゲームみたいにチュートリアル機能つけてくれればいいのに……!


 そんな愚痴を心の中で溢しながら呆然としていると、スマホの着信音が響いた。


『やっほー雫ちゃん、調子はどう?』


「蘭花さん……えーっと、それはその……」


『なーんて聞くまでもないよね、雫ちゃんに家事なんて出来るわけないし!』


「焼かれたいの?」


『あー嘘嘘ごめん冗談だって! そろそろ困って途方に暮れてるだろうと思って電話してみただけだよ』


「…………」


 ぶっちゃけ、図星だから何も反論出来ない。

 そして、当然のようにそれを理解してる蘭花さんは、私の無言を肯定と受け取って話を進めた。


『出来れば手伝いに行ってあげたいところだけど……』


「蘭花さんと美森さんの手は借りないって約束だから。ちゃんと出来るようにならないと、来週やるって言ってる叔父さんの試験に合格出来ない……第一、蘭花さんだって家事出来ないでしょ」


『だよねー』


 あっははははと、軽い笑い声が電話越しに響く。

 何のために電話してきたのこの人……なんて半目になっていると、私の冷えた空気を察したのか、慌てた様子で蘭花さんは言葉を重ねた。


『あー、まあとにかくね、雫ちゃんのために一つアドバイスでもしようかと思ったの』


「アドバイス?」


『そうそう。とーってもためになるやつね』


「いまいち信用出来ない……」


 蘭花さんはいつも人をからかって遊ぶところあるし。今もなんかちょっぴり面白がってるような雰囲気がある。

 状況が状況だから本当にふざけたことは言わないと思うけど、なんか不安だ。


『まあまあそう言わず、すっごく簡単なことだよ』


「簡単って、どんな?」


『何でも一人でやろうとしないこと、出来ないことは素直に周りを頼ること、だよ』


 思わぬ言葉に、私はきょとんとしばしの硬直を余儀なくされた。

 いや、なに言ってるの蘭花さんは。


「私、叔父さんにちゃんと生活能力があるって証明しなきゃならないんだよ? 周りを頼ったら本末転倒だよ」


『その発想が既に間違ってるよ。他人に甘えずに自活することと、誰かに頼ることは矛盾しないよ』


 何が言いたいのかよく分からなくて、私は益々困惑した。

 他人に頼ってたら、甘えてるのと何が違うの……?


『要するにね、人間どうやったって一人じゃ生きていけないの。これは鈴音もそうだけどね、雫ちゃんがまず覚えるべきなのは、他人への上手な頼り方ってやつだよ。二人を心配してる人は、何も私達だけじゃないんだから』


「……よく分からない」


 私達……特に、私を心配してくれる人なんて、お姉ちゃんや蘭花さん、美森さん以外にいるわけがない。

 だって私は、叔父さんの言う通り……いつまでも部屋に閉じ籠ってゲームばっかりしてる、引きこもりなんだから。


『そう言うと思って、今日のところはちょっとだけ手を回しといた。そろそろ着くと思うから、後は頑張ってね』


 落ち込む私にそれだけ言って、蘭花さんとの通話が切れた。

 手を回したって……一体何をしでかしたんだろ。


「……ん?」


 すると、見計らったようなタイミングで、ピンポーン、と玄関のインターホンが鳴った。

 いつもならお姉ちゃんが出てくれるし、私一人の時は居留守で構わないなんて言われてるけど、流石に今日はそういうわけにも行かない。


「えと、どなた、ですか……?」


 念のためチェーンをしつつ、ドアを開けて外の様子を伺う。

 するとそこには、お姉ちゃんと同じ制服に身を包んだ女の人が立っていた。


「どうも、鈴宮さんのお宅で合っていますか?」


「あ、はい……そうです、けど……えっと……」


「私は成瀬美緒、鈴音さんのクラスメイトです。今日は鈴音さんが入院して学校を休んだということで、ちょっとプリントを届けに来たんですよ」


 大体予想はついてたけど、やっぱりクラスメイトか。私は不登校だから忘れてたけど、今日って学校だったんだね……私やお姉ちゃんのために、わざわざ休んでまでお見舞いについてきてくれた蘭花さんには感謝しないと。


 それにしても、入院初日でプリントを届けに来るなんて……やっぱりお姉ちゃん、人望あるなぁ……。


「えっと、ありがとう、ございます……」


 とりあえず、このままチェーン越しで会話を続けるのは失礼、だよね……?

 そう思って、一度ドアを閉じてからチェーンを外し、改めて成瀬さん? と名乗った女の人と向き直る。


 改めて見ると、結構きつめの視線がちょっと怖い……うぅ、こんなことでめげてたら先が思いやられる、がんばらなきゃ。


「あー、それでその、鈴音さんがいなくて、何か困り事はありますか? 私で良ければ相談に乗りますけれど」


「えっ……」


 突然の申し出に、私は少しばかり戸惑った。

 確かに、色々と困り事はある。蘭花さんにも、人に頼るのは悪いことじゃないとは言われた。

 でも、見知らぬ人にいきなり相談するのも……いや、別に、怪しい人じゃないとは思うけど……。


「あー、そのですね、私としてもあなた達のことは心配で……あー、もう、まどろっこしいですわね!」


 私がどう答えるべきか迷っていると、成瀬さんは突然おかしなお嬢様口調を吐きながら頭をかき乱す。

 奇行を前に思わず体をびくりと震わせる私に構わず、成瀬さんはそのままびしりと指を突きつけてきた。


「ベルお姉様が倒れられて、同志でもあるココアさんの危機と聞いては、パーティメンバーとして黙っていられませんわ。私にも少しは力を貸させてくださいませ」


「え……?」


 突如その口から飛び出した、私とお姉ちゃんのFFOにおけるキャラクター名。パーティメンバーという言葉に、やたらハイテンションなお嬢様口調。


 まさか、という思いで見上げる私に、成瀬さんは見覚えのある居丈高な態度で笑みを浮かべた。


「不肖ボコミ、お姉様方のためにこのリアルでも一肌脱ぎますわ。存分に使い倒してくださいませ」

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