第110話 アドバイザーと支援者達

「は……? ボコミ……?」


 思わぬ言葉に、私は呆然と呟く。

 いやまって、え? ボコミってあのボコミだよね?


 そんな疑問から、改めて成瀬さんの体をじっと観察してみる。

 ぴしりときっちり着こなされた制服、校則を絶対遵守したであろう適度に伸ばされた髪、いかにも真面目そうな雰囲気漂う黒縁眼鏡。


 ふむ。


「……ニセモノか」


「いや待ってくださいよ! なんでそうなるんですか!?」


「ボコミみたいな変態が、こんないかにも優等生な格好してるわけない」


「酷い言い草ですね!? いえ、自業自得と言えばそうなんですが……というかむしろ、どんな格好ならすんなり信じたんですか」


「裸リボンで箱詰めにされて『お姉様、プレゼントですわ!』なんてカードつけて送られて来たら信じた」


「リアルでそんなことやったらガチで通報されるでしょうがぁぁぁぁ!?」


 ぜえぜえと息を切らしながら、全力でツッコミを入れてくる自称ボコミ。

 確かに、このノリとテンションはボコミに通じるところがあるし、案外本物なのかもしれない。


 ……よりによって、お姉ちゃんのクラスメイトとは思わなかったけど。まさか、学校でもゲームの中みたいにSMプレイなんてしてないよね?


 うん、正直こればっかりは聞くのが怖くなってきた。お姉ちゃんが退院したらその時問い詰めよう。


「それで……もしかして、ボコミ……成瀬さん、が、蘭花さんの言ってた助っ人……なの?」


 正直、あまり頼りになるイメージないんだけど。


「ふふふ、その通りです! まあ、あともう一人いますが」


「え……?」


「雫ちゃん、お久しぶり!」


 そんな声とともにひょっこりと、サイドテールを揺らしながら現れたのは、私と同い年の女の子。

 お姉ちゃんから少し前に偶然買い物先で会ったって言ってた……名前は……


「雛森……さん?」


「天衣でいいよ、改めてよろしくね」


「う、うん」


 差し出された手を握り返し、ぎこちなく答える。

 最初に会った時はお姉ちゃんがいたからまだマシだったけど、やっぱり一人で対峙するのは緊張するよ……。


「さて、それじゃあ雫ちゃんのお困り事を解決するお手伝いをしてあげよう! 今は何してたの?」


「洗濯……その後掃除と、ご飯作ったり……だけど、二人はそういうの出来るの……?」


 蘭花さんの言う、甘えることと頼ることの差なんて、正直よく分からない。でも、今のままじゃ何一つ手につかなかったのも確かだ。


 ほんのアドバイスでも貰えるなら、それくらいはいいかな……? なんて思いながら尋ねると、二人はお互い顔を見合わせて……


「私はお母さんのお手伝いくらい? 全部ちょこちょこっと触りだけ!」


「私は家事なんてやったことありません! 勉強漬けの毎日だったので!」


 堂々と胸を張って、そんなことをのたまった。

 ……なるほど。


「天衣、さんは……まあ頼りにする。……成瀬さん、何しに来たの?」


「ぐっふ……!? さ、さすがティアお姉様の中身なだけあって、中々の口撃力ですね……!」


 私の指摘に、成瀬さんはその場で崩れ落ちる。

 ショックを受けて……ないね、喜んでるみたい。

 うん、これはボコミだ、間違いない。


「まあ、何をしにというとプリントを届けに来たのですけど、もちろんそれだけで終わるつもりなんてありません!! 私の役割はあくまで、アドバイザーですから!!」


「家事したことないのに?」


「うぐっ……! し、したことある人に聞けばいいんですのよ! ほら!!」


「うん……?」


 そう言って成瀬さんは、自らのスマホをこちらに差し出す。

 画面に映し出されていたのは、FFOと連携している配信サイト。お姉ちゃんが作った『心優しいお姉ちゃんチャンネル』のコメント欄だ。


『ベルちゃん倒れたってマジ??』

『エレインの方から告知あったから間違いない』

『マジかよ大丈夫かな』

『ティアちゃんの方何か報告とかないの?』

『向こうも更新止まってるから本当にヤバイのかもしれん』

『一応少し入院するだけで大事ないってエレインが言ってたぞ。むしろティアちゃん一人じゃ家事が出来ないことの方が問題らしい』

『ちょw 本当にベルちゃんが家事してたの?w』

『申し訳ないが笑った』

『でもそれならティアちゃんは大丈夫なのか?』

『どうなんだろうなぁ、心配だわ』


 これ以降も延々と、私達姉妹を心配してくれる視聴者さん達の声が連なっていた。

 私のチャンネルの方を見ても状況は似たり寄ったりで、何とか支援出来る方法はないのかと、誰もが口を揃えて言ってくれている。


 ――二人を心配してる人は、何も私達だけじゃないんだから。


 ようやく、蘭花さんの言いたかったことが理解出来て、私は目頭が熱くなっていく。


「それだけの人がいるんですから、貴女が頼れば何かしら良いアドバイスをくれると思いますよ」


「え、ええと……」


「ほらほら、ログインして、早速やってみてよ」


 天衣さんに促されるまま、私は"ティア"のアカウントでログイン。コメント欄へと、ひとつだけ返信を打ち込む。


『みんな、心配してくれてありがと。お姉ちゃんは大丈夫、一週間で退院できるから』


『おお! 良かった!』

『ティアちゃんは大丈夫なん? 疲れてない?』

『俺らで良ければ何かあったら相談乗るぞ!』

『ご飯困ってるって聞いたけど、何なら無音配信でもしてくれればスパチャで投げ銭するよ?』


 私の返信に反応して、一気にコメント欄が活気付く。

 その様子を見て、相談するなら今だと天衣さんに促されるけど、いまいち踏ん切りがつかなかった。


「どうしたの?」


「いや……いいのかな、と思って。こんな、いつもみたいに配信するわけでもないのに、頼ったりなんかして……」


 心配してくれるのは嬉しいけど、みんな赤の他人のはず。そんなみんなに、厚かましくあれこれ頼っていいものか。


 でも、そんな私の葛藤を、成瀬さんは「そんなことか」と笑い飛ばした。


「いいんですよ。そこに集まっている人達は、いつも貴女達二人の配信を楽しみにしている人達なんですから。たくさん楽しませて貰っている分、困っている時は力になりたい……みんな、そんな気持ちだと思いますよ。私もそうですから」


「成瀬さんも……?」


「ええ。お姉様方と一緒にプレイする時間は、私にとってもかけがえのない宝です。それを守るために、少しくらいは協力させてくださいな」


「っ……」


 ボコミらしくない……いや、ある意味ではボコミらしい、真っ直ぐ自分の感情に従った言葉に、私は泣くのを堪えるので精一杯だった。


 私はただ、自分のためにゲームをして、お姉ちゃんのために配信をしてきただけだった。

 他の人を楽しませようっていうのも考えてはいたけど、それも全部お金のため、視聴者数を確保するためでしかない。


 でも、そんな私の我儘を、こんなに楽しみにしてくれる人がいた。困ってる私を助けたいって、手を差し伸べてくれる人がこんなにいた。


 それを私は、今日になって初めて、実感出来た。


「ありがとう、みんな……」


 スマホを握り締めながら、前に立つ二人に聞こえるように、私は呟く。

 優しく微笑む二人の視線に、妙な気恥ずかしさを覚えながらも、私はこれまでにないほどハッキリと口を開いた。


「私、もっと頑張る。みんなの期待に応えられるように。だから……お願い、少しだけ力を貸して」

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