第24話 学校の日常とスキル情報
「うぅ~! おのれ~、空を飛ぶ生き物なんて卑怯だ~! みんな降りて戦え~!」
「鈴音、全世界の鳥好きに喧嘩売るようなこと叫んでどうしたのさ」
山岳エリアで手痛い敗北を喫した翌日。学校にやって来た私は、蘭花に愚痴を聞いて貰っていた。
いや、どっちかというと私が一方的に垂れ流してる感じだけどね。いつも通りといえばいつも通り、ただその内容が雫のことじゃないのが珍しいからか、周りのクラスメイト達は少し物珍しそう。
いや、私だって雫以外の理由で悩むことあるからね? 主にみんなの私に対する扱いとか。
「それがね、雫がついに、ついに一緒に遊んでくれるって約束してくれたの!」
「おー、良かったじゃない。それがどうして鳥へのヘイトに?」
「その一緒に遊ぶ場所が問題で……蘭花は知ってる? 来月FFOに実装される新エリア」
「《天空の回廊》ね。もちろん知ってるけど……ああ、鈴音は殴り魔だから飛行型が苦手なのか」
「そうなんだよ!!」
もちろん、と言うべきか、その《天空の回廊》にも、空を飛ばないモンスターはいる。
でも、主に紹介されてるのは飛行型だったし、その対策は必須。どうすればいいんだか……
「というか、普通の近接職の人達はどうやって対策するの?」
「んー、まあ色々あるけど……大抵、遠距離まで飛ばせる攻撃スキルが一つくらいあるから、全く対抗出来ないっていうのはほとんどないねー」
「えっ、私はそんなスキルないんだけど」
「いやいや、遠距離火力支援専門の《魔術師》でしょ鈴音は、一応」
「あっ、そうだった」
普通の魔術師とは別物になっちゃったし、雫からも《殴り魔》って呼ばれ方したから、もうそれで定着しちゃってたよ。そうだ、私って《魔術師》だから、魔法スキル使えるんだ。
いや、でも……
「私、INT低いから、魔法スキルなんて撃っても全然効果ないんだけど。20レベル越えた今でも《マナシュート》しか使えないし」
「え? いや、そんなはず……ああ、鈴音は物理で殴ってばっかりだから、上位スキルの解放条件満たしてないのかもね」
蘭花曰く、このゲームのスキルは単純にレベル上げで覚える物は少なく、どちらかというと下位スキルを特定の回数使い込むことで解放されていくものが多いらしい。
うん、私、普段は《魔法撃》を使ってモンスターをたこ殴りにするだけだもんね。装備のお陰でゴブリンにも追い付けないなんて事態も無くなっちゃったし、魔法スキルはすっかり使ってないよ。
「少しはINTにポイント振って、魔法スキルを覚えてみれば?」
「うーん、上位の魔法スキルを解放するのはいいとしても、今更INTにステ振りするのもなぁ……」
私の主力スキルである《魔法撃》なら、INTもATKに変換出来る。
とはいえ、スキルである以上はずっと使いっぱなしってわけにもいかないし、効果が切れた時にATKが低いと困っちゃう。
半端にINTに振るよりは、このままATK特化で……でも、物理的に殴れない敵に対処出来ないまま、雫と一緒に遊ぶなんてことになったら……
『お姉ちゃん、今回は飛行型が多いって言っておいたよね? それなのに、何の対策もなくここまで来たの? ……お姉ちゃんにはがっかり、もう一緒に遊んであげない』
「いやだぁーーーー!! それだけはいやだぁーーーー!!」
「はいはい、雫ちゃんはそんなこと言わないから、落ち着こうねー」
妄想の中の
うぅ、雫に失望されるくらいなら死んでやるぅー!!
「まあ、あれもこれもって欲張って、結局器用貧乏の半端なキャラになったら面白くないしね。そこで、先輩の私から鈴音にいい情報を教えてあげよう」
「なになに、何かいい対策があるの!?」
「もちろん。私自身はエンジョイ勢で通ってるけど、一応はサービス開始初期勢だからね。雫ちゃんとも時々一緒にやるから、知識だけならガチ級だよ?」
「うぅ、蘭花がいつになく頼もしい! 普段は全然なのに!!」
「あれ? 鈴音、さりげなく私のことディスってない?」
「気のせいだよ」
適当な軽口を挟みつつも、「まあいいか」と蘭花は私に情報を明け渡してくれる。
蘭花が言うところの、私にも出来る飛行型対策。それは、誰でも習得可能な汎用スキル……《投擲》と《空歩》だった。
「投擲スキルは文字通り、物を投げつけてダメージを与える
「おお、なるほど! それで、もう一つの空歩スキル? っていうのは?」
「空歩スキルは……なんて言ったらいいかな、二段ジャンプが出来るようになるスキルだよ。何もない空中を足場にして、一回だけ追加でジャンプ出来るの。これがあれば、位置にもよるけど飛行型モンスターまで近接攻撃を直接当てに行けたりする。難点は、CTこそ無いに等しいけど、代わりにMPを結構食うところかな? 油断してるとすぐ無くなるよ」
「なにそれ、すごい!」
投擲スキルもだけど、空歩スキルかぁ。空中ジャンプが出来るなんて、楽しそう!
今のスタイルを崩さずに飛行型モンスターの対抗が出来るようになるかもしれないし、狙ってみてもいいかもしれない。
「そのスキル、どうやって習得するの?」
「投擲スキルは簡単だよ、ベースキャンプにある訓練施設で習得可能なスキルだから」
「訓練施設? なにそれ」
私が首を傾げると、蘭花は少しだけ頬を引きつらせ、すぐに頭を抱える。
えっ、どうしたの?
「チュートリアルの後、船乗りが言ってなかった? 困ったことがあれば来いって」
「ああ、言われたね、そんなこと。特に困らなかったから行ってないや」
「……あの船乗りさんが運営してるのが訓練施設だよ。チュートリアルを受け直したり、各職業ごとにもう少し詳しい立ち回りを教えてくれたりするんだ。報酬も出るから、やるだけやった方がお得だよ」
「へ~、そうなんだ?」
報酬かぁ、そういえばあまりクエストとかやってないし、少しはクレジット稼ぎも考えないとダメだよね。何か良い手はないものか……ううん。
「いやまぁ、チュートリアルと違って、あれは知らなきゃ初心者がスルーするのも仕方ないか……よし、じゃあこうしよう」
ぱん、と手を合わせ、蘭花がにこりと笑みを浮かべる。
何か悪巧みしてるな、この子。
「今日からは、私もFFOに復帰するよ。それで、鈴音に色々教えてあげるよ!」
「本音は?」
「……いやその、追試も赤点ギリギリで、ゲームは一日一時間なんて殺生なことをお母さんに言われたからさ、その、交渉手伝って欲しいなって……?」
「しょうがないなぁ」
いつもの如く自業自得な気はするけど、色々教わりたいのは確かだ。
一時間を二時間に伸ばす程度の交渉はしてあげよう。その分勉強見てあげればいいだろうし。
「うぅ、ありがとう鈴音! 流石我が親友!!」
「現金だなーもー」
涙ながらに抱き着いてくるオーバーな親友に苦笑しながら、私はその背中をポンポンと叩く。
そうしていると、私達の傍に一人の女生徒が歩み寄って来た。
「ちょっと夏目さん、鈴宮さん! さっきから騒がしいですよ!」
抱き合う私達を見降ろす形で怒声を上げるのは、
「うげ、厄介なのが来た」
「こら蘭花。ごめんなさい成瀬さん、ちょっとはしゃぎすぎちゃって」
軽く頭を下げつつ謝ると、成瀬さんは私と蘭花を交互に見やり、「はあ」と溜息を溢した。
「ちょっとはしゃぎすぎちゃって、じゃありません。いいですか、確かにこの時間は授業でもなんでもありませんが、授業の準備や読書など、有意義に時間を使っている人達もいるんです。あなた達も、彼らを見習ってもっと節度ある学校生活をですね……」
そうして始まる説教に、蘭花は益々顔を歪め、耳に指を突っ込んで露骨なまでの「聞きたくない」アピールを披露する。
「って、夏目さん聞いてますか!? 特にあなたですよあなた、いつもいつも赤点ばかり取って! 話を聞くにいつも家でゲームばかりしているそうじゃないですか、学生の本分は勉強なんですよ!? 分かってますか!?」
「別にいーじゃん、勉強できなくても、私の場合はうちの家業継げば働き口は困らないしー」
「継ぐにしても、唯々諾々とその立場に甘えるだけでは商売が成り立ちません! ちゃんと基礎となる学業を習得してこそ……!」
「でもー、学校でやる勉強のほとんどは役に立たないしー」
「役に立つ立たないの問題ではなく――」
「いやでも――」
そうしてヒートアップしていく、「勉強なんて不要派|(やりたくないだけ)」VS「勉強は将来のために大事派」の公開討論。ぶっちゃけ私と蘭花の会話以上に騒がしい気はしないでもないけど、気にしたら負けだと思う。
そうでなくとも、これはこれでうちのクラスの名物みたいなもので、「また始まったよ」ってみんな笑ってるしね。
「はあ、はあ……全く、夏目さんは頑固ですね。鈴宮さん! あなたは腐っても私と並ぶ成績の持ち主なのですから、きちんと友達の面倒は見てあげなさい! いいですね!?」
「はーい、分かってまーす」
ぴしっと敬礼を返すと、叫び疲れたのか「ならよろしい」と言って自分の席に戻っていく成瀬さん。
その背中を見送って、蘭花はボソリと私に愚痴を溢す。
「全く、いつも委員長はうるさいんだから。勉強なんて出来なくても死にはしないってのー」
「あはは、普通に蘭花を心配してくれてるんだよ。成瀬さんの言うことだって一理あるし」
「えぇー、そうかな? 単にゲームとか嫌いなだけなんじゃない?」
「まあ、確かにそういうのやらなそうだけど……」
席について、やたら難しそうな本をピシッとした姿勢で読み耽る成瀬さんの姿は、確かにゲームとかそういう遊びと縁遠そうだ。
とはいえ、それとこれとはやっぱり別なわけで。
「蘭花とは正反対だから苦手意識持つのも分かるけど、成瀬さん良い人だよ? この間も、私が晩ご飯のメニューに悩んでたら、雫でも食べられそうな料理の載った本貸してくれたし。寝不足でキツかった時は保健室まで連れて行ってくれたし」
「あー、私が一緒に行くって言ったら、『あなたではあれこれ理由を付けてそのまま授業をサボりそうなので私が行きます』って言ったやつね」
蘭花の覚え方に、私は思わず苦笑が漏れる。
というか、あの時は私も「家庭の事情はお察ししますが、学業に影響するほど負担をかけるのは」云々ってすんごく説教されたしね。いやー、あれは強烈だった。
「まあ、悪い子じゃないのは私だって分かるけど、やっぱりお堅すぎるよ。頭の中知識詰め込み過ぎて石になってるね、あれは」
「ちょっと夏目さん、さっきから聞こえてますからね!?」
「げえっ、地獄耳!!」
私が思い出に浸っている間に、再び勃発する二人のバトル。
そんな光景を見て思わず笑いながら、今日もまた何事もなく学校生活が過ぎ去っていくのだった。
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