第25話 ティアのファンと初めての決闘
学校が終わり、蘭花の家で美森さんを交えてあれやこれやと話し合った私は、案外あっさりと家に戻ってくることが出来た。
どうやら、蘭花が私を利用してより多く譲歩を引き出そうとするのは予想の内だったみたいだね。さすが親子、以心伝心と言うべきか。
思ったより早かったし、雫と一緒におやつでも食べようかな! と部屋に向かってみたりしたんだけど、どうやらブログの更新で忙しいらしく、部屋に入れて貰えなかった。残念。
「せっかく美森さんから分けて貰った桃だし、ブログに夢中になりすぎて食べ忘れないといいけど……まあ、雫だって甘いもの好きだし、そこは大丈夫かな」
なんて思いながら、FFOにログイン。
きょろきょろと辺りを見渡してみるも、今日はココアちゃんはいないみたいだ。いつもは、まるで私を待ち構えてるみたいにログインポイントで偶然出くわすんだけど……地味に珍しい。
まあ、ココアちゃんだって忙しい時はあるよね。
「さて、蘭花はまだかなっと」
適当なベンチに腰掛け、足をぶらぶらさせながら親友の登場を待つ。
待ち合わせ場所は指定したし、キャラネームも伝えてあるから、多分問題なく合流出来るだろう。
「よぉ、お前がベルだな?」
「はい?」
だから、目の前に男のプレイヤーが現れた時は、一瞬混乱した。
えっ、蘭花、まさかの男性アバター? ……って、そういうわけじゃないか。よく見たらキャラネームが違う。
「ええと、そうですけど……私が何か?」
ゲームの中だし仕方ないんだけど、男性アバターは超イケメンか超厳ついかの二極化が激しくて、今回は後者。身長差もあるから、急に話し掛けられると少し怖い。
警戒心をぐっと引き上げながら、そのプレイヤーの動向をじっと見守っていると、くわっ! と突然目を見開き……
「動画は見たぞ、自称ティア様の姉だという幼女魔術師ベル!! 俺の名はクッコロ、ギルド『ティア様に焼かれ隊』の一員だ!! 姉妹というのが本当か嘘かは分からんが、ティア様の嫁を名乗るのは我らがギルド理念に誓って許さん! 決闘を申し込ませて貰おう!!」
オーケー把握した、この人は危険人物じゃない、ぶっ殺すべき私の敵だ。
「いいよ、ティアに色目を使っていいのは世界でただ一人、姉である私だけ!!」
「なにぃ!? いや、俺たちのことは一旦脇に置いて、姉が妹に色目使うのはそもそもどうなんだ!?」
「姉妹だから問題ない!!」
「ないのか!?」
微妙に話が脱線しながらも、ベースキャンプのど真ん中で繰り広げられる私達の言い争いは人目を引いたようで、気付けば結構な人だかりが出来ていた。
それを見て、クッコロと名乗った男はちょうどいいとばかりに鼻を鳴らす。
「まあいい、ともかく決闘だ!! 俺が勝ったら、ティア様に俺のフレンドリクエストを受領して貰えないか交渉してくださいお願いします!!」
「一気に低姿勢になった!? じゃあ、私が勝ったら?」
「その時は、ティア様に焼かれたいという願望は一時封印しよう……!!」
まるで血反吐を吐くように言ってるけど、捨てるんじゃなくて封印するだけなのね。
まあ、私は私で、ティアに「フレンドになりたがってる人がいるよー」って伝えるだけで終わる話だから、割と釣り合ってる……のかな?
「いいよ、それで勝負だ!!」
「ふふふ、それでこそ同じティア様を敬愛する者同士!! ……ところでベルさん、今は時間大丈夫なのか? 良ければすぐやるが」
「あ、はい、大丈夫です」
「よしっ、それでは早速やろう!!」
凄まじいテンションの落差を交えつつ、クッコロさんから決闘申請のメッセージが飛んできた。
うん、この人、すごいアホだけど悪い人じゃないのかもね。
それでもティアは断じて渡さないけど。
「行くぞ……!!」
私達の周りが隔離され、決闘開始のカウントダウンが中央に現れる。
そんな中でクッコロさんが背中から抜き放ったのは、両手持ちの大剣。見るからに重くて動きにくそうだけど、その分威力は高いんだろうな。職業によってまた変わるだろうけど、どっちにしろ私が喰らったら一撃で死にそう。
それに対する私は、右手にアクアスノウ、左手にフレアナイトといういつもの構え。
さて、何気にこのゲームで初めての対人戦だ、ティアのことはさておいて、ワクワクしてきた!
「てえぇぇい!! 《ソニックスラスト》!!」
カウントがゼロになって決闘が始まると同時、クッコロさんはいきなり攻撃スキルを発動。突きの構えで一気に突っ込んできた。
重そうな見た目なのに、なんて速さ! これじゃパリィは間に合わない!
「くっ……!!」
咄嗟に身を捻り、ギリギリのところで突きを躱す。
そのまま通り抜けていくかと思ったけど、クッコロさんの体は私の横で不自然なくらいピタッと止まり、追撃のためか大剣を構え直し始めた。
や、やばっ!
「《グランドクラッシュ》!!」
「きゃっ……!!」
すぐ目の前に振り下ろされる、エフェクトを纏った大剣による強力な一撃。
なんとか後ろに跳ぶことで直撃は免れたけど、《マナブレイカー》の二段攻撃と同じく衝撃波が発生するタイプだったようで、私はHPの大部分を削られ、大きく吹き飛ばされた。
「はははっ、どうした、こんなものかぁ!? のんびりしてるとトドメを差しちまうぞ!! おらっ、《ディメンションスラッシュ》!!」
転がる私に向けて、届くはずのない斬撃を放つクッコロさん。
でも、ゲームはほとんど知らない私だって、その攻撃が遠距離攻撃だってことくらいはすぐ分かった。地面を転がりながらその場を離れると、私がいた場所を光の斬撃が通り抜ける。
「くくく、今のを躱すか……そう来なくちゃな!」
楽しげに笑うクッコロさんに対し、私は冷や汗でいっぱいだった。
うん、雫に追い付けたと思って、少し油断してたかもしれない。この人、すごく強い。
何が厄介って、絶え間なくスキルを繋ぐことで、人の身でありながら人じゃあり得ない挙動を可能にしてるのが非常にキツい。動きが予想しにくいんだよね。
でも、負けるつもりなんて毛頭ない。
「どうする、降参するなら今のうちだぜ、お嬢ちゃん?」
「ふふっ、冗談! ここからが本当の勝負だよ!」
分かりやすい挑発に、私は両手の杖を構え直すことで答えた。
確かに厄介だけど、全く対処出来ないわけじゃない。いくらスキルの挙動が速くて不自然でも、スキルとスキルを繋ぐ本人の挙動は遅いし人の範囲内だ。そこを突けば、勝機はある。
それに、もうひとつ。
「ははは、そう来なくちゃな! なら行くぜ、《ソニックスラスト》!!」
「それ、もう見たよ。《魔法撃》!!」
「へ?」
いくら速かろうが、スキルの挙動は全く同じで、しかも発動前に技の名前を叫ばなきゃならない。
それなら、
「……は、弾かれた? この移動攻撃スキルをパリィで!?」
全力で振るったアクアスノウの一撃で大剣の横っ腹を叩き、攻撃スキルを強制キャンセルさせると、クッコロさんは目を見開いて足を止めてしまった。
いや、そんなに驚くこと? タイミングが分かってればこれくらい、慣れれば誰でも出来ると思うけどな。
まあ、隙だらけなのは正直ありがたいし、一気に行くよ!!
「とりゃああああ!!」
「ぶごぉ!?」
フレアナイトでクッコロさんの顔面を殴り付けると、衝撃で足が浮いた。
HPが思ったより削れてないのは、クッコロさんのDEFが高いからかな? だとすると、念入りにぶん殴らないとね!!
「そりゃそりゃそりゃそりゃーーーー!!」
「ちょっ、ぶぐっ!? まっ、待っ……ぎゃふん!?」
更に一歩懐に飛び込み、脳天からの一撃で地面に叩き落とすと、そのまま上に覆い被さって殴る、殴る、殴る。
両手だけでなく体全体を使い、思い切り振り上げた杖を、体重を乗せて顔面へ。
また変なスキルで反撃されたら困るから、腕を踏んづけて大剣を動かせないようにしておいて、更に殴り付ける。
「こ、この、それ以上好き勝手させるか……!!」
そんな状態でも、なんとか足掻こうとしてか。クッコロさんの空いている方の手が跳ね上がり、私を横から狙う。
でもまあ、残念。
「攻撃スキルじゃないし、そんな体勢で殴ってもダメージないよ?」
ドカッ! と叩きつけられたその拳は、けれど私に一切のダメージを通せなかった。
現実ではともかく、FFOじゃある程度しっかり腰を据えて振らないと、ダメージもノックバックも発生しないからね。避ける必要も防ぐ必要すらない。
微動だにしない私を見て、クッコロさんは頬を引き攣らせた。
「そ、それはそうだけど……向かって来る拳を見てビビりもしないって、マジか……」
ああ、なるほど。システム的に効く、効かないは別として、殴るポーズで抜け出す隙を作ろうとしたのか。確かに、それなら相手によっては一定の効果が見込めるかもね。
まあ、私には通じなかったってことで。
「それじゃあ、終わりかな? 行くよー?」
「ひっ」
そうして、無防備になったクッコロさんをひたすらに殴り続ける。なんか顔が引き攣ってたけど、降参しない以上は殴らないとね!
というわけで、人型共通の弱点部位である顔面をひたすらボコっていると、ついにそのHPが尽きて、私の頭上に『Winner』の文字が表示された。
「よしっ、勝ったー!!」
杖を掲げ、ビシリと勝利のポーズを決める。
ふふふ、対人戦闘は初めてだったから、結構危なかったけど……無事、ティアに近づこうとする不届き者に天誅を下すことが出来たよ。
まあ、根は悪い人じゃなさそうだし、ティアに色目使わないなら仲良く出来そうだけどね。
「さあ、クッコロさん、起きてください。せっかくだからフレンド登録しましょう」
というわけで、これも何かの縁だろうし、決闘が終わってHPが元に戻ったクッコロさんにそう言って、にこりと笑いかける。
別に、フレンドになっておけば行動が監視できるから、ティアに近づいたら一発で分かるなんて考えてないよ?
「……幼女怖い」
「あれ?」
と、思っていたら、なぜかクッコロさんはそのまま白目を剥き、その場から消えてしまった。
強制ログアウト? リアルの方で何かあったのかな? ちょっと心配だけど……私からは確かめようもないね。一応、運営にメールしとこうかな?
「や、やべえ……あの幼女、ただ倒すだけでは飽き足らず、強制ログアウトまでさせちまったぞ……ガチ恐怖で気絶でもしたか……?」
「情け容赦なく顔面殴り続けるなんて……天使みたいな顔して恐ろしい……」
「俺、見てるだけなのにちょっとちびっちまった……」
なんてやってる私を、遠巻きに見ていた野次馬がなぜか新種のラスボスでも見付けたかのような反応で後退っていく。
いやいや、顔面殴ったのは単に人型の弱点部位ってだけで、他意はないから。私はちゃんと情も優しさも兼ね備えてるからー!!
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