第92話 エリア攻略と蜘蛛の糸

 ココアと二人、空を跳ねながら先へ進む。

 そうすると、意外とすぐにモンスターらしきものが近付いてきた。


 青空に浮かぶ毒々しい斑点のようなそれの名は、フロートコブラ。空に浮かぶ蛇ってところかな?


「あれは……アクティブモンスター! ベル、速攻で片そう」


「もちろん!!」


 名残惜しさを振り切るように、どちらからともなく一度だけぎゅっと強く握ると、ココアと手を離した私は杖を呼び出して先行する。


 蛇と言っても、そこはモンスター。映画に出てくるようなその大きさは、VRのリアルさも相まって少し恐い。

 ウィングブーツの制限時間のこともあるし、さっさと片付けないと。


「エア……は、ダメかっ!」


 ひとまず《エアドライブ》で様子を見ようかと思ったけど、あのスキル、突風エリアの中じゃまともに制御が利かないんだった。今はひとまず封印するしかない。


「《オフェンシブオーラ》!」


 そこへすかさず、ココアがATKバフをかけてくれる。

 顔は向けずにそのことへの感謝を内心で呟き、そのまま杖を振り下ろす。


「とりゃああああ!!」


 フロートコブラの動きは遅く、まだ私に反応してない。

 いや、これは私が速くなったのか。

 ココアが作ってくれた装備の高いAGI補正のお陰で、素の状態でも以前のバフを重ねがけした状態より速く動ける。


 これなら、どんなモンスターだろうとそうそう負けない……!


「キシャア!?」


 頭を殴り飛ばされ、フロートコブラが短い悲鳴を上げながら弾き飛ばされていく。

 地面はないけどどこまで飛んでいくのか、と思ったら、ほどほどのところで体勢を整え直してこっちに向き直った。


「キシィ!!」


 ガパリ、と口を開け、あからさまな攻撃体勢。

 人型以外に弱い私でも、さすがにこんな分かりやすい予備動作を見逃したりはしない。念のため大きく横に動きながら観察していると、口から勢い良く毒液を飛ばしてきた。


 事前に動いてたから全然平気だったけど……これは中々危ない攻撃だね。どうするか。


「ベル、突っ込んで」


「分かった!!」


 ココアの声で悩みを振り切り、躊躇なく突っ込む。

 ガパリと再び口が開かれるけど、そんなのは無視してひたすら前へ。


「《リフレクションギフト》!」


 放たれた毒の塊が、私の目の前に展開された魔法の壁にぶち当たり、180度反転してフロートコブラへと跳ね返る。

 頭から自分の毒を浴び、空中で怯んだその体へと、私は再び杖を振りかぶった。


「どっせぇぇぇぇい!!」


 気合一閃、脳天……ではなく、敢えて胴体に落とした一撃で瀕死に追い込む。

 そして、トドメに素早く《アイスゲイザー》を発動して、撃破数稼ぎ。


 スキル習得は、こういう余裕があるところでこまめに進めないとね。


「よしっ、勝利!!」


『おめっとー』

『相変わらず鮮やかな手前』

『ココアちゃんの一言であっさり回避捨てて突っ込む信頼感よ』

『好き』


「そりゃあだって、私のココアだし」


『私のと来たか』

『惚気の糖度が高すぎて糖尿になりそう』

『元から糖尿だったワイに隙はなかった』

『おいおい死んだわこいつ』


 久しぶりに杖を突き上げてポーズを決めると、私はココアのところへ戻る。

 無言で差し出された手に軽くハイタッチを決めると、そのまま指を絡め合わせた。


「さあ、どんどん行くよー!」


「んっ」


 手を繋いだまま、更に前進。

 そろそろ一度降りないとブーツの効果時間が辛いかな? と思い始めた頃、ようやく足場が見えて来た。

 ふう、良かったー。


「ここから先は普通に歩いて行けそうだね。あ、でもまた所々崩れてるみたい?」


「そうだね……でも、風は吹きっぱなし。たぶん、いつでも飛べると思う」


『ここからは完全に空中散歩を前提にしたエリアってことか』

『楽しそうだけど、高所恐怖症の人間だったらクリア出来ないなw』

『ムリムリw 俺ここ来るのやめるわw』

『だけど高いところ苦手? っぽい空気を醸していたココアちゃんだってちゃんと来てるぞ、男を見せろ!』

『その辺ココアちゃんとしては実際のところどうなの?』


「え? 私は、えっと……」


 突然話を振られ、困惑顔のココアちゃん。

 少し迷った末、私に少しだけ肩を寄せ、ぽっと顔を赤らめる。


「……ベルが居てくれるから、平気」


『くはっ』

『もうほんとナチュラルに惚気るようになったなこの子はw』

『誰かこいつら止めろ! これ以上犠牲者が増える前に!』

『末長く爆発しやがれください』


 恥ずかしそうな、それでいてどこか見せ付けるような仕草で顔を擦り付けて来る妹の姿に、視聴者は阿鼻叫喚。ついでに、私の理性も決壊寸前だった。


 ……くっ、我慢よ私。ここでこの衝動を爆発させたら、お互いの許可云々以前に規約違反でBANされるから!!


「ベル、敵」


 そんな時に都合良く現れてくれたのは、先ほど相手したのと同じフロートコブラ。

 よし、ナイス!! この衝動、ひとまずあの蛇を叩き潰して発散する!!


「分かった!! それじゃあ速攻で潰してくるね、待ってて!!」


「あ、ベル!」


 手を離し、ウィングブーツの効果で飛行。《空歩》スキルを重ねて無理矢理地上と同等の速度を出しながら、一気に近付く。

 ガパリ、とまた口を開けて来たけど、もうタイミングもバッチリだし、サポートが無くたって一人で躱せる!


「これ、でぇ!?」


 そう思った瞬間、私の足に何かが引っ掛かり、ガクンと体勢が崩れた。

 何事かと目を向ければ、私の足に何やら白い糸のような物が。


 これって……蜘蛛の糸!?


「ギチギチ」


 糸の先に目を向ければ、そこにいたのはこれまた空に溶け込むような青と白の斑点蜘蛛。名前は、スカイスパイダー。どうやら、私はこいつが空中に張り巡らせた巣に捕まったらしい。


 フロートコブラが珍しく目立つ色をしていたのもあって、全く存在に気付けなかったよ。これはちょっとやばいかも。


「キシャア!!」


 そこへすかさず飛んで来る、フロートコブラの毒液攻撃。

 それほど弾速も速くないし、普段ならどうってことないんだけど、流石に片足が動かない状態じゃキツい!


「《リフレクションギフト》!」


 そこへすかさず、ココアからのフォローが飛ぶ。毒液を跳ね返し、一瞬の猶予が出来た。


 よしっ、これなら……!!


「《フレアドライブ》!! 《魔法撃》!!」


 遠慮を投げ捨て、全力のATKブースト。足に絡まった巣をぶっ叩き、糸を焼き千切る。


「《空歩》!! うおりゃぁぁぁぁ!!」


 そのまま空を蹴り飛ばし、すぐ傍にいたフロートコブラをまずは一撃。脳天へと叩き落とした杖によって、あっさりとポリゴン片を撒き散らす。


 後は、スカイスパイダーだけ……!


「きゃっ!?」


「っ、ココア!?」


 そうして一体を仕留めている間に、ココアがスカイスパイダーの吐いた糸に絡め取られ、巣まで引きずり込まれていた。


 両手足が糸に張り付き、身動きが取れないココアへと迫る、蜘蛛の化け物。サーッと、その顔から血の気が引いていくのが離れていても分かった。


「ひぅっ……!!」


「ココアを離せーーっ!!」


 すぐさま空中で体を反転させ、勢い良く突撃。

 限界まで引き上げた力の全てを乗せ、蜘蛛の胴体へ杖を叩き込んだ。


「うりゃぁぁぁぁ!!」


「ギチィィィ!?」


 一撃で体が燃え上がり、ポリゴン片となって爆散するスカイスパイダー。

 その結果を見届けて、私はほっと息を吐いた。


「よいしょっと、大丈夫? ココア」


「う、うん……」


 モンスターをぶっ潰したついでに、ココアを拘束していた巣も焼き払い、落下しそうになる体を抱き留める。

 間近に迫ったココアの顔に向かってそう問い掛けると、照れたようにそっぽを向いた。


「だけど、その……怖かったから、もうちょっとだけこのまま……」


「ふふっ、しょうがないなぁ……いいよ?」


「ん、ありがと、ベル」


『いいからお前らゲームしろぉ!!』

『あれ? このゲームって恋愛シミュなんだっけ?』

『こんな恋愛シミュあってたまるかw』


 騒々しい視聴者さん達のコメントをひとまずスルーしながら、私はしばらくココアを抱いた状態で先へと進んでいくのだった。

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